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第七輪「嫉妬の狼煙」
⑦-8 祖国と花と③
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「それにしても、珍しいわね」
マリアが店内へ戻る頃、まだアルベルトは店先で思案していた。ミュラー夫人は疑問を投げかけながら、花をそっと手に取った。
「なにが? 喧嘩?」
「そうじゃないわよ。ティニアがそんなに心を露わにするなんて、珍しいと思わない?」
「うーん。アルベルトの前だと違うみたいね。アイツの前では、割といつも自然体みたいね」
ティニアは口が上手い。淡々として飄々としながら、言葉巧みに相手を誘導してきたはずだ。それが、アルベルトを前にすると露骨に感情がむき出しになるように感じていた。
「何かあるのかねえ」
メアリーの言葉に、ミュラー夫人はポツリと呟いた。ミュラー夫人は玄関をチラ見したが、アルベルトの姿は既に無かった。
「やっぱり名前かしら」
「名前?」
「そう。アルベルトのドイツ語読みは、アルブレヒトでしょう。……マリアは、熊公という人を、知ってる?」
「熊? ううん、知らないけど」
そういうマリアに、メアリーもわからない様子でミュラー夫人に尋ねた。
「ザンクトガレンの、熊伝説とは違うのかい」
「ザンクトガレンの熊って、確か」
マリアはかつてティニアに聞いた話を思い起こした。
「昔、アイルランドの修道士ガルスがやってきて、人々が困っている熊とお祈り中に遭遇して、パンを与えた代わりに薪を集めさせて、人里から遠ざけたって話?」
「あらマリア、詳しいわね」
「アドニス神父が話していたのよ。ティニアは、熊がパンで満足するわけがないっていっていたけど」
「そ、そうね。そうじゃなくて。熊公というのは、人間なのよ。実在したね」
ミュラー夫人は花を手入れしながら、玄関をそっと見つめ、人気が無い事を確認した。
「熊公っていうのは、あだ名なの。人々が親しんでそう呼んだのよ。彼はね、初代ブランデンブルク辺境伯なの。マリアは聞いたことない? ブランデンブルクよ。1100年に生まれ、12世紀に生きた人なの」
「随分昔の人なのね。ブランデンブルクなら知ってるわ。門があるんでしょう」
「ああ。初代ブランデンブルク辺境伯の、アルブレヒト熊公ね」
メアリーはそういうと、花を眺めながら答え、カスミソウを数本手に取った。
「愛妻家の辺境伯さんだっていうね」
「あら、メアリー。知ってるの?」
「子供が10人以上いたって聞いてるよ。しかも奥さん一人で。愛妻家だろう?」
「え、なにそれ! 愛妻家なんて、素敵じゃない。一夫多妻でもないのよね?」
「そうだよ。長身で、イケメンだったって」
「うそ! 素敵じゃない!」
「ちょっと、メアリーさん。なんでそんなことまで知ってるんですか」
ミュラー夫人の話を改めて聞ける体制を整えた。夫人の目線がもの悲しく、そして迷いがまだあるように、目線が泳いでいるのだ。
「その辺境伯さんが、熊公さんが、どうしたの? ああ、ティニアはそれで、くまちゃんが好きなのね。なるほど、やっと謎が解けたわ」
「彼らの一族はね、アンハルト公国という国を治められていたのよ」
「なんだって!? じゃあ、恩があるってのは、アスカーニエン家ってことかい」
「アスカーニエン家?」
「そう。アスカニア家よ。もうずっと昔から続いておられる、由緒正しい御家柄なのよ」
マリアが店内へ戻る頃、まだアルベルトは店先で思案していた。ミュラー夫人は疑問を投げかけながら、花をそっと手に取った。
「なにが? 喧嘩?」
「そうじゃないわよ。ティニアがそんなに心を露わにするなんて、珍しいと思わない?」
「うーん。アルベルトの前だと違うみたいね。アイツの前では、割といつも自然体みたいね」
ティニアは口が上手い。淡々として飄々としながら、言葉巧みに相手を誘導してきたはずだ。それが、アルベルトを前にすると露骨に感情がむき出しになるように感じていた。
「何かあるのかねえ」
メアリーの言葉に、ミュラー夫人はポツリと呟いた。ミュラー夫人は玄関をチラ見したが、アルベルトの姿は既に無かった。
「やっぱり名前かしら」
「名前?」
「そう。アルベルトのドイツ語読みは、アルブレヒトでしょう。……マリアは、熊公という人を、知ってる?」
「熊? ううん、知らないけど」
そういうマリアに、メアリーもわからない様子でミュラー夫人に尋ねた。
「ザンクトガレンの、熊伝説とは違うのかい」
「ザンクトガレンの熊って、確か」
マリアはかつてティニアに聞いた話を思い起こした。
「昔、アイルランドの修道士ガルスがやってきて、人々が困っている熊とお祈り中に遭遇して、パンを与えた代わりに薪を集めさせて、人里から遠ざけたって話?」
「あらマリア、詳しいわね」
「アドニス神父が話していたのよ。ティニアは、熊がパンで満足するわけがないっていっていたけど」
「そ、そうね。そうじゃなくて。熊公というのは、人間なのよ。実在したね」
ミュラー夫人は花を手入れしながら、玄関をそっと見つめ、人気が無い事を確認した。
「熊公っていうのは、あだ名なの。人々が親しんでそう呼んだのよ。彼はね、初代ブランデンブルク辺境伯なの。マリアは聞いたことない? ブランデンブルクよ。1100年に生まれ、12世紀に生きた人なの」
「随分昔の人なのね。ブランデンブルクなら知ってるわ。門があるんでしょう」
「ああ。初代ブランデンブルク辺境伯の、アルブレヒト熊公ね」
メアリーはそういうと、花を眺めながら答え、カスミソウを数本手に取った。
「愛妻家の辺境伯さんだっていうね」
「あら、メアリー。知ってるの?」
「子供が10人以上いたって聞いてるよ。しかも奥さん一人で。愛妻家だろう?」
「え、なにそれ! 愛妻家なんて、素敵じゃない。一夫多妻でもないのよね?」
「そうだよ。長身で、イケメンだったって」
「うそ! 素敵じゃない!」
「ちょっと、メアリーさん。なんでそんなことまで知ってるんですか」
ミュラー夫人の話を改めて聞ける体制を整えた。夫人の目線がもの悲しく、そして迷いがまだあるように、目線が泳いでいるのだ。
「その辺境伯さんが、熊公さんが、どうしたの? ああ、ティニアはそれで、くまちゃんが好きなのね。なるほど、やっと謎が解けたわ」
「彼らの一族はね、アンハルト公国という国を治められていたのよ」
「なんだって!? じゃあ、恩があるってのは、アスカーニエン家ってことかい」
「アスカーニエン家?」
「そう。アスカニア家よ。もうずっと昔から続いておられる、由緒正しい御家柄なのよ」
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