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第九輪「蒼の目覚め、金の零れ」
⑨-5 すれ違いのカンパネラ②
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翌日、普段通りのミュラー夫人ミランダは何も語らなかった。アルベルトが泊まったのかさえ、あやふやだ。
「ふう……」
「何よ、マリアがため息つくことないじゃない」
「だって、ミュラーさん何も言ってくれないんだもの」
スイスのシャフハウゼンにある、ライン川沿いの美しい町シュタインアムライン。その町の花屋ぺラルゴには、朱色の髪の美しい女性マリアと、茶髪に編み込みの美しい長身のミュラー夫人ことミランダ。そして白髪交じりだが鼻歌が可愛いと評判のメアリーが働いている。
「アルベルトは私たちに何も話さなかったわ。理由を聞かずに、しばらく泊めて欲しいって」
「…………そう、なんだ」
「でも、旦那も私もなんとなく察してるわ。アルベルトはティニアと喧嘩したんでしょ。……今日仕事が終わったら、うちに来なさい。そうすればアルベルトも仕事を終えて、少しは落ち着いてるでしょうし、話が出来るとは思う」
「でも……」
「マリアならいいけれど、ティニアとは時間を置くべきね。マリアこそ、私に何も話さないじゃない。何かあったの? なんだか辛そうよ」
ミランダの口調は普段通りだ。マリアの話さなければならない、ティニアの話は何も昨日の出来事だけではない。二人の喧嘩の衝撃で、ティナとは何も話をしていなかった。
「もっと自分で考えて、自分の行動をしなきゃダメね。怖がってばかりで、何もできやしないわ」
「マリア……」
「仕事に身が入らない状態で、働いてるのも、駄目ね。もっと頑張るから」
意気込むマリアに、ミランダは苦笑いを浮かべるだけで精一杯であった。
マリアは花を煮沸消毒の為、茎の切り口を熱湯へ入れると、手際よく煮沸させ、すぐに水でその部分を冷やした。絡みのある根の解し方も様になってきているが、それでもまだまだミランダの腕には及ばない。
それが終われば、ガーベラの花束作りが待っている。三束、三色で彩るつもりだ。
「ガーベラはいつも笑顔ね。ティニアみたい」
「……笑顔じゃない花は無いと思うわよ、マリア。俯いた花も、皆笑顔だもの。マリアみたいにね」
「ありがと。俯いた花はその姿が艶やかで美しいけれど。私、上を向いている花の方が好きかなぁ」
「そういえば、リコリスって太陽に向かって花開いてるわね。ガーベラや向日葵と同じ」
リコリス。聞いた話では、ティニアの、レンの好きな花だという。あのアルビノの少年にはよく似合う、赤い花だ。胸がキュッと収縮し、心臓が高鳴ってくる。少年の事を考えると、すぐにあの眼を貫いてしまった時の事を思い出すのだ。
(ティナと話さなきゃ)
「ミュラーさん、私もこっちで話せる内容を、確認を取るわ。その頃には、アルベルトも落ち着いてるでしょうから」
「ええ。お願いね……」
ミュラー夫人、ミランダはすぐ後ろのメアリーに目配せする。メアリーは夢中で花を染めており、その可愛らしい鼻歌が花屋ぺラルゴを彩る。
メアリーは足が不自由だが、今も椅子に座ったままだ。メアリーの足の具合は想像以上に悪く、やはり露店では厳しかったのだろう。ペラルゴ店内で動く作業、水替え等の作業のほとんどはマリアが担っていた。
(私が居なくなったら、ミュラーさんだけじゃない。メアリーさんも困るんだ……)
居なくなったら。それを思う時、それはアルビノの少年を思い浮かべ、目頭が熱くなった。そして、それとは違う涙が溢れそうになる。この日常は約束された訳ではなく、決まっていた定めの一つに過ぎないのかと。
「ふう……」
「何よ、マリアがため息つくことないじゃない」
「だって、ミュラーさん何も言ってくれないんだもの」
スイスのシャフハウゼンにある、ライン川沿いの美しい町シュタインアムライン。その町の花屋ぺラルゴには、朱色の髪の美しい女性マリアと、茶髪に編み込みの美しい長身のミュラー夫人ことミランダ。そして白髪交じりだが鼻歌が可愛いと評判のメアリーが働いている。
「アルベルトは私たちに何も話さなかったわ。理由を聞かずに、しばらく泊めて欲しいって」
「…………そう、なんだ」
「でも、旦那も私もなんとなく察してるわ。アルベルトはティニアと喧嘩したんでしょ。……今日仕事が終わったら、うちに来なさい。そうすればアルベルトも仕事を終えて、少しは落ち着いてるでしょうし、話が出来るとは思う」
「でも……」
「マリアならいいけれど、ティニアとは時間を置くべきね。マリアこそ、私に何も話さないじゃない。何かあったの? なんだか辛そうよ」
ミランダの口調は普段通りだ。マリアの話さなければならない、ティニアの話は何も昨日の出来事だけではない。二人の喧嘩の衝撃で、ティナとは何も話をしていなかった。
「もっと自分で考えて、自分の行動をしなきゃダメね。怖がってばかりで、何もできやしないわ」
「マリア……」
「仕事に身が入らない状態で、働いてるのも、駄目ね。もっと頑張るから」
意気込むマリアに、ミランダは苦笑いを浮かべるだけで精一杯であった。
マリアは花を煮沸消毒の為、茎の切り口を熱湯へ入れると、手際よく煮沸させ、すぐに水でその部分を冷やした。絡みのある根の解し方も様になってきているが、それでもまだまだミランダの腕には及ばない。
それが終われば、ガーベラの花束作りが待っている。三束、三色で彩るつもりだ。
「ガーベラはいつも笑顔ね。ティニアみたい」
「……笑顔じゃない花は無いと思うわよ、マリア。俯いた花も、皆笑顔だもの。マリアみたいにね」
「ありがと。俯いた花はその姿が艶やかで美しいけれど。私、上を向いている花の方が好きかなぁ」
「そういえば、リコリスって太陽に向かって花開いてるわね。ガーベラや向日葵と同じ」
リコリス。聞いた話では、ティニアの、レンの好きな花だという。あのアルビノの少年にはよく似合う、赤い花だ。胸がキュッと収縮し、心臓が高鳴ってくる。少年の事を考えると、すぐにあの眼を貫いてしまった時の事を思い出すのだ。
(ティナと話さなきゃ)
「ミュラーさん、私もこっちで話せる内容を、確認を取るわ。その頃には、アルベルトも落ち着いてるでしょうから」
「ええ。お願いね……」
ミュラー夫人、ミランダはすぐ後ろのメアリーに目配せする。メアリーは夢中で花を染めており、その可愛らしい鼻歌が花屋ぺラルゴを彩る。
メアリーは足が不自由だが、今も椅子に座ったままだ。メアリーの足の具合は想像以上に悪く、やはり露店では厳しかったのだろう。ペラルゴ店内で動く作業、水替え等の作業のほとんどはマリアが担っていた。
(私が居なくなったら、ミュラーさんだけじゃない。メアリーさんも困るんだ……)
居なくなったら。それを思う時、それはアルビノの少年を思い浮かべ、目頭が熱くなった。そして、それとは違う涙が溢れそうになる。この日常は約束された訳ではなく、決まっていた定めの一つに過ぎないのかと。
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