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第九輪「蒼の目覚め、金の零れ」
⑨-6 それは白く、そして
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一方、ティニアは診療所で少女の容態を診る医師に詰め寄っていた。
少女の怪我は出血ほど深刻ではなく、衰弱の方が酷く、点滴が腕に繋がれたままだ。輸血を行うかどうかについては、昨日の段階で行わない、という判断が下されていた。
「本当に、輸血しなくていいんだね」
ティニアは不安そうに少女を見つめ、その開かぬ瞳をじっと見つめた。少女は白い肌に白い髪のアルビノであり、それだけでも目立つ外見をしている。
「はい。体へのリスクも大きいのです。少女の体調も考慮しましたが、輸血した場合には、誰に輸血したかなどの世間的な問題が生じる可能性もあるでしょうから」
医師であるレオンは険しい表情を浮かべたまま、慎重に言葉を選んだ。
「出血はもう止まっていますが、この子の体力はギリギリの状態でした。初期の止血が正しかったお陰です。ですが今は体力も回復に向かっています。この子の生命力を信じましょう」
「そう、ありがとう。僕にもっと医学の知識があれば良かったのに」
「それだけ薬学の知識があれば、十分です。貴女の助けで、多くの患者が救われているでしょう」
ティニアは診療所で調合の仕事をしている。その仕事は手作業で行われ、天秤や計量器を使って薬の分量を正確に測る必要があった。特に粉末の多い薬剤が多く、乳鉢で薬をすり潰し、他の粉末と混ぜる精密さを有する作業だ。
「いや、僕は無力だよ。何の力もない」
「…………ティニアさん、この子をどうするつもりですか」
「この子の素性を聞かず、どうするのかを聞くんだね」
ティニアは意地悪な笑みを浮かべると、レオンに再び迫った。女性を苦手とする医師は怯み、何歩も後方へと下がる。
「孤児院に入れるとするなら、素性はわからずとも可能でしょう。その後はどうするつもりなのですか」
「孤児院へは入れない」
「入れない? では、どうするのですか」
ティニアは病室にある一枚の窓を見つめる。その部屋はかつて、ティナが療養していたベッドのある簡易的に作られた部屋だ。
今にも雨が降りそうな天空を見つめ、ティニアは医師の予想に反した回答を繰り出した。
「僕が引き取るよ」
「引き取るって、この子をですか?」
「この子の話をしているんだよ、せんせい」
「それはそうですか……」
レオンは眼鏡を正した時、額から汗が零れるのを感じた。理由は不明だが、激しく動揺している。
「先生が引き取ってくれるなら、僕はそれで構わないよ」
「……私は無理ですよ。子育てはおろか、男手でこの子を育てるなど」
「男手一つで育った娘子は、このご時世だから多いと思うけど」
ティニアはベッドに座ると、少女の頬を優しく撫でる。自然と口元が緩み、その微笑は美しくも、儚い。
「私に、誰かを幸せにするなど、出来やしません」
「そう。なら、仕方ないね。覚悟がないんだったら無理だ」
――――覚悟。
その言葉に、刹那的な震えを感じ、レオンの額からは汗が滴る。
「じゃ、僕は孤児院に行くね。今日は休みなんだけどさ。この子の事、よろしく」
その言葉だけを残し、ティニアは診療所を後にした。少女の容態に安心したのか、いつものティニアらしい対応にも見える。
「この子の名前、仮で決めるのを相談するんでした……」
医師の悲しき呟きは、横たわる少女にしか聞こえてないだろう。
少女の怪我は出血ほど深刻ではなく、衰弱の方が酷く、点滴が腕に繋がれたままだ。輸血を行うかどうかについては、昨日の段階で行わない、という判断が下されていた。
「本当に、輸血しなくていいんだね」
ティニアは不安そうに少女を見つめ、その開かぬ瞳をじっと見つめた。少女は白い肌に白い髪のアルビノであり、それだけでも目立つ外見をしている。
「はい。体へのリスクも大きいのです。少女の体調も考慮しましたが、輸血した場合には、誰に輸血したかなどの世間的な問題が生じる可能性もあるでしょうから」
医師であるレオンは険しい表情を浮かべたまま、慎重に言葉を選んだ。
「出血はもう止まっていますが、この子の体力はギリギリの状態でした。初期の止血が正しかったお陰です。ですが今は体力も回復に向かっています。この子の生命力を信じましょう」
「そう、ありがとう。僕にもっと医学の知識があれば良かったのに」
「それだけ薬学の知識があれば、十分です。貴女の助けで、多くの患者が救われているでしょう」
ティニアは診療所で調合の仕事をしている。その仕事は手作業で行われ、天秤や計量器を使って薬の分量を正確に測る必要があった。特に粉末の多い薬剤が多く、乳鉢で薬をすり潰し、他の粉末と混ぜる精密さを有する作業だ。
「いや、僕は無力だよ。何の力もない」
「…………ティニアさん、この子をどうするつもりですか」
「この子の素性を聞かず、どうするのかを聞くんだね」
ティニアは意地悪な笑みを浮かべると、レオンに再び迫った。女性を苦手とする医師は怯み、何歩も後方へと下がる。
「孤児院に入れるとするなら、素性はわからずとも可能でしょう。その後はどうするつもりなのですか」
「孤児院へは入れない」
「入れない? では、どうするのですか」
ティニアは病室にある一枚の窓を見つめる。その部屋はかつて、ティナが療養していたベッドのある簡易的に作られた部屋だ。
今にも雨が降りそうな天空を見つめ、ティニアは医師の予想に反した回答を繰り出した。
「僕が引き取るよ」
「引き取るって、この子をですか?」
「この子の話をしているんだよ、せんせい」
「それはそうですか……」
レオンは眼鏡を正した時、額から汗が零れるのを感じた。理由は不明だが、激しく動揺している。
「先生が引き取ってくれるなら、僕はそれで構わないよ」
「……私は無理ですよ。子育てはおろか、男手でこの子を育てるなど」
「男手一つで育った娘子は、このご時世だから多いと思うけど」
ティニアはベッドに座ると、少女の頬を優しく撫でる。自然と口元が緩み、その微笑は美しくも、儚い。
「私に、誰かを幸せにするなど、出来やしません」
「そう。なら、仕方ないね。覚悟がないんだったら無理だ」
――――覚悟。
その言葉に、刹那的な震えを感じ、レオンの額からは汗が滴る。
「じゃ、僕は孤児院に行くね。今日は休みなんだけどさ。この子の事、よろしく」
その言葉だけを残し、ティニアは診療所を後にした。少女の容態に安心したのか、いつものティニアらしい対応にも見える。
「この子の名前、仮で決めるのを相談するんでした……」
医師の悲しき呟きは、横たわる少女にしか聞こえてないだろう。
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