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暁の荒野 番外編①
夫婦喧嘩の果て⑤
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「ミランダ、俺のミリー!」
紅茶を入れていると、すぐに愛すべき旦那が帰宅した。息切れしており、すぐにその場に倒れ込んだ。
「ディートリヒ……。ごめんなさい、心配かけて」
「いや、いいんだ。はっきり言えなかった俺も悪い。なあ、ミリー」
ミュラーの旦那、ディートリヒは愛すべき妻を抱きしめると、そのまま口づけを交わした。迷いもなく、何度も、何度も。
そのまま、息切れしたのか深く息を吐くと、ゆっくりと呼吸を始めた。
「もう、無理して走ったりして。旧市街は広いのよ」
「ばかいえ、お前が心配だったんだ」
「言っておくけれど、私は頑丈ですからね。五月蠅い一家からは、デカいデカい言われてるし」
「なんだよ、俺はそのデカさが可愛いと思っているのに」
「なによそれ。初めて聞いたわ」
「む、そうだったか?」
二人の視線は自然と重なり、そのまま唇と重ねる。ディートリヒは呼吸が整ったのか、長い口づけであり、ミュラー夫人の方が先に息苦しくなってしまった。口を離そうとした瞬間、旦那の舌が入り込んでくる。甘美な心地よさが、夫人を包み込むと、そのまま抱きかかえられた。
「ああ、こんなに軽くなって。俺のミリー」
「軽くって、あなたが力持ちなだけでしょう」
「何言ってるんだ、君は軽いよ。小鳥のように」
そのまま寝室で一夜を過ごしたのち、ミュラー夫人は甘い時を過ごすことが出来たことに満足していた。マリアは帰宅しなかったが、二人は心配することは無かった。旦那の話では、そのままマリアはティニアの家に泊まるのだというのだ。
「マリア、気を遣わせちゃったわね」
「まあ思春期だろうしな」
「そうね。女の子だし、女の子同士で住むのもいいかもしれないわね」
「君は可愛い女の子だぜ」
「もう」
甘い日々を過ごせる日々に、旦那に、そして良き友人を想い、ミュラー夫人は彼女達に花を贈ることにした。ティニアは植物が好きなのだ。
◇◇◇
次の日、ミュラー夫人は愛すべき旦那と共に、シュタインアムラインの旧市街を訪れた。露店街へ花を買いに行くと、可愛らしい鼻歌が聞こえてきたのだ。見れば、花屋の露天商の女性が花を売りながら、ウキウキで鼻歌を歌っている。
「ふんふん、こちょうらんのささやきが~♪」
周囲の露天商はその鼻歌に耳を傾けると、聞き入りながら首や肩を揺らす。
「まばたきをして~♪ あら、お客さんだったのかい。声くらい、かけたらいいのに」
「余りに綺麗な音色だったので」
「フン。で、どの花を何本だい」
「花束を二つ。そうね、この花とこれと……。あら、同じ花で色違いなのね」
「そうさよ。花は同じでも、本数や気持ちで受け取る側の心を癒すのさ」
「花って、奥が深いのね……」
ミュラー夫人はそういうと、花を数本ずつ選んだ。露天商の花屋は手慣れた手つきで、新聞で花をくるむと、二つの花束をあっという間に作り上げた。
「おいくらですかね」
旦那が声をかけたとき、ミュラー夫人がポツリと呟き、ポケットから出したリボンを露天商の女性へ手渡した。
「これ、かけてもらってもいい?」
「いいけど、同じ花束だよ。間違え防止なんていらないと思うけど?」
「赤いリボンはマリアに。黄色のリボンはティニアにぴったりなの。ほら、花を生けるときにリボンは必ず解くじゃない。その時にも、ほっこりしてもらいたいのよ」
「なるほどねえ、リボンか。いいかもしれないね。ラッピングは新聞だけで申し訳ないが」
「あら、だから良いんじゃない。リボンやラッピングより、花が主役だもの」
「なるほどね」
話し込む夫人二人に対し、呆然と立ち尽くしていた旦那は、思い切って露天商の女性へ声をかけた。
「あの、おいくらですか」
「あんた、うちでちょっと働かないかい」
「え、私がですか?」
「見れば服のセンスもいいしね。私はそういうの、とんとないからさ。ちょっと手伝ってくれるだけでいいよ」
「もちろん! 私で良ければいくらでも!」
「だったら、お代はいらないさ。前払いてことで、明日以降待ってるよ」
「まあ! 明日からいいの? うれしい! お願いします。私の名前はミランダ・ミュラーです」
旦那を無視した状態で、二人の夫人は厚く握手を交わした。それを嫉妬しつつ、旦那も嬉しさに微笑む。
「あたしはメアリー。メアリーってよんでくれ。どうぞよろしくね、ミュラーさん」
◇◇◇
「っていうわけで、フローリストを目指すことになったのよ」
「あの後そんなことになってたの? っていうことは、メアリーさん大活躍じゃない」
赤毛のマリアは嬉しそうに微笑むと、メアリーにカスミソウの束を手渡した。
「いやあ、だって、花はそんなに持たないからね。売りきりたいじゃないか。ラッピングなんて、私は考えたことなかったんだよ」
花屋、ペラルゴで女性たちの声が響き、シュタインアムラインを彩る。
時代は1950年。誤爆攻撃から、数年が経過したところだ。
花と共に、女性も、男性も、子供も、町も、進んでいくのである。
―暁の荒野 番外編1、完―
紅茶を入れていると、すぐに愛すべき旦那が帰宅した。息切れしており、すぐにその場に倒れ込んだ。
「ディートリヒ……。ごめんなさい、心配かけて」
「いや、いいんだ。はっきり言えなかった俺も悪い。なあ、ミリー」
ミュラーの旦那、ディートリヒは愛すべき妻を抱きしめると、そのまま口づけを交わした。迷いもなく、何度も、何度も。
そのまま、息切れしたのか深く息を吐くと、ゆっくりと呼吸を始めた。
「もう、無理して走ったりして。旧市街は広いのよ」
「ばかいえ、お前が心配だったんだ」
「言っておくけれど、私は頑丈ですからね。五月蠅い一家からは、デカいデカい言われてるし」
「なんだよ、俺はそのデカさが可愛いと思っているのに」
「なによそれ。初めて聞いたわ」
「む、そうだったか?」
二人の視線は自然と重なり、そのまま唇と重ねる。ディートリヒは呼吸が整ったのか、長い口づけであり、ミュラー夫人の方が先に息苦しくなってしまった。口を離そうとした瞬間、旦那の舌が入り込んでくる。甘美な心地よさが、夫人を包み込むと、そのまま抱きかかえられた。
「ああ、こんなに軽くなって。俺のミリー」
「軽くって、あなたが力持ちなだけでしょう」
「何言ってるんだ、君は軽いよ。小鳥のように」
そのまま寝室で一夜を過ごしたのち、ミュラー夫人は甘い時を過ごすことが出来たことに満足していた。マリアは帰宅しなかったが、二人は心配することは無かった。旦那の話では、そのままマリアはティニアの家に泊まるのだというのだ。
「マリア、気を遣わせちゃったわね」
「まあ思春期だろうしな」
「そうね。女の子だし、女の子同士で住むのもいいかもしれないわね」
「君は可愛い女の子だぜ」
「もう」
甘い日々を過ごせる日々に、旦那に、そして良き友人を想い、ミュラー夫人は彼女達に花を贈ることにした。ティニアは植物が好きなのだ。
◇◇◇
次の日、ミュラー夫人は愛すべき旦那と共に、シュタインアムラインの旧市街を訪れた。露店街へ花を買いに行くと、可愛らしい鼻歌が聞こえてきたのだ。見れば、花屋の露天商の女性が花を売りながら、ウキウキで鼻歌を歌っている。
「ふんふん、こちょうらんのささやきが~♪」
周囲の露天商はその鼻歌に耳を傾けると、聞き入りながら首や肩を揺らす。
「まばたきをして~♪ あら、お客さんだったのかい。声くらい、かけたらいいのに」
「余りに綺麗な音色だったので」
「フン。で、どの花を何本だい」
「花束を二つ。そうね、この花とこれと……。あら、同じ花で色違いなのね」
「そうさよ。花は同じでも、本数や気持ちで受け取る側の心を癒すのさ」
「花って、奥が深いのね……」
ミュラー夫人はそういうと、花を数本ずつ選んだ。露天商の花屋は手慣れた手つきで、新聞で花をくるむと、二つの花束をあっという間に作り上げた。
「おいくらですかね」
旦那が声をかけたとき、ミュラー夫人がポツリと呟き、ポケットから出したリボンを露天商の女性へ手渡した。
「これ、かけてもらってもいい?」
「いいけど、同じ花束だよ。間違え防止なんていらないと思うけど?」
「赤いリボンはマリアに。黄色のリボンはティニアにぴったりなの。ほら、花を生けるときにリボンは必ず解くじゃない。その時にも、ほっこりしてもらいたいのよ」
「なるほどねえ、リボンか。いいかもしれないね。ラッピングは新聞だけで申し訳ないが」
「あら、だから良いんじゃない。リボンやラッピングより、花が主役だもの」
「なるほどね」
話し込む夫人二人に対し、呆然と立ち尽くしていた旦那は、思い切って露天商の女性へ声をかけた。
「あの、おいくらですか」
「あんた、うちでちょっと働かないかい」
「え、私がですか?」
「見れば服のセンスもいいしね。私はそういうの、とんとないからさ。ちょっと手伝ってくれるだけでいいよ」
「もちろん! 私で良ければいくらでも!」
「だったら、お代はいらないさ。前払いてことで、明日以降待ってるよ」
「まあ! 明日からいいの? うれしい! お願いします。私の名前はミランダ・ミュラーです」
旦那を無視した状態で、二人の夫人は厚く握手を交わした。それを嫉妬しつつ、旦那も嬉しさに微笑む。
「あたしはメアリー。メアリーってよんでくれ。どうぞよろしくね、ミュラーさん」
◇◇◇
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「あの後そんなことになってたの? っていうことは、メアリーさん大活躍じゃない」
赤毛のマリアは嬉しそうに微笑むと、メアリーにカスミソウの束を手渡した。
「いやあ、だって、花はそんなに持たないからね。売りきりたいじゃないか。ラッピングなんて、私は考えたことなかったんだよ」
花屋、ペラルゴで女性たちの声が響き、シュタインアムラインを彩る。
時代は1950年。誤爆攻撃から、数年が経過したところだ。
花と共に、女性も、男性も、子供も、町も、進んでいくのである。
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