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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-9 祖国と花と④
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ミュラー夫人はそういうと、アイリスの花を花束の中心に選んだ。午後の予約客の注文品だ。
「そうか、アンハルト公国か……」
「メアリー? アンハルト公国って?」
「ティニアは、その一族様と関わりがあったんだね」
「大きな声じゃ言えないけれどね」
ミュラー夫人はそういうと、窓の外を警戒した。観光客が疎らに歩いているだけである。マリアだけがはてなマークを浮かべているが、二人はそのまま話を続けた。
「…………じゃあ、北の報告を聞いて、彼女が感情を噛み殺してたのは、そういうことだったのかい」
「2月18日だね」
「その日がどうしたの? 私、ティニアが感情を噛み殺していたけれど、意味が解らなかったの。凄くつらくて、見て居られなかったわ。今でも、18日は辛そうにしてるわね」
メアリーは声を細めながら、静かに語った。
「アスカニアのバラバラだった諸国が集まってね。1863年に、アンハルト公国が成立したの」
「うん」
「1871年、ドイツ帝国を構成する国になったんだよ」
「……でもね。1918年4月に、三代目が亡くなって、弟君が継いだの。そして、9月に弟君も亡くなったわ」
「そんな……」
メアリーの目配せで、ミュラー夫人は準備中の看板を掲げると、静かに語った。
「そのお子さんのヨアヒム・エルンスト様が17歳で継いだのだけれど、二か月後にはドイツ革命が起こったの。11月12日、ヨアヒム・エルンスト様は退位したわ。そして、アスカニア家は地位を失った」
「嘘…………」
「それだけじゃない。嫌なことは続くんだ」
メアリーは目頭を熱くさせながら、胸を掴んだ。
「退位後、ヨアヒム・エルンスト様はナチスに反発した。そのせいで逮捕されて、強制収容所に入れられたんだ」
「なんですって!?」
「三ヵ月後に解放されたそうだがね」
「だって、ええ……」
マリアはショックで絶句したが、更なる追い打ちがかかるのだ。
「1945年、北の大国によって、ナチスに賛同したとして逮捕された。そのまま、また強制収容所行きさ」
「な、うそ……なんで、そんなだって、反発して逮捕されて収容所に入ってたくらいなのに、どうして?」
「当然、無実だった。だけど、ヨアヒム・エルンスト様は病気と衰弱で、1947年に収容所で亡くなったんだ。それが2月18日さ。無実の、敗戦による犠牲者と言われているよ」
マリアはほろほろと涙で頬を濡らすと、たまらずにハンカチで涙を拭った。ミュラー夫人も涙を溜めている。
「ティニアはね、かなり恩がアスカーニエン家にはあるそうなの。血族者ではないけれど、家族のようなものだと思ってもらっていいわ。ティニアはそういう気でいるの」
「うん」
「それでも、色々あって、ティニアはスイスへ渡ったの。理由は私からは話せないが。私も、主人も詳しくは聞けていないの。そんな軽い事じゃないのよ」
「じゃあ、ティニアが言ってた恩人の辺境伯って……アルブレヒト熊公?」
「そんなわけあるかい。12世紀の人間なんだろう」
そういうと、メアリーは白いフリージアを選んだ。ミュラー夫人も賛成し、花束に組み込んだ。
「そう、ね。普通ならね……」
マリアはポツリと呟き、ティニアへ思いを募らせていった。
「そうか、アンハルト公国か……」
「メアリー? アンハルト公国って?」
「ティニアは、その一族様と関わりがあったんだね」
「大きな声じゃ言えないけれどね」
ミュラー夫人はそういうと、窓の外を警戒した。観光客が疎らに歩いているだけである。マリアだけがはてなマークを浮かべているが、二人はそのまま話を続けた。
「…………じゃあ、北の報告を聞いて、彼女が感情を噛み殺してたのは、そういうことだったのかい」
「2月18日だね」
「その日がどうしたの? 私、ティニアが感情を噛み殺していたけれど、意味が解らなかったの。凄くつらくて、見て居られなかったわ。今でも、18日は辛そうにしてるわね」
メアリーは声を細めながら、静かに語った。
「アスカニアのバラバラだった諸国が集まってね。1863年に、アンハルト公国が成立したの」
「うん」
「1871年、ドイツ帝国を構成する国になったんだよ」
「……でもね。1918年4月に、三代目が亡くなって、弟君が継いだの。そして、9月に弟君も亡くなったわ」
「そんな……」
メアリーの目配せで、ミュラー夫人は準備中の看板を掲げると、静かに語った。
「そのお子さんのヨアヒム・エルンスト様が17歳で継いだのだけれど、二か月後にはドイツ革命が起こったの。11月12日、ヨアヒム・エルンスト様は退位したわ。そして、アスカニア家は地位を失った」
「嘘…………」
「それだけじゃない。嫌なことは続くんだ」
メアリーは目頭を熱くさせながら、胸を掴んだ。
「退位後、ヨアヒム・エルンスト様はナチスに反発した。そのせいで逮捕されて、強制収容所に入れられたんだ」
「なんですって!?」
「三ヵ月後に解放されたそうだがね」
「だって、ええ……」
マリアはショックで絶句したが、更なる追い打ちがかかるのだ。
「1945年、北の大国によって、ナチスに賛同したとして逮捕された。そのまま、また強制収容所行きさ」
「な、うそ……なんで、そんなだって、反発して逮捕されて収容所に入ってたくらいなのに、どうして?」
「当然、無実だった。だけど、ヨアヒム・エルンスト様は病気と衰弱で、1947年に収容所で亡くなったんだ。それが2月18日さ。無実の、敗戦による犠牲者と言われているよ」
マリアはほろほろと涙で頬を濡らすと、たまらずにハンカチで涙を拭った。ミュラー夫人も涙を溜めている。
「ティニアはね、かなり恩がアスカーニエン家にはあるそうなの。血族者ではないけれど、家族のようなものだと思ってもらっていいわ。ティニアはそういう気でいるの」
「うん」
「それでも、色々あって、ティニアはスイスへ渡ったの。理由は私からは話せないが。私も、主人も詳しくは聞けていないの。そんな軽い事じゃないのよ」
「じゃあ、ティニアが言ってた恩人の辺境伯って……アルブレヒト熊公?」
「そんなわけあるかい。12世紀の人間なんだろう」
そういうと、メアリーは白いフリージアを選んだ。ミュラー夫人も賛成し、花束に組み込んだ。
「そう、ね。普通ならね……」
マリアはポツリと呟き、ティニアへ思いを募らせていった。
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