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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-10 祖国と花と⑤
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時は数刻後……。
アルベルトは教会の扉を開けたまま、ティニアへ白い花の花束を差し出した。茎の部分は新聞紙でクシャクシャに包まれ、バケツへ入れられている。
「は? へ? なに?」
「これ、やる」
「は⁉ なに?」
アドニスがティニアの前へ歩み出たものの、ティニアは微動だにしない。俯いたまま、思い詰めたように花束を見つめている。
「悪かった」
「…………」
「貴方は、この花が何か御存知で?」
「その、これは……」
ティニアは呆れたように、花を見下ろしながら冷めた目付きで答えた。
「アキレア、アキレス、ヤロウ。止血によく効く薬草の一つだね。戦にでも行けってことかな」
「そういう事なら、お前がまた怪我したら俺が煎じてやるよ」
アルベルトは素っ頓狂な事を口走ったため、それを聞いたアドニスは落胆し、憤慨した。ティニアは唖然としたまま、口を開け、呆然とアルベルトを見つめていた。
「まったく。適当に野花を摘んで、許しを請うなど以ての外ですよ!」
この場で冗談の言える空気ではないのは明白だ。アルベルトは何の躊躇いもなく、何が間違っているのかも分からないと言わんばかりだ。
「違う、ちゃんと図鑑を見て……。ただ、薬草だったなんて知らなくて、ただ図鑑を見たら見覚えがあったんで。山に入ったら、普通に咲いてるじゃないか」
「そりゃ咲いてるでしょうけど……!」
「だから。羽状に深く裂けるように葉が咲くように咲いているのがそうなんだよな? ほら、植木鉢でスノードロップを贈ったら、その、機嫌が悪くなったから。それに、その銀時計のこと。悪かった。だからこれを」
アドニスは更に激しく憤慨すると、二人の間へ割って入り込んだ。
「なんですって!? スノードロップ? シュネーグロッケンの花言葉もご存じないとは。……イングランドの一部では」
「あなたの死を望みます、だね」
「ええ! そ、そんな。知らなかったんだ。本当なんだ。そういう意味じゃないんだ」
「…………別にそういうことじゃないんだよ」
ティニアは震えるアルベルトの腕や裾に泥がついているに気付いた。
「……まさか、本当に摘んできたの? こ、こんなに?」
ティニアは信じられないと言わんばかりの表情で、花束ではなく腕についた泥ごと受け取った。
「だって、花屋が。それに、マリアがスノードロップを売ってくれなかったんだ」
「花言葉の意味も知らずに、適当に繕おうとしたからですよ」
「……いや、でも俺は」
「君はさ。そうやって、いくつもの花を摘み取って、僕の命も摘み取りたいということ?」
その言葉がらしくないことを、ティニア自身が感じている。冗談ではなく、珍しく本気で憤る彼女を、神父も心配そうに見つめる。ティニアは花束に触れながら、アルベルトを睨みつけた。教会の扉は開けたままであり、人だかりが出来てゆく。
「……違う、これは」
ティニアは、改めて花に片手を伸ばして触れた。動揺した男の手から、ポタポタと砂や泥が溢れ落ちる。摘む際に出来たのか、擦り傷も見受けられる。
「お前、この花好きだっただろ。だから、ただ摘み取っても喜ばないと思ったんだ。だから、これ、根も土ごと。根なんて何かに使えそうだろ」
これにアドニスがたまらず声を上げる。
「土!? ちょっと! ああもう、僕の教会が! ああああもっと溢れて」
「…………」
「好きだったろ? この花」
「なんで。そんなこと、一言も言ったことないでしょ」
ティニアは言葉を小声にしていくと、なんとかその言葉を繋げた。か細い声はあまりに小さく、ティニアはそっぽを向いてしまった。
「でも好きだろ」
「好きじゃないよ」
ティニアは微笑むどころか無表情になると、その泥が落ちるのを気にしないかのように、花を見つめた。
「いや、でもお前」
「僕が好きな花は、色は白でもフリージアだよ」
「え、…………なんで……」
「なんで? 私が好きな花は、フリージアだよ、フリージア。香りがとても強いね」
「………………」
アルベルトは黙り込むと花束ではなく、足元を呆然として見つめた。
「本当に。好きな花の話なんて、一度もしてなかったじゃん。ほんっと、なんなのかな」
「………………ティ……ニア」
「…………うるさい。でも、まあ。この花、このままだと枯れちゃうから」
「…………」
「子供達と植えかえたら、もっと長く咲いてくれると思うから」
「すまん、根ごとで」
「ううん。ありがと」
ティニアは花束を受け取ると、そのまま人混みをかき分けて孤児院へ向かった。
「通してください。見世物じゃないよ、もう!」
人々はそんなティニアへ道を譲るために離れていった。教会に残ったアドニスは、ポツリと疑問を呟いた。
「……彼女の好きな花」
「え? どうした、アドニス」
「いえ……」
白鷺と鷲が、教会の屋根から勢いよく羽ばたく音が、暖かくて穏やかなシュタインアムラインを駆け抜けていった。
アルベルトは教会の扉を開けたまま、ティニアへ白い花の花束を差し出した。茎の部分は新聞紙でクシャクシャに包まれ、バケツへ入れられている。
「は? へ? なに?」
「これ、やる」
「は⁉ なに?」
アドニスがティニアの前へ歩み出たものの、ティニアは微動だにしない。俯いたまま、思い詰めたように花束を見つめている。
「悪かった」
「…………」
「貴方は、この花が何か御存知で?」
「その、これは……」
ティニアは呆れたように、花を見下ろしながら冷めた目付きで答えた。
「アキレア、アキレス、ヤロウ。止血によく効く薬草の一つだね。戦にでも行けってことかな」
「そういう事なら、お前がまた怪我したら俺が煎じてやるよ」
アルベルトは素っ頓狂な事を口走ったため、それを聞いたアドニスは落胆し、憤慨した。ティニアは唖然としたまま、口を開け、呆然とアルベルトを見つめていた。
「まったく。適当に野花を摘んで、許しを請うなど以ての外ですよ!」
この場で冗談の言える空気ではないのは明白だ。アルベルトは何の躊躇いもなく、何が間違っているのかも分からないと言わんばかりだ。
「違う、ちゃんと図鑑を見て……。ただ、薬草だったなんて知らなくて、ただ図鑑を見たら見覚えがあったんで。山に入ったら、普通に咲いてるじゃないか」
「そりゃ咲いてるでしょうけど……!」
「だから。羽状に深く裂けるように葉が咲くように咲いているのがそうなんだよな? ほら、植木鉢でスノードロップを贈ったら、その、機嫌が悪くなったから。それに、その銀時計のこと。悪かった。だからこれを」
アドニスは更に激しく憤慨すると、二人の間へ割って入り込んだ。
「なんですって!? スノードロップ? シュネーグロッケンの花言葉もご存じないとは。……イングランドの一部では」
「あなたの死を望みます、だね」
「ええ! そ、そんな。知らなかったんだ。本当なんだ。そういう意味じゃないんだ」
「…………別にそういうことじゃないんだよ」
ティニアは震えるアルベルトの腕や裾に泥がついているに気付いた。
「……まさか、本当に摘んできたの? こ、こんなに?」
ティニアは信じられないと言わんばかりの表情で、花束ではなく腕についた泥ごと受け取った。
「だって、花屋が。それに、マリアがスノードロップを売ってくれなかったんだ」
「花言葉の意味も知らずに、適当に繕おうとしたからですよ」
「……いや、でも俺は」
「君はさ。そうやって、いくつもの花を摘み取って、僕の命も摘み取りたいということ?」
その言葉がらしくないことを、ティニア自身が感じている。冗談ではなく、珍しく本気で憤る彼女を、神父も心配そうに見つめる。ティニアは花束に触れながら、アルベルトを睨みつけた。教会の扉は開けたままであり、人だかりが出来てゆく。
「……違う、これは」
ティニアは、改めて花に片手を伸ばして触れた。動揺した男の手から、ポタポタと砂や泥が溢れ落ちる。摘む際に出来たのか、擦り傷も見受けられる。
「お前、この花好きだっただろ。だから、ただ摘み取っても喜ばないと思ったんだ。だから、これ、根も土ごと。根なんて何かに使えそうだろ」
これにアドニスがたまらず声を上げる。
「土!? ちょっと! ああもう、僕の教会が! ああああもっと溢れて」
「…………」
「好きだったろ? この花」
「なんで。そんなこと、一言も言ったことないでしょ」
ティニアは言葉を小声にしていくと、なんとかその言葉を繋げた。か細い声はあまりに小さく、ティニアはそっぽを向いてしまった。
「でも好きだろ」
「好きじゃないよ」
ティニアは微笑むどころか無表情になると、その泥が落ちるのを気にしないかのように、花を見つめた。
「いや、でもお前」
「僕が好きな花は、色は白でもフリージアだよ」
「え、…………なんで……」
「なんで? 私が好きな花は、フリージアだよ、フリージア。香りがとても強いね」
「………………」
アルベルトは黙り込むと花束ではなく、足元を呆然として見つめた。
「本当に。好きな花の話なんて、一度もしてなかったじゃん。ほんっと、なんなのかな」
「………………ティ……ニア」
「…………うるさい。でも、まあ。この花、このままだと枯れちゃうから」
「…………」
「子供達と植えかえたら、もっと長く咲いてくれると思うから」
「すまん、根ごとで」
「ううん。ありがと」
ティニアは花束を受け取ると、そのまま人混みをかき分けて孤児院へ向かった。
「通してください。見世物じゃないよ、もう!」
人々はそんなティニアへ道を譲るために離れていった。教会に残ったアドニスは、ポツリと疑問を呟いた。
「……彼女の好きな花」
「え? どうした、アドニス」
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