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暁の荒野 番外編①
夫婦喧嘩の果て④
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「ただいま」
それでも罰が悪そうに帰宅すると、部屋ではマリアがお茶を飲んでいた。手前のテーブルには、ティーカップだけが置かれている。
「おかえりなさい、ミュラーさん」
「ディートリヒは?」
「旦那さんは、ちょっと前にミュラーさんを探しに町へ」
「え」
マリアはそう言いながら、別のティーカップにお茶を注ぐと、ミュラー夫人へ座るように手招きした。
「珍しく話しかけられたから、ちょっとティータイムに付き合ってあげていたの」
「じゃあ、話は聞いちゃった?」
「洋裁の仕事がしたい、デザインがしたいって話なら」
マリアはそういうと、紅茶を飲み干した。旦那のティーカップからは、まだ湯気が見て取れる。先ほどまでいたであろうに、距離を遠く感じる。
「追いかけないほうがいいわ。行き違いになるから」
「でも、空爆があるかも」
「だから旦那さんが探しに行ったんでしょ。だったら、防空壕が近いこの家のほうがいいわ」
「…………それは、旦那が安心するから?」
カップを手に取ると、一口飲む。茶葉が苦く感じ、高価な砂糖を欲する。夫人はどうしても、早く旦那からの甘い言葉が聞きたいのだ。
「私もその方が安心するかな。私も探しに行くって言ったら、行き違いになるから家に居てくれって言われて、それでお茶を飲んでたの。戻ってきてくれてよかったわ」
マリアはこけた頬をさすりながら、カップを下ろした。
「とはいえ、探しに行く順序は聞いているから、逆回りにいってみるね」
「いいわよ。それなら、私が」
「でも、ミュラーさん。早く旦那といちゃつきたいって顔に書いてあるから。私は居ないほうがいいんじゃない?」
ミュラー夫人は一気に顔を沸騰させ、赤面すると黙って頷いた。マリアはため息を吐くように微笑むと、そのまま静かに立ち上がった。
「言っておくけれど」
「なに?」
「旦那さん、凄い後悔してたわよ。それでも、ダメなんだ~~って言ってたわ。ちゃんと話、聞いてあげてね」
マリアはそういうと、薄手の上着を手に町へ出ていった。方向からして、教会か孤児院だろう。
「はやく帰ってきて、ディートリヒ……」
◇◇◇
マリアが家から出ると、目の前からは走っているミュラー夫人の愛する男が走っていた。マリアが手を振ると、すぐに気付いて駆け寄ってきたのだ。
その後ろからは、ティニアが駆けてくる。
「今帰宅したわ。早く行ってあげて」
「すまない、恩に着る」
ミュラーの旦那は息切れしているにもかかわらず、休まずにそのままエーニンガー通りを走っていく。その姿を目で追うマリアに対し、ティニアが囁いた。
「仲いいよね、あの夫婦は」
「うん」
「同居してて、息苦しくない?」
「甘ったるいわね。朝から晩までね。私が邪魔じゃないのか、不思議だわ。もう寝たきりじゃないもの、一人暮らししてもいいかもね」
「それなら」
ティニアは紳士のように屈むと、マリアの手を取った。
「僕と一緒に住みませんか? お嬢さん」
「フフッ! なにそれ、気味悪い」
マリアは笑いをこらえながら、その手を優しく受け取った。
それでも罰が悪そうに帰宅すると、部屋ではマリアがお茶を飲んでいた。手前のテーブルには、ティーカップだけが置かれている。
「おかえりなさい、ミュラーさん」
「ディートリヒは?」
「旦那さんは、ちょっと前にミュラーさんを探しに町へ」
「え」
マリアはそう言いながら、別のティーカップにお茶を注ぐと、ミュラー夫人へ座るように手招きした。
「珍しく話しかけられたから、ちょっとティータイムに付き合ってあげていたの」
「じゃあ、話は聞いちゃった?」
「洋裁の仕事がしたい、デザインがしたいって話なら」
マリアはそういうと、紅茶を飲み干した。旦那のティーカップからは、まだ湯気が見て取れる。先ほどまでいたであろうに、距離を遠く感じる。
「追いかけないほうがいいわ。行き違いになるから」
「でも、空爆があるかも」
「だから旦那さんが探しに行ったんでしょ。だったら、防空壕が近いこの家のほうがいいわ」
「…………それは、旦那が安心するから?」
カップを手に取ると、一口飲む。茶葉が苦く感じ、高価な砂糖を欲する。夫人はどうしても、早く旦那からの甘い言葉が聞きたいのだ。
「私もその方が安心するかな。私も探しに行くって言ったら、行き違いになるから家に居てくれって言われて、それでお茶を飲んでたの。戻ってきてくれてよかったわ」
マリアはこけた頬をさすりながら、カップを下ろした。
「とはいえ、探しに行く順序は聞いているから、逆回りにいってみるね」
「いいわよ。それなら、私が」
「でも、ミュラーさん。早く旦那といちゃつきたいって顔に書いてあるから。私は居ないほうがいいんじゃない?」
ミュラー夫人は一気に顔を沸騰させ、赤面すると黙って頷いた。マリアはため息を吐くように微笑むと、そのまま静かに立ち上がった。
「言っておくけれど」
「なに?」
「旦那さん、凄い後悔してたわよ。それでも、ダメなんだ~~って言ってたわ。ちゃんと話、聞いてあげてね」
マリアはそういうと、薄手の上着を手に町へ出ていった。方向からして、教会か孤児院だろう。
「はやく帰ってきて、ディートリヒ……」
◇◇◇
マリアが家から出ると、目の前からは走っているミュラー夫人の愛する男が走っていた。マリアが手を振ると、すぐに気付いて駆け寄ってきたのだ。
その後ろからは、ティニアが駆けてくる。
「今帰宅したわ。早く行ってあげて」
「すまない、恩に着る」
ミュラーの旦那は息切れしているにもかかわらず、休まずにそのままエーニンガー通りを走っていく。その姿を目で追うマリアに対し、ティニアが囁いた。
「仲いいよね、あの夫婦は」
「うん」
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「甘ったるいわね。朝から晩までね。私が邪魔じゃないのか、不思議だわ。もう寝たきりじゃないもの、一人暮らししてもいいかもね」
「それなら」
ティニアは紳士のように屈むと、マリアの手を取った。
「僕と一緒に住みませんか? お嬢さん」
「フフッ! なにそれ、気味悪い」
マリアは笑いをこらえながら、その手を優しく受け取った。
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