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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-5 赤の邂逅①
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ティニアが、レンだった。アルビノの少年だったのだ。
いつからであろうか。ティニアとレイスが同一人物のように感じていたあの頃、マリアの眼は節穴だった。依存し、目が腐り、何も真実が見えていなかったのだ。
マリアは、ティナが一人になりたいといった申し出を快く受けた。ティナは逃げずに、立ち向かうために、今を一人で整理したいのだと分かったからだ。
マリアはライン川沿いを歩くと、今日という日が仕事であればよかったと感じた。ともあれ、仕事が身に入るとは思えない。
「何でも出来る、フローリストになりたかったなあ」
口に出したところで、初めて痛感してしまうのだ。もう、あの日常には戻れぬと。フローリストなどを目指している場合ではないのだ。謎の拠点の状況を知るためにも、マリアとティナはラウルに接触しなければならない。
であれば、あのイタリア、シチリアの近くにあった謎の拠点へ向かうしかない。あそこに行けば、ラウルが現れるであろう。本院に直接聞くしかない。それでも、ラウルからは『もう訪れるな』という警告を受けていた。ティナよりも、ラウルに直接意見を仰いだ方が早いものの、今はティナの選択を待つべきであろう。
「口に出してしまえば、成るものも成らぬ、よね。そう、私はフローリストにはならない。なれない」
「何言ってるんだ、成れるだろう」
いつの間にか、木材と釘を持った長身の男、アルベルトが傍らに居たのに、マリアは気づかなかった。息を飲みこみ驚く彼女に、アルベルトは木材を地面に置くと気まずそうに笑みを浮かべた。
「あのね、勝手に独り言を聞いて、勝手に付け加えないでくれる」
「いや、声はかけたぞ」
見れば、遠くの方でシュタイン家の喚き声(ちゃんとした指示)が聞こえてくる。大人数の兄弟子たちが近くに居たというのに、なにも気付けずにいた。考え込み過ぎており、隙だらけのようだ。
「近くで仕事してたのね」
「ああ、まあ。本当に聞こえてなかったのか。無視かと」
「あのね。そこまで私、薄情じゃないけれど?」
マリアは再びライン川を見つめると、その煌めきは眩く、今までで一番綺麗だった。
「飛び降りるのかと思って、ひやひやした」
アルベルトの言葉に、マリアは目を真ん丸にすると、ライン川を見つめた。ライン川の進めば、ボーデン湖がある。マリアはボーデン湖を見たことが無い。人気の観光地であるということでしか、知らない。近いようで遠いのは、知識が無いからである。
「飛び込んだら、気持ちいいかしら」
「止めろよ、ティニアが心配する」
ティニア。
その言葉に、わかりやすい動揺が広がる。
「どうした。喧嘩でもしたのか」
「ううん。そういう訳じゃないわ。今晩もお邪魔していいかしら」
「それは構わないが、同居人が居るんだろ。大丈夫なのか」
「うん。これからの事を真剣に考えているから、ちょっと一人にしてあげたくて」
マリアは小石を手に取ると、思いっきり川へ投げた。小石は大した音もたてず、川のせせらぎによって掻き消された。
「諦めるなよ」
「え?」
アルベルトは真剣なまなざしでマリアを見つめると、マリアのすぐ隣に座り込んだ。そのまま手に持っていた一つの釘を取り出した。釘を眺めながら、くるくると器用に回していく。何かを堪えているような、そんな仕草であった。
「俺も、諦めていたんだ。日常なんて、普通なんて送れやしないって」
「でも、この国で諜報活動をしていた訳じゃないんでしょ」
「ああ。亡命してきたからな」
「だったら」
「俺は、あの国の特務部隊の隊員だった」
「まともじゃなかった。軍学校に入れられ、目的を遂行するために、俺は復讐に生きていた。あの時の俺は、どうかしていたよ」
いつからであろうか。ティニアとレイスが同一人物のように感じていたあの頃、マリアの眼は節穴だった。依存し、目が腐り、何も真実が見えていなかったのだ。
マリアは、ティナが一人になりたいといった申し出を快く受けた。ティナは逃げずに、立ち向かうために、今を一人で整理したいのだと分かったからだ。
マリアはライン川沿いを歩くと、今日という日が仕事であればよかったと感じた。ともあれ、仕事が身に入るとは思えない。
「何でも出来る、フローリストになりたかったなあ」
口に出したところで、初めて痛感してしまうのだ。もう、あの日常には戻れぬと。フローリストなどを目指している場合ではないのだ。謎の拠点の状況を知るためにも、マリアとティナはラウルに接触しなければならない。
であれば、あのイタリア、シチリアの近くにあった謎の拠点へ向かうしかない。あそこに行けば、ラウルが現れるであろう。本院に直接聞くしかない。それでも、ラウルからは『もう訪れるな』という警告を受けていた。ティナよりも、ラウルに直接意見を仰いだ方が早いものの、今はティナの選択を待つべきであろう。
「口に出してしまえば、成るものも成らぬ、よね。そう、私はフローリストにはならない。なれない」
「何言ってるんだ、成れるだろう」
いつの間にか、木材と釘を持った長身の男、アルベルトが傍らに居たのに、マリアは気づかなかった。息を飲みこみ驚く彼女に、アルベルトは木材を地面に置くと気まずそうに笑みを浮かべた。
「あのね、勝手に独り言を聞いて、勝手に付け加えないでくれる」
「いや、声はかけたぞ」
見れば、遠くの方でシュタイン家の喚き声(ちゃんとした指示)が聞こえてくる。大人数の兄弟子たちが近くに居たというのに、なにも気付けずにいた。考え込み過ぎており、隙だらけのようだ。
「近くで仕事してたのね」
「ああ、まあ。本当に聞こえてなかったのか。無視かと」
「あのね。そこまで私、薄情じゃないけれど?」
マリアは再びライン川を見つめると、その煌めきは眩く、今までで一番綺麗だった。
「飛び降りるのかと思って、ひやひやした」
アルベルトの言葉に、マリアは目を真ん丸にすると、ライン川を見つめた。ライン川の進めば、ボーデン湖がある。マリアはボーデン湖を見たことが無い。人気の観光地であるということでしか、知らない。近いようで遠いのは、知識が無いからである。
「飛び込んだら、気持ちいいかしら」
「止めろよ、ティニアが心配する」
ティニア。
その言葉に、わかりやすい動揺が広がる。
「どうした。喧嘩でもしたのか」
「ううん。そういう訳じゃないわ。今晩もお邪魔していいかしら」
「それは構わないが、同居人が居るんだろ。大丈夫なのか」
「うん。これからの事を真剣に考えているから、ちょっと一人にしてあげたくて」
マリアは小石を手に取ると、思いっきり川へ投げた。小石は大した音もたてず、川のせせらぎによって掻き消された。
「諦めるなよ」
「え?」
アルベルトは真剣なまなざしでマリアを見つめると、マリアのすぐ隣に座り込んだ。そのまま手に持っていた一つの釘を取り出した。釘を眺めながら、くるくると器用に回していく。何かを堪えているような、そんな仕草であった。
「俺も、諦めていたんだ。日常なんて、普通なんて送れやしないって」
「でも、この国で諜報活動をしていた訳じゃないんでしょ」
「ああ。亡命してきたからな」
「だったら」
「俺は、あの国の特務部隊の隊員だった」
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