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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-6 赤の邂逅②
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「話す相手を間違えているんじゃない」
「俺はマリアと話をしている」
「それこそ、ティニアと話したらいいじゃない」
「ティニアは、多分知ってるよ」
そういうと、釘を収納する箱へしまい込むと、静かに立ち上がった。ティニアのことだ、アルベルトの情報は調べ上げているだろう。それでも、傍に置くというのはどういうことなのだろうか。アルベルトもまた、敵であったのか。
「あいつは何も言わないからな。それでも、俺はあいつの傍に居たくなった。その為に、お前を追い出してしまった」
「だから、追い出された訳じゃないって。もう、何度言ったらわかるの」
マリアはアルベルトを睨みつけたが、すぐにハッとして視線をそらしてしまった。
アルベルトは真剣そのものであり、その瞳はライン川を見つめているのではなく、北にあるドイツを見つめているのだと気づいたのだ。
ドイツ。アルベルトだけではなく、ティニアにとっても因縁のある国だ。マリアは一度も言ったことが無く、知識もほとんどない。
「そんな俺でも軍と関係のない、銃を使わない仕事につけたんだ。お前だって、出来るさ」
「私が良からぬことを、しでかした犯罪者とでも考えてるの?」
「良からぬことを、しでかそうとしているだろ」
沈黙という肯定をしてしまうものの、マリアは言葉が何も出て来ず、そのまま黙り込んでしまった。アルベルトはマリアの方を見ずに、ドイツの方角を見つめている。
犯罪行為をしたくはない。それでも、まともではない異質な存在である自身が、この世界に受け入れられるとは到底思えない。
アルベルトは、マリアが人造人間であると知っても、親しくしてくれるだろうか。
「マリアはマリアだ」
「……。それ、ティニアにも何度も言われたなぁ」
一瞬息を止めそうになりながら、なんとか瞬時に言い返した。涙ぐんだ声は、震えたまま、頬を濡らしたことで一気に加速する。いっそ、声を出して泣きじゃくれたら、どんなに楽だろうか。
ティニア、そう彼女の名を偽名で呼ぶことに、違和感しかないのだ。彼女の名を、真の名で呼びたい。
「わたし、もうティニアといっしょにいられない」
「なんでだよ。いればいいだろう、今晩だけじゃなく、ずっと来たらいいだろ、たまに泊ったって。戻ってきたって」
マリアは首を振り、そのまま涙を流し続けた。抑えていた感情が溢れ、先ほどのティナよりも感情を爆発させてしまう。
心の震えが止まらない。
アルベルトはマリアの顔を見ないように視線だけでなく、顔をあげたまま、マリアを抱き寄せた。
「なにしてんのよ。やる人を、間違えてるんじゃない」
泣き声とともに、言葉を、声を何とか紡ぎだす。最後はマリア自身でも、何を言っているのかわからないほどに、嗚咽まじりで呂律が回らない。
「こうするしか、思いつかない」
「馬鹿じゃないの、ティニアに見られたら」
「それこそ、ティニアは抱きしめてやるさ。あいつだって、今のお前を見たら……、今呼んでこようか」
「やめてよ、はなしを、聞いて、たの?」
言葉が出ない。呂律も回らない。
「いいから泣いてろ」
マリアはもう、抵抗する事が出来なくなり、わーっと声を上げるとライン川のように永遠と涙が流れだした。周囲を気にする余裕などなかった。
シュタイン家の指示が大きくなり、スクワットが開始された。異常な光景は人々をマリアから遠ざけていく。どうやって、ティニアにレンの事を聞けばいいのか。彼を、あの子の目を、貫いた眼をみて、どうやって。
あの青く澄んだ、真の強い瞳を。
自身を救い出した恩人であり、レイスの恩人でもあったレンを。
アルベルトに、真実も告げられずどうするのか。ティニアではなく、レンであるというのに。自身の名前すら呼ばれない事を、偽名で呼ばれることを。
ティニアはどうやって、何をどう、マリアを見ていたのか。
色々と話を紡いでくれたのか。
あれだけ強い思いを抱いている、アスカニア家の心配をすべきではなかったのか。マリアなどではなく、恩を返すために、返せずとも、傍に居たかったのではないか。ティニアはどうして、スイスへ渡ったのか。
自身のために、彼女はスイスへ渡ったのではないのだろうか。多くの移民を連れていた彼女は、最初からスイスを目指していた。
それでも。
――レンには目的がある。ティナが言っていた言葉が、強く心を刺すのだ。
「俺はマリアと話をしている」
「それこそ、ティニアと話したらいいじゃない」
「ティニアは、多分知ってるよ」
そういうと、釘を収納する箱へしまい込むと、静かに立ち上がった。ティニアのことだ、アルベルトの情報は調べ上げているだろう。それでも、傍に置くというのはどういうことなのだろうか。アルベルトもまた、敵であったのか。
「あいつは何も言わないからな。それでも、俺はあいつの傍に居たくなった。その為に、お前を追い出してしまった」
「だから、追い出された訳じゃないって。もう、何度言ったらわかるの」
マリアはアルベルトを睨みつけたが、すぐにハッとして視線をそらしてしまった。
アルベルトは真剣そのものであり、その瞳はライン川を見つめているのではなく、北にあるドイツを見つめているのだと気づいたのだ。
ドイツ。アルベルトだけではなく、ティニアにとっても因縁のある国だ。マリアは一度も言ったことが無く、知識もほとんどない。
「そんな俺でも軍と関係のない、銃を使わない仕事につけたんだ。お前だって、出来るさ」
「私が良からぬことを、しでかした犯罪者とでも考えてるの?」
「良からぬことを、しでかそうとしているだろ」
沈黙という肯定をしてしまうものの、マリアは言葉が何も出て来ず、そのまま黙り込んでしまった。アルベルトはマリアの方を見ずに、ドイツの方角を見つめている。
犯罪行為をしたくはない。それでも、まともではない異質な存在である自身が、この世界に受け入れられるとは到底思えない。
アルベルトは、マリアが人造人間であると知っても、親しくしてくれるだろうか。
「マリアはマリアだ」
「……。それ、ティニアにも何度も言われたなぁ」
一瞬息を止めそうになりながら、なんとか瞬時に言い返した。涙ぐんだ声は、震えたまま、頬を濡らしたことで一気に加速する。いっそ、声を出して泣きじゃくれたら、どんなに楽だろうか。
ティニア、そう彼女の名を偽名で呼ぶことに、違和感しかないのだ。彼女の名を、真の名で呼びたい。
「わたし、もうティニアといっしょにいられない」
「なんでだよ。いればいいだろう、今晩だけじゃなく、ずっと来たらいいだろ、たまに泊ったって。戻ってきたって」
マリアは首を振り、そのまま涙を流し続けた。抑えていた感情が溢れ、先ほどのティナよりも感情を爆発させてしまう。
心の震えが止まらない。
アルベルトはマリアの顔を見ないように視線だけでなく、顔をあげたまま、マリアを抱き寄せた。
「なにしてんのよ。やる人を、間違えてるんじゃない」
泣き声とともに、言葉を、声を何とか紡ぎだす。最後はマリア自身でも、何を言っているのかわからないほどに、嗚咽まじりで呂律が回らない。
「こうするしか、思いつかない」
「馬鹿じゃないの、ティニアに見られたら」
「それこそ、ティニアは抱きしめてやるさ。あいつだって、今のお前を見たら……、今呼んでこようか」
「やめてよ、はなしを、聞いて、たの?」
言葉が出ない。呂律も回らない。
「いいから泣いてろ」
マリアはもう、抵抗する事が出来なくなり、わーっと声を上げるとライン川のように永遠と涙が流れだした。周囲を気にする余裕などなかった。
シュタイン家の指示が大きくなり、スクワットが開始された。異常な光景は人々をマリアから遠ざけていく。どうやって、ティニアにレンの事を聞けばいいのか。彼を、あの子の目を、貫いた眼をみて、どうやって。
あの青く澄んだ、真の強い瞳を。
自身を救い出した恩人であり、レイスの恩人でもあったレンを。
アルベルトに、真実も告げられずどうするのか。ティニアではなく、レンであるというのに。自身の名前すら呼ばれない事を、偽名で呼ばれることを。
ティニアはどうやって、何をどう、マリアを見ていたのか。
色々と話を紡いでくれたのか。
あれだけ強い思いを抱いている、アスカニア家の心配をすべきではなかったのか。マリアなどではなく、恩を返すために、返せずとも、傍に居たかったのではないか。ティニアはどうして、スイスへ渡ったのか。
自身のために、彼女はスイスへ渡ったのではないのだろうか。多くの移民を連れていた彼女は、最初からスイスを目指していた。
それでも。
――レンには目的がある。ティナが言っていた言葉が、強く心を刺すのだ。
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