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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-16 お別れと誕生会②
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教会の奥手、台所までやってくると、先にやってきていたシャトー婦人ご自慢のケーキが並んでいた。
「ミュラーさん、どうされたのですか」
アドニスが心配した目を細めながら、訪ねてきた。ミュラー夫人は扉の向こうを警戒しながら、子供たちに聞こえぬように気を配った。子供たちは飾りつけのラストスパートをしており、誰も気付いていない。
「それがね、花を植え替えた後、突然ちょっと出てくるって、出てっちゃったそうなの」
「なんですって? 年少組は足止め出来なかったのですか?」
「そうじゃないのだけれど、アルベルトさんと一緒だから、心配はしてないのだけれど」
「それは一大事だ」
アドニスは怪訝な表情を浮かべると、細目を更に細め、もう目が開いているのかわからない程だ。
「アルは、誕生会の事を知っているのですか?」
レオンが訪ねると、ミュラー夫人は頷いた。
「ええ。主人が話していたから……」
「ミュラーさんだったのか。余計なことを」
「アドニスさん、嫉妬が駄々洩れよ」
憤慨するアドニスは年相応ではなく、レオン達と変わらぬような若い表情を浮かべながら、感情を露わにした。
「アルは、子供たちに変わって、ティニアさんを足止めしているのでは?」
「そうだとは思うの。きっと時間になったら連れてきてくれるわ。あ、だとしたら、マリアが孤児院で行き違いになってしまいますね」
「ミュラー夫人、報告をありがとう。それより、ちょっと用事ですか……」
「もう、嫉妬し過ぎよ。アドニスさん」
「嫉妬くらいしますよ。一緒に住むなんて、彼は成人男性なのですよ。まったく何を考えているやら……」
レオンは隠さずに嫉妬するアドニスを羨ましく思いつつ、ティニアではない金髪碧眼の幸薄の女性を思い浮かべた。
「とにかく、私は孤児院でマリアを待つわ。年少組の誘導をお願いできますか?」
「わかりました。先生は会場に居てください。で、マリアはどこへ?」
「マリアさんなら、診療所へ花の、配達です。すぐ近くですから、もう来るかもしれませんね。ティニアさんを招待するのは何時ですか?」
「15時です。もうすぐですね。念のため、裏口から行きましょう」
「はい。では先生は会場で」
「はい」
アドニスは台所の時計を見つめると、ミュラー夫人と共に裏口から出ていった。時計の針は14時45分を指している。
◇◇◇
一方診療所では、ティナを訪ねてマリアがやってきていた。
「ティナさん、退院おめでとうございます」
「まあ、マリアじゃない。わあ、綺麗な花。ありがとうございます」
「生けるだけ生けていくわね」
「ありがとう。いい香り、フリージアね」
マリアは手際よく花を生けながら、ティナに率直な意見を訪ねた。元から花瓶に生ける目的で花束を作っていた為、長さの調整も必要なかった。
「好きなの?」
「え?」
「レオン先生」
マリアは花を生けながら、振り返ろうとはしなかった。
「別に、言いたくないならいいのだけれど」
「…………そうね。感謝はしていますし、特別な感情は持っていますよ。でも、そこまでです」
「貴女は、そうやっていつも他人へ興味を示さないけれど、先生は別なんでしょう」
「ラーレ……」
マリアは落ち着きを払いながら花を生け終えると、漸くティナへ向き合った。
「はい、生け終わったわ。じゃあ私はティニアの誕生会へ行かなきゃだから。その……」
「うん。楽しんできて。花をありがとう」
「私は届けただけよ。この花束は、レオン先生からの退院祝いだから」
「レオン医師が、選んでくれたのですか?」
ティナの声が震えているが、マリアは気付かぬふりをした。
「選んだのは私たちだけれど、OKを出したのは先生よ。選ぶ時間があれば、選びたかったと思うわ」
(まあ、この花束は、無理やり押し付けた様なものだけれど)
「じゃあ。そろそろ……」
振り返った瞬間、マリアは息を飲んだ。ティナは頬を赤らめると口に手を当てたまま押し黙っていたのだ。感極まっているのだということは、マリアでもわかる。
「花、愛でてね。あと、お礼は先生にね」
「わかりました」
わずかに開いた窓からの風が、花の香りをティナへ注ぎ込む。フリージア、アイリス、そして僅かなカスミソウの香りが、その風に乗って部屋を踊る。
「フリージア…………」
ティナは胸を掴みながら、涙で頬を濡らした――。
「ミュラーさん、どうされたのですか」
アドニスが心配した目を細めながら、訪ねてきた。ミュラー夫人は扉の向こうを警戒しながら、子供たちに聞こえぬように気を配った。子供たちは飾りつけのラストスパートをしており、誰も気付いていない。
「それがね、花を植え替えた後、突然ちょっと出てくるって、出てっちゃったそうなの」
「なんですって? 年少組は足止め出来なかったのですか?」
「そうじゃないのだけれど、アルベルトさんと一緒だから、心配はしてないのだけれど」
「それは一大事だ」
アドニスは怪訝な表情を浮かべると、細目を更に細め、もう目が開いているのかわからない程だ。
「アルは、誕生会の事を知っているのですか?」
レオンが訪ねると、ミュラー夫人は頷いた。
「ええ。主人が話していたから……」
「ミュラーさんだったのか。余計なことを」
「アドニスさん、嫉妬が駄々洩れよ」
憤慨するアドニスは年相応ではなく、レオン達と変わらぬような若い表情を浮かべながら、感情を露わにした。
「アルは、子供たちに変わって、ティニアさんを足止めしているのでは?」
「そうだとは思うの。きっと時間になったら連れてきてくれるわ。あ、だとしたら、マリアが孤児院で行き違いになってしまいますね」
「ミュラー夫人、報告をありがとう。それより、ちょっと用事ですか……」
「もう、嫉妬し過ぎよ。アドニスさん」
「嫉妬くらいしますよ。一緒に住むなんて、彼は成人男性なのですよ。まったく何を考えているやら……」
レオンは隠さずに嫉妬するアドニスを羨ましく思いつつ、ティニアではない金髪碧眼の幸薄の女性を思い浮かべた。
「とにかく、私は孤児院でマリアを待つわ。年少組の誘導をお願いできますか?」
「わかりました。先生は会場に居てください。で、マリアはどこへ?」
「マリアさんなら、診療所へ花の、配達です。すぐ近くですから、もう来るかもしれませんね。ティニアさんを招待するのは何時ですか?」
「15時です。もうすぐですね。念のため、裏口から行きましょう」
「はい。では先生は会場で」
「はい」
アドニスは台所の時計を見つめると、ミュラー夫人と共に裏口から出ていった。時計の針は14時45分を指している。
◇◇◇
一方診療所では、ティナを訪ねてマリアがやってきていた。
「ティナさん、退院おめでとうございます」
「まあ、マリアじゃない。わあ、綺麗な花。ありがとうございます」
「生けるだけ生けていくわね」
「ありがとう。いい香り、フリージアね」
マリアは手際よく花を生けながら、ティナに率直な意見を訪ねた。元から花瓶に生ける目的で花束を作っていた為、長さの調整も必要なかった。
「好きなの?」
「え?」
「レオン先生」
マリアは花を生けながら、振り返ろうとはしなかった。
「別に、言いたくないならいいのだけれど」
「…………そうね。感謝はしていますし、特別な感情は持っていますよ。でも、そこまでです」
「貴女は、そうやっていつも他人へ興味を示さないけれど、先生は別なんでしょう」
「ラーレ……」
マリアは落ち着きを払いながら花を生け終えると、漸くティナへ向き合った。
「はい、生け終わったわ。じゃあ私はティニアの誕生会へ行かなきゃだから。その……」
「うん。楽しんできて。花をありがとう」
「私は届けただけよ。この花束は、レオン先生からの退院祝いだから」
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ティナの声が震えているが、マリアは気付かぬふりをした。
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(まあ、この花束は、無理やり押し付けた様なものだけれど)
「じゃあ。そろそろ……」
振り返った瞬間、マリアは息を飲んだ。ティナは頬を赤らめると口に手を当てたまま押し黙っていたのだ。感極まっているのだということは、マリアでもわかる。
「花、愛でてね。あと、お礼は先生にね」
「わかりました」
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