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第九輪「蒼の目覚め、金の零れ」
⑨-4 すれ違いのカンパネラ①
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ティニアは手に持っていたアルベルトの上着を男へ叩きつけると、ティナを睨みつけた。ティナは慌てて視線を逸らし、周囲へ眼を泳がせる。
「いってえな、なんだよ! おい!」
上着を被せられたアルベルトは、感情に任せて強い口調でティニアに迫ると、その上着を石畳へ叩きつけた。
アルベルトはずっとティニアを心配し、ティニアを気遣ってきた。例え名が違おうとも、その名を呼び、想ってきたのだ。それが、突然上着を叩きつけられ、抑えていた感情が露わになる。
「せっかく上着返したのに、叩きつけることないじゃん」
ティニアもそっけない態度を辞めず、アルベルトをじっと睨みつける。
「お前が叩きつけたんだろ!」
「声はかけた! 美人にうつつを抜かしてるから気付かなかったんでしょ」
「あんたたち、なにやってんのよ!」
マリアが紙袋を抱えて駆けてくる。衝撃で袋からリンゴが零れ落ち、マリアを追い越した。
アルベルトはそのリンゴに素早く追いつくと、軽く拾い上げて握りしめた。リンゴが裂ける事はなかったが、ミシミシと音を立てた。
「ありがと。何があったの?」
「借りた上着を返しただけだよ」
マリアはアルベルトに問いかけたが、ティニアが返答を返す。あっさりと主張するティニアに、アルベルトの不満が爆発する。
「その割に雑だろ」
「さてね。美人に現でも抜かして、不意を突かれて驚いただけじゃない」
「そんなことしてねえよ。俺が心配してるのはお前だって言うのに、どうしてこんなことをするんだ!」
アルベルトは声を荒げると、その上着を再び石畳に叩きつけた。
「俺はお前しか見てないって、何度も言ってるだろ!」
「なんだよもう! ボクが四六時中、気を遣い続けてるわけないでしょ!」
「そんな事言ってねえよ。俺はお前の事ばっか考えてるっていうのに、なんなんだよ!」
「はあ⁉ そんなこと頼んだ覚えないけど!」
「やめなさいよ! 二人とも! ティニアも、落ち着いて」
アルベルトは上着を拾うことなく、そのまま旧市街へ向かいだした。慌ててマリアが駆け寄るが、アルベルトは今までにない形相でマリアを睨みつけた。ティニアへは視線を合わせようともせず、ティニアもまたそっぽを向いた。
「しばらく、ミュラーの、ディートリヒの家に泊まる」
「ちょ、ちょっと! アルベルト、待って!」
「ボクは止めないよ」
「あーそうかよ!」
アルベルトを慌ててマリアが追いかけるものの、ティニアはそれを止めることなく上着も拾わずに帰路へ着く。マリアは立ち止まると、落ちた上着を拾いあげ、ティニアの後を追うしかなかった。
「ちょっと! ティニア、待ちなさいよ!」
「マリア。夕飯食べるんでしょ。ティナさんも」
「待って。待ってよ、どうしたのよ二人して……」
「知らないよ」
マリアはティナへ助け船の視線を運ぶものの、ティナは首を横に振った。
「……今は、お互いに時間が必要かと」
「そんな……。待ってよ、ティニア!」
ティニアはマリアの手を乱暴に振りほどくと、マリアは紙袋を更にぶちまけてしまった。食材が石畳に零れ落ちる。
「ッ! ……ごめん‼」
「ううん、大丈夫よ」
慌てて食材を拾うティニアの手に、ティナが手を重ねる。二人の眼が合わさり、互いに青く美しい眼が見つめあう。
「あの、ティニアさん。落ち着いて、ね? それから、ごめんなさい……」
「…………」
「夕食食べて、ゆっくり考えましょう。お腹が空いていたら、イライラしてしまうものですよ」
「ごめん。ティナ。マリアも」
「ティニアも、あの言い方はないと思う。アルベルトはティニアの事を心配していただけなのよ。今日、何があったの? そのことで、イライラしているの?」
マリアの問いに、ティニアはポツリとつぶやいたが、二人にその言葉が聞こえることはなかった。
◇◇◇
その後のティニアはいたって普通であり、可笑しくなるような素振りも、苛立ち感情を露わにすることもなかった。
アルベルトの話を振ったところで、ティニアは何の反応も示さない。気まずいだけの時間を過ごし、マリアとティナは家路についたが、アルベルトは帰って来なかった。
「アルベルトさん、帰ってこられませんでしたね。喧嘩はよくあるのですか?」
「じゃれあいみたいなのは、いつもだけど。今日は二人とも変だったわ」
アルベルトは、ティニアのことを考えていたはずだ。発言の通り、ティニアの事で頭がいっぱいだったにも関わらず、彼女の反応では釈然としない。怒りだすのも当然だったであろう。
ティナは立ち止まり、天を見つめる。星空の青く美しい夕日が目に映る。すると、一羽の白鷺が空を滑空し、そのまま見えなくなった。
「…………」
「ねえ、レイス」
「どうしたのですか。そんなを呼び方して」
「人を愛するって、そんなに辛いの?」
マリアは酷く怯えた表情だ。口元に力を入れ、今にも泣きだしそうなのを抑えるかのように。
「私、人を好きになるのが、怖いの。関係ない事なのに、アルベルトにティニア、二人を見ていて凄く、どうしようもなく、怖い」
「ラーレ…………」
マリアは天の月へ、手を組むとそのまま祈りをささげる。
(どうか、二人の心が再び、相まみえますように……。あんなにお似合いなのに、共に居られないのは辛いもの)
「いってえな、なんだよ! おい!」
上着を被せられたアルベルトは、感情に任せて強い口調でティニアに迫ると、その上着を石畳へ叩きつけた。
アルベルトはずっとティニアを心配し、ティニアを気遣ってきた。例え名が違おうとも、その名を呼び、想ってきたのだ。それが、突然上着を叩きつけられ、抑えていた感情が露わになる。
「せっかく上着返したのに、叩きつけることないじゃん」
ティニアもそっけない態度を辞めず、アルベルトをじっと睨みつける。
「お前が叩きつけたんだろ!」
「声はかけた! 美人にうつつを抜かしてるから気付かなかったんでしょ」
「あんたたち、なにやってんのよ!」
マリアが紙袋を抱えて駆けてくる。衝撃で袋からリンゴが零れ落ち、マリアを追い越した。
アルベルトはそのリンゴに素早く追いつくと、軽く拾い上げて握りしめた。リンゴが裂ける事はなかったが、ミシミシと音を立てた。
「ありがと。何があったの?」
「借りた上着を返しただけだよ」
マリアはアルベルトに問いかけたが、ティニアが返答を返す。あっさりと主張するティニアに、アルベルトの不満が爆発する。
「その割に雑だろ」
「さてね。美人に現でも抜かして、不意を突かれて驚いただけじゃない」
「そんなことしてねえよ。俺が心配してるのはお前だって言うのに、どうしてこんなことをするんだ!」
アルベルトは声を荒げると、その上着を再び石畳に叩きつけた。
「俺はお前しか見てないって、何度も言ってるだろ!」
「なんだよもう! ボクが四六時中、気を遣い続けてるわけないでしょ!」
「そんな事言ってねえよ。俺はお前の事ばっか考えてるっていうのに、なんなんだよ!」
「はあ⁉ そんなこと頼んだ覚えないけど!」
「やめなさいよ! 二人とも! ティニアも、落ち着いて」
アルベルトは上着を拾うことなく、そのまま旧市街へ向かいだした。慌ててマリアが駆け寄るが、アルベルトは今までにない形相でマリアを睨みつけた。ティニアへは視線を合わせようともせず、ティニアもまたそっぽを向いた。
「しばらく、ミュラーの、ディートリヒの家に泊まる」
「ちょ、ちょっと! アルベルト、待って!」
「ボクは止めないよ」
「あーそうかよ!」
アルベルトを慌ててマリアが追いかけるものの、ティニアはそれを止めることなく上着も拾わずに帰路へ着く。マリアは立ち止まると、落ちた上着を拾いあげ、ティニアの後を追うしかなかった。
「ちょっと! ティニア、待ちなさいよ!」
「マリア。夕飯食べるんでしょ。ティナさんも」
「待って。待ってよ、どうしたのよ二人して……」
「知らないよ」
マリアはティナへ助け船の視線を運ぶものの、ティナは首を横に振った。
「……今は、お互いに時間が必要かと」
「そんな……。待ってよ、ティニア!」
ティニアはマリアの手を乱暴に振りほどくと、マリアは紙袋を更にぶちまけてしまった。食材が石畳に零れ落ちる。
「ッ! ……ごめん‼」
「ううん、大丈夫よ」
慌てて食材を拾うティニアの手に、ティナが手を重ねる。二人の眼が合わさり、互いに青く美しい眼が見つめあう。
「あの、ティニアさん。落ち着いて、ね? それから、ごめんなさい……」
「…………」
「夕食食べて、ゆっくり考えましょう。お腹が空いていたら、イライラしてしまうものですよ」
「ごめん。ティナ。マリアも」
「ティニアも、あの言い方はないと思う。アルベルトはティニアの事を心配していただけなのよ。今日、何があったの? そのことで、イライラしているの?」
マリアの問いに、ティニアはポツリとつぶやいたが、二人にその言葉が聞こえることはなかった。
◇◇◇
その後のティニアはいたって普通であり、可笑しくなるような素振りも、苛立ち感情を露わにすることもなかった。
アルベルトの話を振ったところで、ティニアは何の反応も示さない。気まずいだけの時間を過ごし、マリアとティナは家路についたが、アルベルトは帰って来なかった。
「アルベルトさん、帰ってこられませんでしたね。喧嘩はよくあるのですか?」
「じゃれあいみたいなのは、いつもだけど。今日は二人とも変だったわ」
アルベルトは、ティニアのことを考えていたはずだ。発言の通り、ティニアの事で頭がいっぱいだったにも関わらず、彼女の反応では釈然としない。怒りだすのも当然だったであろう。
ティナは立ち止まり、天を見つめる。星空の青く美しい夕日が目に映る。すると、一羽の白鷺が空を滑空し、そのまま見えなくなった。
「…………」
「ねえ、レイス」
「どうしたのですか。そんなを呼び方して」
「人を愛するって、そんなに辛いの?」
マリアは酷く怯えた表情だ。口元に力を入れ、今にも泣きだしそうなのを抑えるかのように。
「私、人を好きになるのが、怖いの。関係ない事なのに、アルベルトにティニア、二人を見ていて凄く、どうしようもなく、怖い」
「ラーレ…………」
マリアは天の月へ、手を組むとそのまま祈りをささげる。
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