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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-7 赤の邂逅③
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どうやって歩いたのか、マリアは覚えていなかった。ただ、アルベルトの薄手の上着を頭から被せられ、そのままシュタイン家一行に守られながら、呆然と歩き続けた。
歩きなれたエーニンガー通りを行くと、住み慣れた家が現れる。
「ホら、着いたゾオォ、ねえチャン!」
「ねえちゃんって。一応戸籍では、親分の娘でしょう」
「ガッハッハ! そうだったな! ほら、娘よ、着いたゾ」
「ごめん。いっぱい泣いちゃった」
掠れた抑揚のない声を出すマリアに、いつもは大げさに絡む親分がそのまま手を上げて帰っていく。それでも、マリアは振り返ることが出来ずに、アルベルトの上着を掴んだ。
「お前は我慢のしすぎなんだ。いつもの素直さはどうしたんだよ」
「……だって。あんたが泣かせるから」
「お、俺⁉」
気恥ずかしそうに上着から顔を出すマリアだったが、アルベルトは視線を向けることなく、そのまま別方向を向いたままだ。相変わらず、気遣いのプロである。
シュタイン一行は玄関先で再びスクワットを始めだした。
「ふふ」
「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」
「だって。アルベルトが私を見ないようにしてるから」
「女の涙は面倒だって、親分が五月蠅いからな」
玄関先で賑やかにしていたシュタイン一行が、賑やかに離れていく。
アルベルトは部屋へ入ると、慣れた手つきでコーヒー豆をミルで挽き始めた。香ばしい香りが久々に部屋を埋め尽くした。懐かしさに、マリアはまた涙がこみ上げてくる。
「ほんと。泣かすんだもん」
「あーはいはい、悪かったな」
「ティニアは孤児院?」
「ああ。今日は3人が里親さんのとこに行くって」
マリアがお湯を沸かしそうとポットに手をかけると、アルベルトがポットを先に掴んだ。
「座ってろって。俺も珈琲くらい淹れられる。そこそこ上手くなったんだぞ」
「なんか、落ち着かないんだもの」
「ティニアの部屋にでも行ってろよ」
アルベルトはティニアの部屋を見つめたが、マリアはポットと取り上げると水を汲んだ。その水の輝きで、目の前がまた潤んでくる。
「勝手に入るなんて。そんなことしたら、怒られるわ」
「いつも食事したら、二人で部屋に籠って楽しそうに笑ってるじゃないか」
「だって、私の部屋ないし。……アルベルトだって、ティニアの部屋に入りたいならそういえばいいじゃない」
いつもの調子に戻った二人は、思わず笑いだした。マリアは一昨日の誕生会の事を思い出しながら、ポツリとつぶやいた。
「ティニア、柔らかくなったよね」
「そうか? 俺から見れば、最初の時の方が柔らかかったが」
「ティニアの事、幸せにしてくれるんだよね」
ミルを挽く音が止まり、直ぐにまた心地の良い音が響きだした。アルベルトは何も答えず、そのまま無言でミルを挽き終えた。そして、布袋に引いた豆を移しながら答えた。
「ティニアは最近、ずっとおかしい」
その言葉に、マリアは答えることが出来ない。
「部屋に籠って、音を立てないから気になって、部屋をノックして入ったんだが、誰もいなかった。そういう日が多いんだ」
尚も、マリアは答えることが出来ない。ティニアがレンであるのなら、ラウルと行動を共にしていてもおかしくはないのだ。アルベルトが、特務部隊というのであれば、何かを察知する可能性がある。となれば、アルベルトはティニアを通報するのだろうか。
人間ではないと、知り、彼女を棄てるのだろうか。
それでもティニアは、何も語ろうとはしないだろう。
湧いたお湯を注ぎながら、アルベルトは落ちていく水滴を眺めた。
歩きなれたエーニンガー通りを行くと、住み慣れた家が現れる。
「ホら、着いたゾオォ、ねえチャン!」
「ねえちゃんって。一応戸籍では、親分の娘でしょう」
「ガッハッハ! そうだったな! ほら、娘よ、着いたゾ」
「ごめん。いっぱい泣いちゃった」
掠れた抑揚のない声を出すマリアに、いつもは大げさに絡む親分がそのまま手を上げて帰っていく。それでも、マリアは振り返ることが出来ずに、アルベルトの上着を掴んだ。
「お前は我慢のしすぎなんだ。いつもの素直さはどうしたんだよ」
「……だって。あんたが泣かせるから」
「お、俺⁉」
気恥ずかしそうに上着から顔を出すマリアだったが、アルベルトは視線を向けることなく、そのまま別方向を向いたままだ。相変わらず、気遣いのプロである。
シュタイン一行は玄関先で再びスクワットを始めだした。
「ふふ」
「泣いたり笑ったり、忙しい奴だな」
「だって。アルベルトが私を見ないようにしてるから」
「女の涙は面倒だって、親分が五月蠅いからな」
玄関先で賑やかにしていたシュタイン一行が、賑やかに離れていく。
アルベルトは部屋へ入ると、慣れた手つきでコーヒー豆をミルで挽き始めた。香ばしい香りが久々に部屋を埋め尽くした。懐かしさに、マリアはまた涙がこみ上げてくる。
「ほんと。泣かすんだもん」
「あーはいはい、悪かったな」
「ティニアは孤児院?」
「ああ。今日は3人が里親さんのとこに行くって」
マリアがお湯を沸かしそうとポットに手をかけると、アルベルトがポットを先に掴んだ。
「座ってろって。俺も珈琲くらい淹れられる。そこそこ上手くなったんだぞ」
「なんか、落ち着かないんだもの」
「ティニアの部屋にでも行ってろよ」
アルベルトはティニアの部屋を見つめたが、マリアはポットと取り上げると水を汲んだ。その水の輝きで、目の前がまた潤んでくる。
「勝手に入るなんて。そんなことしたら、怒られるわ」
「いつも食事したら、二人で部屋に籠って楽しそうに笑ってるじゃないか」
「だって、私の部屋ないし。……アルベルトだって、ティニアの部屋に入りたいならそういえばいいじゃない」
いつもの調子に戻った二人は、思わず笑いだした。マリアは一昨日の誕生会の事を思い出しながら、ポツリとつぶやいた。
「ティニア、柔らかくなったよね」
「そうか? 俺から見れば、最初の時の方が柔らかかったが」
「ティニアの事、幸せにしてくれるんだよね」
ミルを挽く音が止まり、直ぐにまた心地の良い音が響きだした。アルベルトは何も答えず、そのまま無言でミルを挽き終えた。そして、布袋に引いた豆を移しながら答えた。
「ティニアは最近、ずっとおかしい」
その言葉に、マリアは答えることが出来ない。
「部屋に籠って、音を立てないから気になって、部屋をノックして入ったんだが、誰もいなかった。そういう日が多いんだ」
尚も、マリアは答えることが出来ない。ティニアがレンであるのなら、ラウルと行動を共にしていてもおかしくはないのだ。アルベルトが、特務部隊というのであれば、何かを察知する可能性がある。となれば、アルベルトはティニアを通報するのだろうか。
人間ではないと、知り、彼女を棄てるのだろうか。
それでもティニアは、何も語ろうとはしないだろう。
湧いたお湯を注ぎながら、アルベルトは落ちていく水滴を眺めた。
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