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第六輪「紫雲英、約束の果てに」
⑥-9 緋色の主軸①
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マリアは荷物を持つと、退院したティニアと旧市街地を抜けてゆく。
足の怪我を負っていたティニアだったが、今は普通に歩行可能だ。リハビリとして、よく子供たちの病棟まで足を運んでいた。その子供たちから孤児院の子供たちへ、ティニアの様子が文通の話題となっていた。リハビリは功を奏したのだろうか。
「なんともなくなった足とはいえ、気付いた時には傷跡もわからないほどに治っていたとか。そう言うところも、物理法則を超えているのかしら」
「ど、どうだろう。大抵は治るって思わなきゃ治りにくいと思うから、治りの遅さはボクの気合が足りなかったのかも」
「気合って……あ、アルベルトだ」
エーニンガー通りに差し掛かった所で、長身の男が現れた。というより、待っていた様子だ。
「ティニア、すまない。午後だというから早めに伺ったんだが、もう退院していたから自宅へ行ったんだ。でも、帰ってないみたいで」
「それにしてもはやいね。ゆっくり話しながら来たから遅くなったんだよ。どうしたの?」
「あー。その……」
アルベルトは気まずそうにマリアに目配せすると、マリアは嫌でも悟った。柔らかな風がマリアの背を押したため、朱色の髪が美しく靡いた。
「さすがに病み上がりだから、二人きりにさせられないというか、ここまで来たなら家まで来なさいよ。もう一度言うけど、本当に病み上がりなの。ティニアを一人で行かせられないわ」
「あ、いや。そうじゃないんだ。その……」
「なによ」
「其の話をするためにも、家まで行こう」
ティニアはスタスタと先んだって歩いてゆく。ティニアの背が、より一層小さく見えたのはマリアだけではなかった。
「荷物持つよ」
「あら、ありがとう」
「これは、絵か。全部捨てたのかと思った」
ファイルされた絵が風で靡いたため、高速で捲れてゆく。
「うん。無造作にゴミ箱に入れちゃったから、適当に数枚持って帰ってきたわ」
「ありがとう。帰りがてら、見させてもらうよ」
アルベルトは、ファイルを丁寧に捲っていく。マリアは先になって歩いていくティニアを見つめながらぼやいた。ティニアは何も言わずに歩んでいるが、話は聞こえているだろう。
「でもなんの絵なのか……」
「わからないのか?」
「本人がね……。大切なことを思い出そうと、一心不乱に描いていたのよ。特にこの三角形の崖というか、絶壁の…………」
「なんだ、エーディエグレスじゃないか」
ティニアの心臓の音が聞こえたようだった。一瞬立ち止まったものの、ティニアはそのまま歩み続けた。空を眺めるように、天を仰いでいる。
白い鳥が、翼を広げては空を優雅に円を描くように羽ばたいている!。
「え、エーデル、ワイス?」
「いや、エーデ……何だったか。神聖な崖山だよ」
――――ドクン。
それは再び、彼女の心臓の音が鳴り響くように。
「ええー。さっき自分で言っていたのに、わすれたの?」
「うーん。周囲には深い森があって、人が入るともれなく迷うって言う。何だったかなぁ。ドイツは山が多いから、それのどれかじゃないか」
アルベルトも記憶を呼び起こそうと腕を組んで悩みだした。肩にかけた鞄が大きく揺れる。
「そうなんだ。あーでも、ドイツの景色が多いみたいだから、そうかもしれないわ。崖山っていうと、登山しにくい山なのね」
「登山なんてしないよ」
随分と緩んだ、今にも泣いてしまいそうなティニアの声がエーニンガー通りを抜けでいった。
「登山用の山じゃないよ」
いつもとは打って変わって冷たい言葉にマリアも、そしてアルベルトもたじろいでしまった。
「悪い」
「ごめん。てっきり」
「ううん。皆忘れてしまうんだ。ボクもね……」
ティニアはそう言うと、住み慣れた家の鍵を器用に解錠すると二人へ振り返った。
「ふたりとも、おかえり」
足の怪我を負っていたティニアだったが、今は普通に歩行可能だ。リハビリとして、よく子供たちの病棟まで足を運んでいた。その子供たちから孤児院の子供たちへ、ティニアの様子が文通の話題となっていた。リハビリは功を奏したのだろうか。
「なんともなくなった足とはいえ、気付いた時には傷跡もわからないほどに治っていたとか。そう言うところも、物理法則を超えているのかしら」
「ど、どうだろう。大抵は治るって思わなきゃ治りにくいと思うから、治りの遅さはボクの気合が足りなかったのかも」
「気合って……あ、アルベルトだ」
エーニンガー通りに差し掛かった所で、長身の男が現れた。というより、待っていた様子だ。
「ティニア、すまない。午後だというから早めに伺ったんだが、もう退院していたから自宅へ行ったんだ。でも、帰ってないみたいで」
「それにしてもはやいね。ゆっくり話しながら来たから遅くなったんだよ。どうしたの?」
「あー。その……」
アルベルトは気まずそうにマリアに目配せすると、マリアは嫌でも悟った。柔らかな風がマリアの背を押したため、朱色の髪が美しく靡いた。
「さすがに病み上がりだから、二人きりにさせられないというか、ここまで来たなら家まで来なさいよ。もう一度言うけど、本当に病み上がりなの。ティニアを一人で行かせられないわ」
「あ、いや。そうじゃないんだ。その……」
「なによ」
「其の話をするためにも、家まで行こう」
ティニアはスタスタと先んだって歩いてゆく。ティニアの背が、より一層小さく見えたのはマリアだけではなかった。
「荷物持つよ」
「あら、ありがとう」
「これは、絵か。全部捨てたのかと思った」
ファイルされた絵が風で靡いたため、高速で捲れてゆく。
「うん。無造作にゴミ箱に入れちゃったから、適当に数枚持って帰ってきたわ」
「ありがとう。帰りがてら、見させてもらうよ」
アルベルトは、ファイルを丁寧に捲っていく。マリアは先になって歩いていくティニアを見つめながらぼやいた。ティニアは何も言わずに歩んでいるが、話は聞こえているだろう。
「でもなんの絵なのか……」
「わからないのか?」
「本人がね……。大切なことを思い出そうと、一心不乱に描いていたのよ。特にこの三角形の崖というか、絶壁の…………」
「なんだ、エーディエグレスじゃないか」
ティニアの心臓の音が聞こえたようだった。一瞬立ち止まったものの、ティニアはそのまま歩み続けた。空を眺めるように、天を仰いでいる。
白い鳥が、翼を広げては空を優雅に円を描くように羽ばたいている!。
「え、エーデル、ワイス?」
「いや、エーデ……何だったか。神聖な崖山だよ」
――――ドクン。
それは再び、彼女の心臓の音が鳴り響くように。
「ええー。さっき自分で言っていたのに、わすれたの?」
「うーん。周囲には深い森があって、人が入るともれなく迷うって言う。何だったかなぁ。ドイツは山が多いから、それのどれかじゃないか」
アルベルトも記憶を呼び起こそうと腕を組んで悩みだした。肩にかけた鞄が大きく揺れる。
「そうなんだ。あーでも、ドイツの景色が多いみたいだから、そうかもしれないわ。崖山っていうと、登山しにくい山なのね」
「登山なんてしないよ」
随分と緩んだ、今にも泣いてしまいそうなティニアの声がエーニンガー通りを抜けでいった。
「登山用の山じゃないよ」
いつもとは打って変わって冷たい言葉にマリアも、そしてアルベルトもたじろいでしまった。
「悪い」
「ごめん。てっきり」
「ううん。皆忘れてしまうんだ。ボクもね……」
ティニアはそう言うと、住み慣れた家の鍵を器用に解錠すると二人へ振り返った。
「ふたりとも、おかえり」
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