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暁の荒野 番外編①
夫婦喧嘩の果て①
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「私、洋裁店をして、デザインがしたいの」
ミュラー夫人は旦那となった男に対し、相談を持ち掛けていた。旦那はあまりいい顔はせず、愛する妻の顔を見つめていた。こういう時の旦那は、頑なに甘い顔をしない。
「わかっています。言いたいことは。私の様なデカい体で、細かい作業の洋裁なんて無理だっていうのでしょう」
君はデカくなんてない、麗しい君が。そういう甘い言葉を、こういう時に旦那が言い放ったことは無く、静かに腕を組んだまま、妻であるミュラー夫人を見つめていた。
「どうして何も言ってくれないの? 肯定する気がないから?」
「理由は分かっているんだろう」
「それでも、私は服を作りたいの。デザインがしたいのよ」
負けじと迫るものの、目の前の旦那、ディートリヒは首を横に振った。
「必ず性別が弊害になる。君に辛い思いをさせたくないんだ」
「でも……」
「ティニアにも相談してみるんだ。出資はあいつだからな。教会のアドニス神父でもいい。俺に出来ることは、正しき道にミリーを連れていくことだけだ」
「正しいって!」
声を荒げると、ミュラー夫人は旦那へ迫った。せめて甘いことが聞きたいのだ。悲しすぎて、胸が張り裂けそうなのは旦那であるディートリヒも同じである。
「そうだ。正しい道だ。君が傷つくのを、黙って見ているなんて出来ない。それに、洋裁はミリー、君に向いていない」
「向いてないって……やってみなきゃ、分からないじゃない」
「君のセンスはいい。色の選び方からバランス、年相応で無理に着飾らない配色と装飾品の選び方まで。君は完璧と言っていい」
「じゃあ、どうしてなの?」
「わかっているのだろう」
わかっている。そう、分かっているからこそ、甘い言葉が聞きたいのだ。そんな安い褒め言葉ではない。
「わかったわ。ティニアに相談してくる」
「ああ、気をつけてな。また誤爆攻撃があるかもしれない」
だったら側についてきて、そのまま守ってくれたらいいのに。ミュラー夫人は胸が潰れない様に手で押さえるように、部屋を出て玄関へ向かった。すると扉が開き、赤毛の痩せ細った少女が驚きの表情を浮かべている。
「出かけるの?」
「マリア! もう出歩いて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。しっかり歩いて、食べて、空爆に備えないとね」
「………………」
「ミュラーさん、どうしたの? 浮かない顔をしているわ」
マリア。少し前の誤爆攻撃までは、足が不自由になり歩くことも出来ず寝たきりだった少女だ。マリアは瓦礫の撤去の際に、無理に起き上がると、病み上がりとは思えぬほどの活躍を見せた。瓦礫の撤去は総出であり、決して他人ごとではない。
「私、呑気なのかしら」
「? いつも真面目で働きすぎな気がするけれど」
「ありがとう、マリア。ちょっと、出てくるわね」
「音には気を付けて。振動にもね」
ミュラー夫人は静かに頷くと、住み慣れた家を後にした。
ミュラー夫人は旦那となった男に対し、相談を持ち掛けていた。旦那はあまりいい顔はせず、愛する妻の顔を見つめていた。こういう時の旦那は、頑なに甘い顔をしない。
「わかっています。言いたいことは。私の様なデカい体で、細かい作業の洋裁なんて無理だっていうのでしょう」
君はデカくなんてない、麗しい君が。そういう甘い言葉を、こういう時に旦那が言い放ったことは無く、静かに腕を組んだまま、妻であるミュラー夫人を見つめていた。
「どうして何も言ってくれないの? 肯定する気がないから?」
「理由は分かっているんだろう」
「それでも、私は服を作りたいの。デザインがしたいのよ」
負けじと迫るものの、目の前の旦那、ディートリヒは首を横に振った。
「必ず性別が弊害になる。君に辛い思いをさせたくないんだ」
「でも……」
「ティニアにも相談してみるんだ。出資はあいつだからな。教会のアドニス神父でもいい。俺に出来ることは、正しき道にミリーを連れていくことだけだ」
「正しいって!」
声を荒げると、ミュラー夫人は旦那へ迫った。せめて甘いことが聞きたいのだ。悲しすぎて、胸が張り裂けそうなのは旦那であるディートリヒも同じである。
「そうだ。正しい道だ。君が傷つくのを、黙って見ているなんて出来ない。それに、洋裁はミリー、君に向いていない」
「向いてないって……やってみなきゃ、分からないじゃない」
「君のセンスはいい。色の選び方からバランス、年相応で無理に着飾らない配色と装飾品の選び方まで。君は完璧と言っていい」
「じゃあ、どうしてなの?」
「わかっているのだろう」
わかっている。そう、分かっているからこそ、甘い言葉が聞きたいのだ。そんな安い褒め言葉ではない。
「わかったわ。ティニアに相談してくる」
「ああ、気をつけてな。また誤爆攻撃があるかもしれない」
だったら側についてきて、そのまま守ってくれたらいいのに。ミュラー夫人は胸が潰れない様に手で押さえるように、部屋を出て玄関へ向かった。すると扉が開き、赤毛の痩せ細った少女が驚きの表情を浮かべている。
「出かけるの?」
「マリア! もう出歩いて大丈夫なの?」
「大丈夫よ。しっかり歩いて、食べて、空爆に備えないとね」
「………………」
「ミュラーさん、どうしたの? 浮かない顔をしているわ」
マリア。少し前の誤爆攻撃までは、足が不自由になり歩くことも出来ず寝たきりだった少女だ。マリアは瓦礫の撤去の際に、無理に起き上がると、病み上がりとは思えぬほどの活躍を見せた。瓦礫の撤去は総出であり、決して他人ごとではない。
「私、呑気なのかしら」
「? いつも真面目で働きすぎな気がするけれど」
「ありがとう、マリア。ちょっと、出てくるわね」
「音には気を付けて。振動にもね」
ミュラー夫人は静かに頷くと、住み慣れた家を後にした。
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