【完結】暁の荒野

Lesewolf

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第10輪「白銀の涙を取り零ス」

⑩-2 涙

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 呼吸の苦しさに重い瞼を開けたティニアの傍には、くたりと垂れた男がベッドの脇で眠りこけていた。男はティニアの眠るベッドに入り込み、そのまま添い寝をする形で眠っていたのだ。肩へ腕が回され、ティニアを抱き寄せる形で眠っている。

「なに、これ。っていうかここ、どこ」

 ティニアは直ぐに周辺の音から、ここが診療所であることを悟る。

 ベッドで寝ていたのは壁際であり、男が起きなければベッドからも抜け出せない。その上、男の腕が腰へ肩へと絡み、身動きが取れない。密着するように眠る男の頬をぺちぺちと頬を叩くも、男はぐっすりと眠っていて起きる気配がない。

「そうか。君はまた、夜を寝れずに……」

 ティニアは男、アルベルトが眠れずにいるのを知っていた。そのやつれ具合や目元をみれば、嫌でもわかることだ。
 今のアルベルトの目元も、青黒く色を変色させ、疲れ切った表情で眠る。彼を悩ませたのは、ティニア自身だ。

「僕のせいだ。君を眠れないようにしたのは、僕……」
「う……」
「今もまだ、悪夢に魘されているんだね……。僕も夢魔は苦手だ。軍へ協力した見返りに、薬を受け取って服用していたのに。もう関りがなくて、薬が切れてたの? どうしてレオンの診察を受けなかったんだよ。てっきり眠れているのかと……。君はずっと、寝れぬ日を過ごしていたというの?」

 ティニアのそれは独り言となり、返答は返っては来ない。そっとアルベルトの頬へ触れると、自身への憤りと後悔の念が押し寄せる。

「どうしよう…………」

 アルベルトは尚も魘され始め、額にべっとりと汗をかき始めた。

「……俺は何をして、…………皆死んだのに」

 男の寝言は恐ろしい大戦の夢を見ているかのようだ。ティニアはアルベルトの頬にそっと触れた。

「君は本当に恐ろしい戦争にいって、そして特務部隊に所属して、戦いをしていたというの? 誰よりも優しい君が……」

 それは逃げようとすればする程に、かつてに兵の足を引っ張り、ずぶずぶと泥沼へと誘い込む。第二次世界大戦の恐ろしさは、永世中立国で誤爆攻撃を受けていたティニア以上に、戦場にいたアルベルトにとって過酷であったであろう。多くの人が巻き込まれ、死に、怒り悲しんだ恐ろしい戦争だったのだ。

「俺は、俺は……」
「…………君の話を、僕は聞こうとしたことがあっただろうか」

 赤茶色の髪をそっと撫でたところで、アルベルトの表情が和らぐことはない。後悔と自責の念が押し寄せる。

「僕は、何をしていたんだ。君を苦しめて、怒らせて……。
「う……うう……」

 アルベルトは歯を食いしばり、そしてその名を口にする。

「キツネめ、俺がこの手で……」

 ティニアのアルベルトを撫でる手が止まる。

「砂漠のキツネ……、お前だけは」
「何があったの? ねえ、アル……」

 それでも、返答は返らない。

「ああ…………とう、さん……」
「………………」
「ちがう…………。俺は認めない。俺は、あんな奴の……」

 アルベルトの呼吸が収まり、無呼吸となる。

「ねえ、起きて。起きてよ。駄目だよ、呼吸をして……」

 ティニアは何度も呼びかけ、体をゆする。それでも起きぬ男はぐっしょりと汗でぬれている。アルベルトが木彫りした椅子に掛けられたタオルに目をやり、外を見つめるティニアはそれが雨に濡れていたのだと知る。

「まさか、この雨の中で外へ?」

 アルベルトの体は熱く、それでいて震えが止まらなくなる。呼吸をするようになったものの、それは小刻みに浅い。

「ああ……」

 その病室の寂しそうな椅子からは、水がしたたり落ちた跡が見て取れる。椅子も濡れていることに気付いたのだ。

「僕を抱えて診療所へ?」

 悪い想像とは、加速するもの。

「起きて、起きて……」

 もはやそれは願いであり、許しを請うように。

 体をゆするティニアは、無意識に男を抱きしめる。



「大丈夫だから。大丈夫だよ、大丈夫。僕が居るから……」
「あ……ああ……」

 眠った状態で抱きしめ返すアルベルトだったが、まだ覚めることはない。

「君は今ここにいるよ。僕もここにいる。誰よりも優しい君は、一人じゃない。どうか、その苦しみをちょっとでいいから、僕にちょうだい……。そんなに一人で抱えて苦しまないで」
「ああ、ティニア……」

 アルベルトの抱きしめる手に力が入る。アルベルトの表情は和らぎ、呼吸が安定してくる。

 それでも夢の中の男に、ティニアの声が聞こえているとは思えない。ティニアはベッドの中で男に抱きしめられ、顔を胸に埋める形となる。

「そうか、ティニアか。僕は……」

 ティニアははらはらと涙を零し、そしてそれを男の胸へ落とすと、男の熱をうつり取るように熱をはらんだ。

「もう泣かないと決めたのに、こんなにもあっさりと泣くのか、僕は。……ねえ、僕は、結局、彼女の…、ティニアの代わりなのか……?」

 自虐的に笑むものの、その腕の中で、胸の中での笑みは、誰もしらない。
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