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暁の荒野 番外編①
夫婦喧嘩の果て②
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スイスがシャフハウゼンのシュタインアムラインは、フレスコ画が美しい街だ。だがそれは旧市街であり、他では至って普通の住居が立ち並ぶ。各地の家々では洋裁が行われ、様々な衣類が売られていた。ミュラー夫人も彼女たちに倣い、仕事がしたかったのだ。手にある仕事が欲しいのだ。
「いつまでも、旦那の収入に頼ってなんていられない。私だって、美味しいものを買って食べさせたいのに」
そんな旦那であるディートリヒは、頑なに洋裁の仕事をさせない。趣味で何着も作り、マリアに着てもらっているものの、旦那はそれについて、とやかくいったことはない。寧ろ感激して、レースの服を着たいだなんて言っていたほどだった。
様々な思いを巡らせ、ミュラー夫人は孤児院を目指した。
◇◇◇
ティニアは孤児院に居た。こちらに来てすぐに始めた彼女の仕事だ。マリアが寝たきりであったが故に、ミュラー夫人に誘いの声は来なかった。というより、手に仕事を持ちたいミュラー夫人の気持ちを買っていたのだ。ほとんどボランティアの孤児院業務に、そんな夫人を誘うことをティニアはしない。
「ミュラーおねえちゃんだ!」
孤児院の前で遊んでいた子供たちが夫人に気付き、近寄って来る。来ている服の半分は寄付だが、他は夫人の手作りだ。交代で着てくれている為、ミュラー夫人は孤児院でも有名で、好かれている。
「こんにちは。ティニア、いる?」
「いるよ。どうしたの? また新作のワンピース?」
ワンピースという言葉に、女の子たちが集まってくると、ミュラー夫人のスカートの裾を交互に引っ張った。
「私、白いワンピースが着たい! また作ってよ~」
「白なんて汚れるよ。ティニアおねえちゃんがお洗濯大変かも」
子供たちから見れば、自分はすっかり洋裁職人で、デザイナーなのだ。先ほどまでの、心にかかったモヤが、心が晴れていく。自分たち夫婦にも子供が居れば。そう感じたこともあったが、夫人に妊娠は不可能だった。
「あれ、ミュラー夫人のミランダのミリーさんじゃない。どうしたの?」
孤児院からは子供たちに手を引かれ、スカートの裾を引っ張られ、エプロンのリボンを解かれた金髪碧眼の女性が現れた。髪は結われておらず、風に良く靡いている。
「ティニア。ちょっとだけいい?」
「子供たちを見ながらならいいよ。空爆があるかもしれないから」
ティニアは小声でそういうと、孤児院と隣の教会の庭で子供たちを遊ばせた。子供たちは地面に絵を描いたり、ごっこ遊びをしている。
「どうしたの? 喧嘩?」
「やっぱりわかる?」
「いや、わかんないけど。喧嘩っていっても、夫婦喧嘩なら大したことないかななんて」
ティニアは笑顔で微笑みながら、空を眺めた。青く澄み切った空が広がっている。空爆の何度かの日も、こうした澄み切った空が広がっていた。生暖かいような、違和感のある、かといって何の変哲もない気候だったのだ。
「その。洋裁の仕事がしたい、デザインしたいって言ったら、反対されてしまって」
「ああ、なるほど」
「レースのブラウスだって、旦那は着るのに抵抗はなかったくらいなのよ。……女性ものだっていったのに、聞かないんだもの」
ティニアは我慢もせず、ひとしきり笑うと、その涙を拭った。それもそのはず。旦那はレースのびっしりついたブラウスを喜んで着ると、町へ出ては自慢していたのだ。そんな旦那が、それを仕事にしたいという自分を否定しているのだ。
「いつまでも、旦那の収入に頼ってなんていられない。私だって、美味しいものを買って食べさせたいのに」
そんな旦那であるディートリヒは、頑なに洋裁の仕事をさせない。趣味で何着も作り、マリアに着てもらっているものの、旦那はそれについて、とやかくいったことはない。寧ろ感激して、レースの服を着たいだなんて言っていたほどだった。
様々な思いを巡らせ、ミュラー夫人は孤児院を目指した。
◇◇◇
ティニアは孤児院に居た。こちらに来てすぐに始めた彼女の仕事だ。マリアが寝たきりであったが故に、ミュラー夫人に誘いの声は来なかった。というより、手に仕事を持ちたいミュラー夫人の気持ちを買っていたのだ。ほとんどボランティアの孤児院業務に、そんな夫人を誘うことをティニアはしない。
「ミュラーおねえちゃんだ!」
孤児院の前で遊んでいた子供たちが夫人に気付き、近寄って来る。来ている服の半分は寄付だが、他は夫人の手作りだ。交代で着てくれている為、ミュラー夫人は孤児院でも有名で、好かれている。
「こんにちは。ティニア、いる?」
「いるよ。どうしたの? また新作のワンピース?」
ワンピースという言葉に、女の子たちが集まってくると、ミュラー夫人のスカートの裾を交互に引っ張った。
「私、白いワンピースが着たい! また作ってよ~」
「白なんて汚れるよ。ティニアおねえちゃんがお洗濯大変かも」
子供たちから見れば、自分はすっかり洋裁職人で、デザイナーなのだ。先ほどまでの、心にかかったモヤが、心が晴れていく。自分たち夫婦にも子供が居れば。そう感じたこともあったが、夫人に妊娠は不可能だった。
「あれ、ミュラー夫人のミランダのミリーさんじゃない。どうしたの?」
孤児院からは子供たちに手を引かれ、スカートの裾を引っ張られ、エプロンのリボンを解かれた金髪碧眼の女性が現れた。髪は結われておらず、風に良く靡いている。
「ティニア。ちょっとだけいい?」
「子供たちを見ながらならいいよ。空爆があるかもしれないから」
ティニアは小声でそういうと、孤児院と隣の教会の庭で子供たちを遊ばせた。子供たちは地面に絵を描いたり、ごっこ遊びをしている。
「どうしたの? 喧嘩?」
「やっぱりわかる?」
「いや、わかんないけど。喧嘩っていっても、夫婦喧嘩なら大したことないかななんて」
ティニアは笑顔で微笑みながら、空を眺めた。青く澄み切った空が広がっている。空爆の何度かの日も、こうした澄み切った空が広がっていた。生暖かいような、違和感のある、かといって何の変哲もない気候だったのだ。
「その。洋裁の仕事がしたい、デザインしたいって言ったら、反対されてしまって」
「ああ、なるほど」
「レースのブラウスだって、旦那は着るのに抵抗はなかったくらいなのよ。……女性ものだっていったのに、聞かないんだもの」
ティニアは我慢もせず、ひとしきり笑うと、その涙を拭った。それもそのはず。旦那はレースのびっしりついたブラウスを喜んで着ると、町へ出ては自慢していたのだ。そんな旦那が、それを仕事にしたいという自分を否定しているのだ。
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