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第10輪「白銀の涙を取り零ス」
⑩-1 夢
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スイスのシャフハウゼンにあるシュタインアムライン。そこには美しいフレスコ画が描かれた建物が多く、その旧市街は中世の町へ人々を誘う。そんな美しい街にある診療所。
外は雨音が鳴り響き、久々の大雨を記録する。
診療所の中ではランプの明かりに照らされ、横たわる女性が短い呼吸を繰り返していた。額に僅かに汗をかき、苦しそうに眠っていた女性に、男はハンカチで汗をぬぐっていた。
「はぁはぁ、……ううッ!」
「おい、大丈夫か……」
熱っぽく苦しむ女性を艶やかに美しいと思い、首を激しく振るう。
「こんな時に、俺は何を考えて……」
「あ……」
「ティニア、気付いたか!」
ティニアと呼ばれた女性は目を開けることなく、その言葉を零す。
「あ……あかい、おおきな……」
「なんだって? おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
狼狽する男に、ティニアは微睡の中でその言葉を口にする。
「君はどこに居るの……」
君。それは、かつての想い人か。それとも。
先ほどまで寝息を立て、静かに眠っていた筈であった。置き忘れた椅子を取りに向かい、雨に打たれて戻り、診療所の医師であるレオンからタオルを受け取った。
雨粒を拭きながら訪れた病室の一室で、彼女が穏やかに眠っていたのは、僅かな時間だった筈である。アルベルトが駆け寄ったことで、ティニアが強く苦しむのは何故なのか。
「俺はお前にとって、何なんだ。暇つぶしか、それとも……、邪魔な何かなのか?」
ティニアは何も言わず、涙を零す。その涙を指で掬い取ると、拾いきれない程の大粒の涙が溢れ出す。
「なんで泣くんだよ……」
ふとした記憶が、男の頭に流れ、そして消えていく。
崖の山であり、森の中に存在するそれは、エーディエグレスと呼ばれている。
「……道に迷っているのか?」
それは無意識に、明確に男の口から発せられた。その矛盾は男の意識下にはなく、それでいて口にした瞬間、現実で口にしたのだと実感したのだ。
「俺はここにいるのに……。俺じゃ、駄目なのか?」
彼女の内なる秘密。何百年も待ち続け、分かたれた想い人を。そんな彼女を支えた、恩人であるアスカニア家や、アンハルト公国への想いを。
自分などが、彼女の真の名を口にすることなど、出来るのだろうか、と。
「お前は何を思う。誰を思う。誰を、慕う」
その疑問に、返答はない。
「優しさは、ただの自己犠牲…………」
それは、かつて神父に忠告された言葉。
「お前はその夢魔に、誰を視るんだ…………」
外は雨音が鳴り響き、久々の大雨を記録する。
診療所の中ではランプの明かりに照らされ、横たわる女性が短い呼吸を繰り返していた。額に僅かに汗をかき、苦しそうに眠っていた女性に、男はハンカチで汗をぬぐっていた。
「はぁはぁ、……ううッ!」
「おい、大丈夫か……」
熱っぽく苦しむ女性を艶やかに美しいと思い、首を激しく振るう。
「こんな時に、俺は何を考えて……」
「あ……」
「ティニア、気付いたか!」
ティニアと呼ばれた女性は目を開けることなく、その言葉を零す。
「あ……あかい、おおきな……」
「なんだって? おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
狼狽する男に、ティニアは微睡の中でその言葉を口にする。
「君はどこに居るの……」
君。それは、かつての想い人か。それとも。
先ほどまで寝息を立て、静かに眠っていた筈であった。置き忘れた椅子を取りに向かい、雨に打たれて戻り、診療所の医師であるレオンからタオルを受け取った。
雨粒を拭きながら訪れた病室の一室で、彼女が穏やかに眠っていたのは、僅かな時間だった筈である。アルベルトが駆け寄ったことで、ティニアが強く苦しむのは何故なのか。
「俺はお前にとって、何なんだ。暇つぶしか、それとも……、邪魔な何かなのか?」
ティニアは何も言わず、涙を零す。その涙を指で掬い取ると、拾いきれない程の大粒の涙が溢れ出す。
「なんで泣くんだよ……」
ふとした記憶が、男の頭に流れ、そして消えていく。
崖の山であり、森の中に存在するそれは、エーディエグレスと呼ばれている。
「……道に迷っているのか?」
それは無意識に、明確に男の口から発せられた。その矛盾は男の意識下にはなく、それでいて口にした瞬間、現実で口にしたのだと実感したのだ。
「俺はここにいるのに……。俺じゃ、駄目なのか?」
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その疑問に、返答はない。
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