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第九輪「蒼の目覚め、金の零れ」
⑨-12 そして目覚めは白銀を零し②
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診療所ではレオン医師が直ぐに対応し、ティニアは奥のベッドに運ばれた。看護師であるアニーが下がる頃には、ティニアは寝息を立てて眠っていた。
「まったく、気楽なもんだ」
アルベルトが一息ついたとき、レオンが病室へ顔を出した。アルベルトもそれを察しており、自然と目線を合わせる。
「君こそ、大丈夫ですか。大分取り乱していましたが」
「すまん。あー、こいつにはその、言わないでもらえるか」
指を指しながら照れた表情を浮かべると、アルベルトは恥ずかしいのか頭を掻き出した。
「なんだかんだ、変になってもその後はなんともないってのに。俺はどうかしているよ」
「そんな事はないでしょう。それだけ、彼女のことを愛している証拠です」
「……お前、よくそんな恥ずかしいことを平気で言えるな」
顔を赤らめたままのアルベルトはその言葉を否定せず、眼の前の医師を呪った。
「ったく、聞こえていたらどうする」
「聞こえていたらって。まさか、まだ告白されていないのですか?」
「こ……」
慌てて椅子から立ち上がったアルベルトは、素っ頓狂な声を上げる。
「しまった!」
「アル。いくらなんでも、ここで告白するのは辞めてください。それからここは一応病室ですから、静かにして下さい」
「わ、悪い。修道院の前に椅子を置いてきてしまったんだ。取りに行ってくる」
「い、椅子? 修道院というと、アドニスさんの教会ではなく?」
レオンへその名を口にする瞬間、アルベルトは一瞬躊躇い、視線を落とす。それが何故なのかがわからず、その不安は一瞬で頭から消え去った。
「こいつが、……修道院の前で倒れたんだ。で、持ってた椅子をそのまま、置いてきてしまった。……聖ゲオルク修道院なんだが、迷惑かけてしまったな。すぐに取りに行ってくる!」
「あ、アル!」
アルベルトはそのまま病室を後にする。静寂の診療所の病室で、レオンはティニアの脈拍を測ると、安堵の表情を浮かべる。
「うーん。彼女に一体何が起こっているのか。僕の腕では何の力にもなれないのか……」
独り言など、ほとんど云う事はない。ただ、眠る彼女の寝息を聞き、尋ねてみたくなったのだ。
「ティニアさん、君のどこが悪いのか。それとも、どこも悪くないのか。僕にはわかりません。それでも、アルベルトの気持ちを否定せず、どうか共に歩んで欲しいのです。お願いできませんか……」
目の前の女性は答えることなく、眠り続ける。
「なんて。お願いする事ではありませんよね。……それでも、君は彼の傍にいるべきだと、僕はそう思います」
レオンは静かに眠る女性を見つめると、病室を後にした。雨が降り出し、コトコトと音を奏でる。薄暗さが一気に増し、空は雷を轟かせる。シュタインアムラインの天候は不安定であり、それはスイスをどす黒い雨雲が襲った。
「また雨ですか……。アル、雨に打たれているだろうな。タオルでも、用意しておきましょうか。風邪を引いたら大変ですからね」
窓の外を眺める医師は、ふと目の前の病室が目に入る。そこはかつてティナという、謎めいた女性のいた病室である。
「ティナさん……。マリアさんと同居されたのでしたね。同じ町に居るんだ、一生会えないわけじゃないのに。どうして……」
レオンはゆっくりと病室の扉を引くと、そこにはアルビノの幼い少女が眠っている。ティニアが保護した少女は10歳前後であり、その怪我は打撲痕がほとんどだった。激しい虐待にっていたのであろう。
出血箇所は当初首筋の動脈かと思われたが、出血の量からして静脈であったのが幸いした。ティニアの賢明な止血が功を奏し、出血はほぼ止まった状態だった。
点滴の管が繋がれたやせ細った少女は、今も眠ったままだ。
「君も、ゆっくりと。無理せずに目覚めてください」
レオンが扉をゆっくりと締めると、静寂が病室を支配する。
雨音が鳴り響き、シュタインアムラインには雷が激しく轟いた。風は窓枠を揺らし、ガラスには雨が叩きつけられる。
一つの病室に眠る少女は瞼が痙攣し、更にゆっくりと、静かに瞼が開く。
青く、深淵に煌めく瞳は、ぼんやりと初めて見る天井を見つめる――。
「ここ、どこ…………」
「まったく、気楽なもんだ」
アルベルトが一息ついたとき、レオンが病室へ顔を出した。アルベルトもそれを察しており、自然と目線を合わせる。
「君こそ、大丈夫ですか。大分取り乱していましたが」
「すまん。あー、こいつにはその、言わないでもらえるか」
指を指しながら照れた表情を浮かべると、アルベルトは恥ずかしいのか頭を掻き出した。
「なんだかんだ、変になってもその後はなんともないってのに。俺はどうかしているよ」
「そんな事はないでしょう。それだけ、彼女のことを愛している証拠です」
「……お前、よくそんな恥ずかしいことを平気で言えるな」
顔を赤らめたままのアルベルトはその言葉を否定せず、眼の前の医師を呪った。
「ったく、聞こえていたらどうする」
「聞こえていたらって。まさか、まだ告白されていないのですか?」
「こ……」
慌てて椅子から立ち上がったアルベルトは、素っ頓狂な声を上げる。
「しまった!」
「アル。いくらなんでも、ここで告白するのは辞めてください。それからここは一応病室ですから、静かにして下さい」
「わ、悪い。修道院の前に椅子を置いてきてしまったんだ。取りに行ってくる」
「い、椅子? 修道院というと、アドニスさんの教会ではなく?」
レオンへその名を口にする瞬間、アルベルトは一瞬躊躇い、視線を落とす。それが何故なのかがわからず、その不安は一瞬で頭から消え去った。
「こいつが、……修道院の前で倒れたんだ。で、持ってた椅子をそのまま、置いてきてしまった。……聖ゲオルク修道院なんだが、迷惑かけてしまったな。すぐに取りに行ってくる!」
「あ、アル!」
アルベルトはそのまま病室を後にする。静寂の診療所の病室で、レオンはティニアの脈拍を測ると、安堵の表情を浮かべる。
「うーん。彼女に一体何が起こっているのか。僕の腕では何の力にもなれないのか……」
独り言など、ほとんど云う事はない。ただ、眠る彼女の寝息を聞き、尋ねてみたくなったのだ。
「ティニアさん、君のどこが悪いのか。それとも、どこも悪くないのか。僕にはわかりません。それでも、アルベルトの気持ちを否定せず、どうか共に歩んで欲しいのです。お願いできませんか……」
目の前の女性は答えることなく、眠り続ける。
「なんて。お願いする事ではありませんよね。……それでも、君は彼の傍にいるべきだと、僕はそう思います」
レオンは静かに眠る女性を見つめると、病室を後にした。雨が降り出し、コトコトと音を奏でる。薄暗さが一気に増し、空は雷を轟かせる。シュタインアムラインの天候は不安定であり、それはスイスをどす黒い雨雲が襲った。
「また雨ですか……。アル、雨に打たれているだろうな。タオルでも、用意しておきましょうか。風邪を引いたら大変ですからね」
窓の外を眺める医師は、ふと目の前の病室が目に入る。そこはかつてティナという、謎めいた女性のいた病室である。
「ティナさん……。マリアさんと同居されたのでしたね。同じ町に居るんだ、一生会えないわけじゃないのに。どうして……」
レオンはゆっくりと病室の扉を引くと、そこにはアルビノの幼い少女が眠っている。ティニアが保護した少女は10歳前後であり、その怪我は打撲痕がほとんどだった。激しい虐待にっていたのであろう。
出血箇所は当初首筋の動脈かと思われたが、出血の量からして静脈であったのが幸いした。ティニアの賢明な止血が功を奏し、出血はほぼ止まった状態だった。
点滴の管が繋がれたやせ細った少女は、今も眠ったままだ。
「君も、ゆっくりと。無理せずに目覚めてください」
レオンが扉をゆっくりと締めると、静寂が病室を支配する。
雨音が鳴り響き、シュタインアムラインには雷が激しく轟いた。風は窓枠を揺らし、ガラスには雨が叩きつけられる。
一つの病室に眠る少女は瞼が痙攣し、更にゆっくりと、静かに瞼が開く。
青く、深淵に煌めく瞳は、ぼんやりと初めて見る天井を見つめる――。
「ここ、どこ…………」
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