154 / 257
第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-13 モノクロ⑤
しおりを挟む
マリアは呼吸を忘れ、体が震えだした。それを抑えようと、腕を強く握る。アルベルトの様子を気に掛ける余裕など、ない。
「ラウルは右眼を負傷することで正気に戻った。右眼にどうやら、悪い機械が埋め込まれていたようだったという。だが破損がひどくて、ラウルはまともに機能しなかった。だからラウルの為に、レンは自身の片眼、右眼を与えた」
「なッ……」
「うそ」
納得できてしまった。なぜ奴が隻眼で、どちらも見えて、どちらに眼帯をしても構わないのだという言葉が。あの目は、右眼は、くっきりとした輪郭の金瞳だった。あれはレンの瞳、金目こそがレンの瞳だったのだ。
「ラウルは謎の組織に操られ、レスティン・フェレスの技術をそいつらに無理やり提供させられていたの。子供を人質にしてね。そうやって、徐々に狂わせていったそうよ」
「酷い……」
ラウルの殺意の意味を、マリアは理解出来た気がしていた。
「そして、その技術を試そうと実験で、多くの命が犠牲になったことでしょう。彼はそれを背負い、二重スパイをすることになったの」
「……それ、アスカニア家。アンハルト公国の人は知っているの?」
「大体の事は周知しているだろう。ただ、もう随分と昔の事だからな。ただ、彼らはレスティン・フェレスの技術を使う事のリスクを、十分に理解していた。技術に関して、彼らが触れたことは一度もない」
ミランダではなく、ディートリヒが口にすると、ミランダはため息を吐き出した。
二人の話は、ティナの話をより深いものとした。それでもティナは、まだ何かを隠している。
「つまり、二人の話を私の頭でまとめると。西暦720年、レンの想い人が、船でラウルと、あなた達の祖と地球へやってきた。そして、西暦855年、レンの会いたかった人は命を落とした。貴方たちはその後、アスカニア家の庇護のもと暮らしてきた、ってことなのね……」
「そうだ。庭園等の話は、私たちも知らない。となれば、レスティン・フェレスの話なんだろう。地球ではない可能性がある」
500年。途方もない時間だ。それ以上に、ティニアは、レンは孤独に過ごしていたというのか。そんな時間を、マリアは耐えられるわけがない。それも、亡くなったのを知らないまま、待ち続けていたなど。
「……500年以上も、レスティン・フェレスで、レンはその人を待っていたの?」
「そうだ。レンは自らの無力を恥じ、私たちの祖を守るために、アスカニア家へ恩を返すために、彼らとともに生きていたの。そして、1882年にレンは亡くなった」
「…………アレン財団の恩人というのは、レンの事だったのか」
漸く言葉を紡いだアルベルトの言葉に、ミュラー夫妻は同時に頷いた。
「言わずもがな、アレンのレンは、レンのレンよ。Allen財団は、アルブレヒト熊公とアスカニア家、そしてアンハルト公国へ、そしてレンへの恩を忘れない」
「じゃあ、今の、今のティニアはなんなんだ」
「それは……」
突然、夫人ではなくマリアの表情が曇り、言葉を選ぶように間をおいてから口を開いた。
「ティニアの話、まだ知りたいよね……」
「マリア。知っているなら、教えてくれ」
「…………。ごめん、時間が欲しい」
「マリア!」
アルベルトはマリアの腕を掴むと、必死に名を呼び訴えたが、マリアは視線を逸らすことなく言った。
「私一人で決められないのよ、どうかわかって。……ミュラーさんたちも、わかって。ちゃんと、話せるように、私も情報を集めたいし、話もしたい」
マリアは力なくうな垂れると、首を垂れた。あまりの姿に、アルベルトだけでなく、ミュラー夫妻もそれ以上マリアを責めることは出来なかった。
「とにかく。今話したことは他言しないで。メアリーにもよ、マリア」
「わかった。財団ってことは、アドニス神父は知っているのね」
「ええ。神父は、計画的にドイツから来たから。神父はどちらかというと、私たちより分が悪かったけれど、レンの死後にスイスへ先回りしてくれたのよ」
「どうして、スイスへ渡ったんだ」
アルベルトの問いに、二人は押し黙った。そして、ディートリヒが言葉を放つ。
「祖国というべきか。ドイツを見限り、亡命した。そういうことだ」
「ドイツに居た君ならわかるだろう、アルベルト」
「そうか。悪かった……」
重苦しい空気が流れる。時計の針は午後5時を指している。
「ティニアが心配するから、ひとまずお開きね」
「そうだな。ミュラーさん、ありがとう。話してくれて」
「無理に信じろとは言わない」
「いえ。ティニアをわかります」
アルベルトは疲れたように目を虚ろにすると、席を立った。
「あんた、大丈夫なの?」
「ああ。お前こそ、大丈夫か。うちで夕飯、食っていくだろ」
「うん。まあ。約束してたし」
「それじゃあ帰ろう」
ディートリヒは歯がゆい気持ちを隠さずに顔へ出したまま、席を立った二人に向かった。
「気をつけてな。ティニアは察しがいいから、気をつけろよ。あいつも、俺たちにすべてを話したわけじゃないんだ。よろしく頼むよ。何も解決してなくて悪いな」
「いや。俺も色々と考えを整理したい」
「二人とも、滅多な事を考えるなよ!」
帰り際、ミランダの声が響いた。二人は振り返ると、手を振って応答したが、言葉になることはなかった。
「ラウルは右眼を負傷することで正気に戻った。右眼にどうやら、悪い機械が埋め込まれていたようだったという。だが破損がひどくて、ラウルはまともに機能しなかった。だからラウルの為に、レンは自身の片眼、右眼を与えた」
「なッ……」
「うそ」
納得できてしまった。なぜ奴が隻眼で、どちらも見えて、どちらに眼帯をしても構わないのだという言葉が。あの目は、右眼は、くっきりとした輪郭の金瞳だった。あれはレンの瞳、金目こそがレンの瞳だったのだ。
「ラウルは謎の組織に操られ、レスティン・フェレスの技術をそいつらに無理やり提供させられていたの。子供を人質にしてね。そうやって、徐々に狂わせていったそうよ」
「酷い……」
ラウルの殺意の意味を、マリアは理解出来た気がしていた。
「そして、その技術を試そうと実験で、多くの命が犠牲になったことでしょう。彼はそれを背負い、二重スパイをすることになったの」
「……それ、アスカニア家。アンハルト公国の人は知っているの?」
「大体の事は周知しているだろう。ただ、もう随分と昔の事だからな。ただ、彼らはレスティン・フェレスの技術を使う事のリスクを、十分に理解していた。技術に関して、彼らが触れたことは一度もない」
ミランダではなく、ディートリヒが口にすると、ミランダはため息を吐き出した。
二人の話は、ティナの話をより深いものとした。それでもティナは、まだ何かを隠している。
「つまり、二人の話を私の頭でまとめると。西暦720年、レンの想い人が、船でラウルと、あなた達の祖と地球へやってきた。そして、西暦855年、レンの会いたかった人は命を落とした。貴方たちはその後、アスカニア家の庇護のもと暮らしてきた、ってことなのね……」
「そうだ。庭園等の話は、私たちも知らない。となれば、レスティン・フェレスの話なんだろう。地球ではない可能性がある」
500年。途方もない時間だ。それ以上に、ティニアは、レンは孤独に過ごしていたというのか。そんな時間を、マリアは耐えられるわけがない。それも、亡くなったのを知らないまま、待ち続けていたなど。
「……500年以上も、レスティン・フェレスで、レンはその人を待っていたの?」
「そうだ。レンは自らの無力を恥じ、私たちの祖を守るために、アスカニア家へ恩を返すために、彼らとともに生きていたの。そして、1882年にレンは亡くなった」
「…………アレン財団の恩人というのは、レンの事だったのか」
漸く言葉を紡いだアルベルトの言葉に、ミュラー夫妻は同時に頷いた。
「言わずもがな、アレンのレンは、レンのレンよ。Allen財団は、アルブレヒト熊公とアスカニア家、そしてアンハルト公国へ、そしてレンへの恩を忘れない」
「じゃあ、今の、今のティニアはなんなんだ」
「それは……」
突然、夫人ではなくマリアの表情が曇り、言葉を選ぶように間をおいてから口を開いた。
「ティニアの話、まだ知りたいよね……」
「マリア。知っているなら、教えてくれ」
「…………。ごめん、時間が欲しい」
「マリア!」
アルベルトはマリアの腕を掴むと、必死に名を呼び訴えたが、マリアは視線を逸らすことなく言った。
「私一人で決められないのよ、どうかわかって。……ミュラーさんたちも、わかって。ちゃんと、話せるように、私も情報を集めたいし、話もしたい」
マリアは力なくうな垂れると、首を垂れた。あまりの姿に、アルベルトだけでなく、ミュラー夫妻もそれ以上マリアを責めることは出来なかった。
「とにかく。今話したことは他言しないで。メアリーにもよ、マリア」
「わかった。財団ってことは、アドニス神父は知っているのね」
「ええ。神父は、計画的にドイツから来たから。神父はどちらかというと、私たちより分が悪かったけれど、レンの死後にスイスへ先回りしてくれたのよ」
「どうして、スイスへ渡ったんだ」
アルベルトの問いに、二人は押し黙った。そして、ディートリヒが言葉を放つ。
「祖国というべきか。ドイツを見限り、亡命した。そういうことだ」
「ドイツに居た君ならわかるだろう、アルベルト」
「そうか。悪かった……」
重苦しい空気が流れる。時計の針は午後5時を指している。
「ティニアが心配するから、ひとまずお開きね」
「そうだな。ミュラーさん、ありがとう。話してくれて」
「無理に信じろとは言わない」
「いえ。ティニアをわかります」
アルベルトは疲れたように目を虚ろにすると、席を立った。
「あんた、大丈夫なの?」
「ああ。お前こそ、大丈夫か。うちで夕飯、食っていくだろ」
「うん。まあ。約束してたし」
「それじゃあ帰ろう」
ディートリヒは歯がゆい気持ちを隠さずに顔へ出したまま、席を立った二人に向かった。
「気をつけてな。ティニアは察しがいいから、気をつけろよ。あいつも、俺たちにすべてを話したわけじゃないんだ。よろしく頼むよ。何も解決してなくて悪いな」
「いや。俺も色々と考えを整理したい」
「二人とも、滅多な事を考えるなよ!」
帰り際、ミランダの声が響いた。二人は振り返ると、手を振って応答したが、言葉になることはなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】暁の草原
Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。
その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。
大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。
彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。
面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。
男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。
=====
別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
=====
他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。
Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる