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第六輪「紫雲英、約束の果てに」
⑥-5 否定せず拒絶す①
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「まーた! こんな散らかして!」
マリアは後ろにいたマナ看護師にセリフを盗られると、口を半開きにしたまま固まってしまった。
「それ、私が言おうとしたのに!」
「ティニアさんって、夢中になるとこうなのよね。いつも戯けていて、その割にしっかりされてるから驚きますよ。頭どうなってるんだか」
「わかります。マナさん……」
ティニアは短い金髪の毛先が遊んでおり、櫛でとかしていないようにボサボサだ。珍しい事に、オデコが露わになっている。
ティニアは一心不乱に鉛筆を走らせており、訪問者の義理の姉妹に対し、気づいていない様子だ。
「今度はなんの絵でしょうねーっと。うん? 三角形の……崖?」
「な、なんで絶壁を?」
「どこの山かな……。マッターホルンでもないですねー」
「んあ、いたの」
気の抜けた返事をした金髪碧眼の女性はあぐらをかいたまま、布団の上でポカンと口を開けたまま惚けている。
「ねえ、ティニア。午後に退院するんだから、仕度してよ。お絵描きは、帰宅したら描こうよ」
「うーん。でも、思い出せなくて。もうちょっとなんだけど」
「そんな事より、支度! 支度して! もう、アルベルトは何をやってたの?」
仕方なく片づけ始めるティニアだったが、描きあげた絵を拾い上げては、「違うなぁ」や「なんだったかなぁ」と呟いている。マリアの話など聴こえていないであろう。
「もう。マリアさん、悪いけどお願いしますね」
「わかったわ。マナさんもありがとう」
「別に仕事だし。義理ではあるけど、姉妹だしね」
マナはウィンクすると、業務へ戻っていった。というより、面倒くさくなって匙を投げたのだ。マナは本当に淡泊である。
「やっぱり、最後に来て良かったわ」
「何がー」
「なんでもー」
(まったくもう。わかんないって言いながら、楽しそうに描いて)
すると、一枚だけ花が描かれた画を見つけ、マリアは拾い上げだ。マリアはフローリスト見習いをしているのだが、初めて見る花だった。
「これ、なんの花?」
「わかんない。やたらその花が思い浮かぶから、描いてマリアに聞こうと思って」
「ふーん。何色なの? 影しか塗ってないけど」
「うーん。わかんない」
的を得ない話は珍しい。ぼんやりとした、壮絶な体験談でもないのだ。ティニアはかつて壮絶な戦いを切り抜けた友人たちの話をしていたが、それとは異なっている。本当にわからない様だ。
「白、かな」
「白? うーん、これは球根花?」
「そう、球根」
「それはわかるんだ。うーん、フリージアに似てるかな」
「あーそう、フリージアだ。鮮度的に長持ちしないから、お渡しする直前に摘むの」
「あー。庭園とかの?」
ティニアは日常、なんら普通に暮らしていた。ちょっと所ではなく常に戯けている彼女は、よく意味不明な言葉を発しながら、停止する。その一つが庭園であった。
「うーん。花園?」
「花園なんだ。庭園があって、花が沢山咲いてるのね」
「うん。噴水と、お茶を飲むスペースが…………あっ、あー!!」
「どうしたの!?」
「違う、これボクのじゃない!」
ティニアは走らせていた鉛筆書きを丸く円をグチャグチャに描き、頭を抱えてしまった。
「ちょっと、無理しないでよ。大丈夫? 先生、呼ぼうか?」
「呼ばないで、退院出来なくなる」
即答には焦りと鋭さがある。ティニアはそのまま絵を乱雑に集めると、全てゴミ箱へ捨ててしまった。肩が落ちており、いつもの調子にも拘らず、元気がない。
「孤児院のこと、責任感じているのね」
「……ボク、何やってんだろうな。こんな所まで来て」
「ティニア……」
「荷物はまとめてあるよ。なんか、アルベルトがやってた。いつでも出られる。落書きは、まだあったんだ。……落書きだから捨てちゃおう。要らないんだ」
「要らないの?」
「思い出せなくて、描いていただけ。でも、これ全部違う」
重たい、ドス黒い重圧。
これが、彼女の。
ティニアの声なのだろうか。
いつもの透き通る声ではなく、子供の。
そう。アルビノの少年のような…………。
マリアは後ろにいたマナ看護師にセリフを盗られると、口を半開きにしたまま固まってしまった。
「それ、私が言おうとしたのに!」
「ティニアさんって、夢中になるとこうなのよね。いつも戯けていて、その割にしっかりされてるから驚きますよ。頭どうなってるんだか」
「わかります。マナさん……」
ティニアは短い金髪の毛先が遊んでおり、櫛でとかしていないようにボサボサだ。珍しい事に、オデコが露わになっている。
ティニアは一心不乱に鉛筆を走らせており、訪問者の義理の姉妹に対し、気づいていない様子だ。
「今度はなんの絵でしょうねーっと。うん? 三角形の……崖?」
「な、なんで絶壁を?」
「どこの山かな……。マッターホルンでもないですねー」
「んあ、いたの」
気の抜けた返事をした金髪碧眼の女性はあぐらをかいたまま、布団の上でポカンと口を開けたまま惚けている。
「ねえ、ティニア。午後に退院するんだから、仕度してよ。お絵描きは、帰宅したら描こうよ」
「うーん。でも、思い出せなくて。もうちょっとなんだけど」
「そんな事より、支度! 支度して! もう、アルベルトは何をやってたの?」
仕方なく片づけ始めるティニアだったが、描きあげた絵を拾い上げては、「違うなぁ」や「なんだったかなぁ」と呟いている。マリアの話など聴こえていないであろう。
「もう。マリアさん、悪いけどお願いしますね」
「わかったわ。マナさんもありがとう」
「別に仕事だし。義理ではあるけど、姉妹だしね」
マナはウィンクすると、業務へ戻っていった。というより、面倒くさくなって匙を投げたのだ。マナは本当に淡泊である。
「やっぱり、最後に来て良かったわ」
「何がー」
「なんでもー」
(まったくもう。わかんないって言いながら、楽しそうに描いて)
すると、一枚だけ花が描かれた画を見つけ、マリアは拾い上げだ。マリアはフローリスト見習いをしているのだが、初めて見る花だった。
「これ、なんの花?」
「わかんない。やたらその花が思い浮かぶから、描いてマリアに聞こうと思って」
「ふーん。何色なの? 影しか塗ってないけど」
「うーん。わかんない」
的を得ない話は珍しい。ぼんやりとした、壮絶な体験談でもないのだ。ティニアはかつて壮絶な戦いを切り抜けた友人たちの話をしていたが、それとは異なっている。本当にわからない様だ。
「白、かな」
「白? うーん、これは球根花?」
「そう、球根」
「それはわかるんだ。うーん、フリージアに似てるかな」
「あーそう、フリージアだ。鮮度的に長持ちしないから、お渡しする直前に摘むの」
「あー。庭園とかの?」
ティニアは日常、なんら普通に暮らしていた。ちょっと所ではなく常に戯けている彼女は、よく意味不明な言葉を発しながら、停止する。その一つが庭園であった。
「うーん。花園?」
「花園なんだ。庭園があって、花が沢山咲いてるのね」
「うん。噴水と、お茶を飲むスペースが…………あっ、あー!!」
「どうしたの!?」
「違う、これボクのじゃない!」
ティニアは走らせていた鉛筆書きを丸く円をグチャグチャに描き、頭を抱えてしまった。
「ちょっと、無理しないでよ。大丈夫? 先生、呼ぼうか?」
「呼ばないで、退院出来なくなる」
即答には焦りと鋭さがある。ティニアはそのまま絵を乱雑に集めると、全てゴミ箱へ捨ててしまった。肩が落ちており、いつもの調子にも拘らず、元気がない。
「孤児院のこと、責任感じているのね」
「……ボク、何やってんだろうな。こんな所まで来て」
「ティニア……」
「荷物はまとめてあるよ。なんか、アルベルトがやってた。いつでも出られる。落書きは、まだあったんだ。……落書きだから捨てちゃおう。要らないんだ」
「要らないの?」
「思い出せなくて、描いていただけ。でも、これ全部違う」
重たい、ドス黒い重圧。
これが、彼女の。
ティニアの声なのだろうか。
いつもの透き通る声ではなく、子供の。
そう。アルビノの少年のような…………。
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