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暁の荒野 番外編①
夫婦喧嘩の果て③
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「うーん。旦那さんが僕の所に行けっていったの?」
「相談してでもいいから、改めて来いってことだと思うけど」
「そうだねえ。旦那さんとよく話し合うべきだよ。テオは言葉足らずだなあ」
テオは旦那、ディートリヒのあだ名だ。それでも、一貫してティニアは自分たちをミュラーの旦那やミュラーの夫人という呼び方をする。それは私たちが困難な夫婦だからでありながら、夫婦であるということを印象付ける為だ。
「でも、私はこれを仕事にしたいの。ザンクトガレンでは、民家で女性が洋裁の仕事をしているっていうじゃない」
「シュタインアムラインでも、何軒かそういう家があるとは聞くね。ライン川の南側とか」
「だったらいいじゃない。マリアも、リハビリに付き合ってもらって、手伝ってもらおうかなって思っているし」
「それはすっごくいいと思うけれど」
ティニアは子供たちに手を振ると、立ち上がって数歩前へ出た。
「でも、ミュラーの夫人さんさあ」
「なによ」
「レース編み、好きだよね」
「好きよ」
「デザイン考えるの、好きだよね」
「好きよ」
ティニアは手を後ろで組むと、振り返らずに子供たちを見つめながら、優しく言った。
「いつも、徹夜して寝ずに食べずに服を作って、それを子供たちに着せてるよね」
「そうね、楽しいから夢中で」
「目の下のくまちゃんをね。子供たちは見ているよ」
「しっかりと、いつも見ているよ」そう付け加えたティニアはゆっくりと夫人へ振り返った。表情は旦那のように、愛に満ちている。
「テオは心配なんだよ。体を壊さないかね。それなら、ちゃんと一日の仕事がきっちりある仕事を選ぶといい。根詰めて、目の下のくまちゃんじゃすまないかもしれないもの」
「そうなの、かな」
「さあ。僕はテオじゃないからね。ミュラーの旦那さんと、ちゃんと話し合っておいでよ。多分、ボクに相談しろっていうのは、そういう意味なんじゃないかな」
ティニアはそういうと、またミュラー夫人の隣へ腰かけた。手作りの木製のベンチは、ライン川の南側に住んでいる騒がしい一家が作って提供したものだ。職人とはいえ、多くの弟子を抱えている。彼もまた、寝ずに仕事をして奥様に怒られているとも聞く。
「ティニアって、何で結婚しないのよ」
「どこをどうしたら、そういう話になるの」
「だって。私なんかより、ずっと男の気持ちわかってるじゃない。本音を後から言うのが男だもの」
「ははは。まあ、そういう生き物なんじゃない」
ティニアは子供たちへ手を振りながら、もう少し遊んでてもいいと声をかけた。ミュラー夫人と話し込んでいても、彼女の耳は空へ、そして子供たちへ向けられている事だろう。
「ティニアに好きな人が現れたら、最初に相談してよね」
「それさあ、面白がってるよね」
「そうね。まあいいじゃない、俺たちの仲じゃない」
ミュラー夫人は子供たちへ声をかける為に歩むと、ティニアへ大きく手を振った。ティニアは小ぶりに手を振ると、「またね」と付け加えた。
空は青々とし、澄み切っている。そのまま優しい風が、シュタインアムラインを包みながら、鳥たちが羽ばたいていった。珍しく白鷺が空を滑空すると、寂しそうに一羽で円を描いていた。
「相談してでもいいから、改めて来いってことだと思うけど」
「そうだねえ。旦那さんとよく話し合うべきだよ。テオは言葉足らずだなあ」
テオは旦那、ディートリヒのあだ名だ。それでも、一貫してティニアは自分たちをミュラーの旦那やミュラーの夫人という呼び方をする。それは私たちが困難な夫婦だからでありながら、夫婦であるということを印象付ける為だ。
「でも、私はこれを仕事にしたいの。ザンクトガレンでは、民家で女性が洋裁の仕事をしているっていうじゃない」
「シュタインアムラインでも、何軒かそういう家があるとは聞くね。ライン川の南側とか」
「だったらいいじゃない。マリアも、リハビリに付き合ってもらって、手伝ってもらおうかなって思っているし」
「それはすっごくいいと思うけれど」
ティニアは子供たちに手を振ると、立ち上がって数歩前へ出た。
「でも、ミュラーの夫人さんさあ」
「なによ」
「レース編み、好きだよね」
「好きよ」
「デザイン考えるの、好きだよね」
「好きよ」
ティニアは手を後ろで組むと、振り返らずに子供たちを見つめながら、優しく言った。
「いつも、徹夜して寝ずに食べずに服を作って、それを子供たちに着せてるよね」
「そうね、楽しいから夢中で」
「目の下のくまちゃんをね。子供たちは見ているよ」
「しっかりと、いつも見ているよ」そう付け加えたティニアはゆっくりと夫人へ振り返った。表情は旦那のように、愛に満ちている。
「テオは心配なんだよ。体を壊さないかね。それなら、ちゃんと一日の仕事がきっちりある仕事を選ぶといい。根詰めて、目の下のくまちゃんじゃすまないかもしれないもの」
「そうなの、かな」
「さあ。僕はテオじゃないからね。ミュラーの旦那さんと、ちゃんと話し合っておいでよ。多分、ボクに相談しろっていうのは、そういう意味なんじゃないかな」
ティニアはそういうと、またミュラー夫人の隣へ腰かけた。手作りの木製のベンチは、ライン川の南側に住んでいる騒がしい一家が作って提供したものだ。職人とはいえ、多くの弟子を抱えている。彼もまた、寝ずに仕事をして奥様に怒られているとも聞く。
「ティニアって、何で結婚しないのよ」
「どこをどうしたら、そういう話になるの」
「だって。私なんかより、ずっと男の気持ちわかってるじゃない。本音を後から言うのが男だもの」
「ははは。まあ、そういう生き物なんじゃない」
ティニアは子供たちへ手を振りながら、もう少し遊んでてもいいと声をかけた。ミュラー夫人と話し込んでいても、彼女の耳は空へ、そして子供たちへ向けられている事だろう。
「ティニアに好きな人が現れたら、最初に相談してよね」
「それさあ、面白がってるよね」
「そうね。まあいいじゃない、俺たちの仲じゃない」
ミュラー夫人は子供たちへ声をかける為に歩むと、ティニアへ大きく手を振った。ティニアは小ぶりに手を振ると、「またね」と付け加えた。
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