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第八輪「モノクローム・エンド」
⑧-1 真相には紫雲英を添えて①
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この物語はフィクションです。実在の人物、団体、国とは一切関係がありません。
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時は1950年、6月最終週が月曜日。
永世中立国であるスイスのシャフハウゼン、シュタインアムラインでは一部の人物たちのみが知る、異変を捉えていた。渦中の女性は眠り続け、今だ目覚めようとはしない。
シュタインアムラインは中世ヨーロッパへと人々を誘う力を秘めている。それは描かれたフレスコ画にある。街並みも当然ではあるが、一つの要素として今を懸命に生きる人たちによって保たれているのである。
シュタインアムラインにはライン川が通っており、そのライン川の一帯も、シュタインアムラインだ。その一角にあるアパートの一室に、赤毛の女性がソファーに座り込んでいる。隣には金髪碧眼の美しい女性が座った。
「まずは、退院おめでとう。レイス」
「ありがとう、ラーレ」
ラーレと呼ばれ、気恥ずかしさに視線を逸らす。赤毛を揺らしつつ、つかの間の幸せを嚙みしめていた。
「昔の呼び名、なんだかくすぐったいわ。今の呼び名でもいい? その、私はレイスって呼びたいけれど、皆の前で間違えてしまうといけないから、ティナって呼ぶわ」
「ええ、私も貴女の事をマリアと呼ばせてもらいます」
「でも、今は呼ばせて。ああ、レイス…………!」
金髪を靡かせると、ラーレは微笑した。一見、無表情に見えるものの、レイス改めティナは注意して微笑むようにしているのだ。以前、赤毛のマリアがラーレだった頃、笑ってくれないと駄々をこねて以来、彼女は注意して微笑んでくれている。抱きしめたい感情を、マリアは何とか堪えた。ティナは病み上がりなのだ。
「ああ、本当にレイスなのね」
「呼び名を間違えていますよ。マリア」
「だって。ずっとずっと、レイスの事を探していたのよ。無理言わないでよ。なんてついさっき、みんなの前で間違えるって言ったのに。もう駄目ね」
「ありがとう。ごめんなさい、約束の場所へ行けなくて」
「最初からそのつもりが無かったのは知ってたもの。それより、何の情報も無かったのは、ずっとレオン先生のお世話になっていたから?」
ティナは青い瞳をぼんやりとさせると、静かに頷いた。白いワンピースがドレスに見えるほどに、彼女は聡明で美しい。
「レオン医師の話によれば、そうですね」
「ねえ、隻眼の奴から、レオン先生に気を付けるように言われているのだけれど」
ティナは驚いたように目を見開くと、口に手を当てた。彼女の癖だ。場違いではあるが、マリアはそれを嬉しく感じてしまう。
「隻眼の奴って、ラウルの事ですよね」
「そう。ラウルさんよ。本当に知り合いだったのね」
「ごめんなさい。彼が貴女に嫌われたのは、私のせいですね」
ティナは東方の島国の民族のように、丁寧にお辞儀をしたため、マリアは狼狽えてしまった。言葉の節々から、ティナがマリアに何も話さなかったことを後悔していたのが理解できる。彼女はずっと自身を責め続け、そして足をすくませていたのだ。
「別にあいつは、……ラウルが強かっただけだもの。弱かったのは私だったというだけよ。それより、レオン先生って、敵だなんてことはあるの? すごく協力的だけれど」
「……少なくとも今は、味方であると信じましょう。私も、それから……。ティニアさんも、彼の力がなければ今頃はわかりませんでした」
「レイス……、ううん。ティナは大丈夫だったの? 人間ではないと、バレたり。その、レントゲンとか……」
ティナは頷くと、自身のコアのある胸を左手で優しく触れた。薄暗い部屋にティナの身体の機械部分が、すぐに青白く体が呼応し、人間ではない人造さがはっきりと眼下に表れた。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、国とは一切関係がありません。
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時は1950年、6月最終週が月曜日。
永世中立国であるスイスのシャフハウゼン、シュタインアムラインでは一部の人物たちのみが知る、異変を捉えていた。渦中の女性は眠り続け、今だ目覚めようとはしない。
シュタインアムラインは中世ヨーロッパへと人々を誘う力を秘めている。それは描かれたフレスコ画にある。街並みも当然ではあるが、一つの要素として今を懸命に生きる人たちによって保たれているのである。
シュタインアムラインにはライン川が通っており、そのライン川の一帯も、シュタインアムラインだ。その一角にあるアパートの一室に、赤毛の女性がソファーに座り込んでいる。隣には金髪碧眼の美しい女性が座った。
「まずは、退院おめでとう。レイス」
「ありがとう、ラーレ」
ラーレと呼ばれ、気恥ずかしさに視線を逸らす。赤毛を揺らしつつ、つかの間の幸せを嚙みしめていた。
「昔の呼び名、なんだかくすぐったいわ。今の呼び名でもいい? その、私はレイスって呼びたいけれど、皆の前で間違えてしまうといけないから、ティナって呼ぶわ」
「ええ、私も貴女の事をマリアと呼ばせてもらいます」
「でも、今は呼ばせて。ああ、レイス…………!」
金髪を靡かせると、ラーレは微笑した。一見、無表情に見えるものの、レイス改めティナは注意して微笑むようにしているのだ。以前、赤毛のマリアがラーレだった頃、笑ってくれないと駄々をこねて以来、彼女は注意して微笑んでくれている。抱きしめたい感情を、マリアは何とか堪えた。ティナは病み上がりなのだ。
「ああ、本当にレイスなのね」
「呼び名を間違えていますよ。マリア」
「だって。ずっとずっと、レイスの事を探していたのよ。無理言わないでよ。なんてついさっき、みんなの前で間違えるって言ったのに。もう駄目ね」
「ありがとう。ごめんなさい、約束の場所へ行けなくて」
「最初からそのつもりが無かったのは知ってたもの。それより、何の情報も無かったのは、ずっとレオン先生のお世話になっていたから?」
ティナは青い瞳をぼんやりとさせると、静かに頷いた。白いワンピースがドレスに見えるほどに、彼女は聡明で美しい。
「レオン医師の話によれば、そうですね」
「ねえ、隻眼の奴から、レオン先生に気を付けるように言われているのだけれど」
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「そう。ラウルさんよ。本当に知り合いだったのね」
「ごめんなさい。彼が貴女に嫌われたのは、私のせいですね」
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「レイス……、ううん。ティナは大丈夫だったの? 人間ではないと、バレたり。その、レントゲンとか……」
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