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第六輪「紫雲英、約束の果てに」
⑥-2 朱と金のインプロヴィゼーション②
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ティナは無言ではあるが、微笑みながら首を傾げた。どうしたのか、と言った所だろう。目は虚ろいでいて、正気ではなさそうだ。
「ごめんなさい、余りに綺麗だから、見とれてしまって」
「そうですね、素敵な方です。……あ。マリアさん、すみませんが、彼女は……」
「言葉が話せないのよね。昨日、窓を閉めるのを手伝ったのだけど、その時にこの病室にも来たのよ。その時に、カードを見たの。ごめんなさい」
「そうだったんですか。それでも、患者の個人情報ですので他言は……アイタッ」
今度はカーテンレールではなく、足元の棚に足をぶつけたようで、ゴツリと鈍い音を上げた。
「なんか、先生が一番怪我してそうね」
「あ、いえ。音が凄いだけで大したことはないのですよ。びっくりして、痛いと口に出してしまいましてね」
「あ、わかります。たいして痛くないのに声に出しちゃうの」
マリアは自然に部屋へ入ると、そのままティナへ会釈したが、反応はなかった。ティナはぼんやりと、レオン医師を見つめている。
「衝撃を和らげる為に悲鳴を上げる、びっくりした反射的反応でしょうか。しまった。また長い話を…………、僕の癖なんですよ。前置きも、例を挙げて長々と解説してしまうのも。いやー、最近は抑えていたのに。アルさんにお会いしてから、どうも」
「アルさんって。随分アルベルトと親しくなったんですね」
「ええ、まあ。歳も近いですからね。ミュラーさんの旦那様とも、結構仲良くさせて頂いていますし」
「あ……」
ティナが声を上げる。見る見る表情が無に近くなり、ついに微笑みが消えた表情になった。それが彼女の素であることが判るのは、恐らくマリアだけであろう。
「えっ!? ……ティナさん、今声を? ……わかりますか?」
「…………ぁ」
ティナは額を抑えながら、胸を手で掴んでいる。すぐに汗が滲みだし、苦しみだしたのだ。
「大丈夫ですよ。ここは診療所です、危険はありません」
「しん、りょー……じょ…………」
「ティナさんが話した! 良かった、僕は医師のレオン・ハイムです。わかりますか?」
「あ、はい……。あの……」
ティナはマリアと目線を合わせない。彼女の瞳がみるみる輝きを増している。淡い瞳の彼女が、ついに正気を取り戻したのだ。何かでプロテクトをかけていたのだろう。レイスであるのであれば、彼女もまた普通ではない。ティナは落ち着きを取り戻すと、すぐにレオンに向き合った。
「ここは、診療所で、私は貴方に保護されたのでしょうか……」
「良かった、話が通じて。君は僕がここに着任する前に、僕の住んでいるイタリアのシチリア島付近の海岸で倒れていたんです。僕とともに、汽車を引き継いでここまで来たのですが、覚えていませんか?」
「ごめんなさい、何も覚えていません。あの、ここは? 貴方は、医者ということですか」
「はい。ここは診療所で、私がここの医師です。貴女は言葉も話せず、表情も最初の頃は全く変わらず、なんの反応も無かったのですよ。ほとんど眠ったままで。……勝手に連れてきてしまい、申し訳ありません。引き取れるような医院がなかったのです。」
「…………それは、申し訳ありませんでした」
ティナは深々と頭を垂れ、頭を上げた時にマリアと目があった。
「あっ、もしかして貴女」
「ティナ、さん。私はマリアです。向こうの病室へ入るところで、出くわしちゃって。診療所の関係者じゃないのに、ごめんなさい」
マリアは視線を外さずに一礼した。そして、右足の指を上へ上げ、左右に軽く振った。ティナはそれを目視した。
「あ、そうなのですね。マリア、さん。こんな格好で申し訳ありません。あら、髪がかなり伸びてしまいましたね」
レイスは自分の髪の長さに気付き、驚いたまま時間の経過を噛みしめるように項垂れてしまった。気取られないようにではなく、マリアは素で慌てて反応した。
「え!? まさか切らないわよね? 凄く綺麗だなって思って、見惚れていたのよ。伸ばしてよ、そのまま!」
「確かに、僕も御綺麗な髪だと思いますよ」
「…………」
「ごめんなさい、余りに綺麗だから、見とれてしまって」
「そうですね、素敵な方です。……あ。マリアさん、すみませんが、彼女は……」
「言葉が話せないのよね。昨日、窓を閉めるのを手伝ったのだけど、その時にこの病室にも来たのよ。その時に、カードを見たの。ごめんなさい」
「そうだったんですか。それでも、患者の個人情報ですので他言は……アイタッ」
今度はカーテンレールではなく、足元の棚に足をぶつけたようで、ゴツリと鈍い音を上げた。
「なんか、先生が一番怪我してそうね」
「あ、いえ。音が凄いだけで大したことはないのですよ。びっくりして、痛いと口に出してしまいましてね」
「あ、わかります。たいして痛くないのに声に出しちゃうの」
マリアは自然に部屋へ入ると、そのままティナへ会釈したが、反応はなかった。ティナはぼんやりと、レオン医師を見つめている。
「衝撃を和らげる為に悲鳴を上げる、びっくりした反射的反応でしょうか。しまった。また長い話を…………、僕の癖なんですよ。前置きも、例を挙げて長々と解説してしまうのも。いやー、最近は抑えていたのに。アルさんにお会いしてから、どうも」
「アルさんって。随分アルベルトと親しくなったんですね」
「ええ、まあ。歳も近いですからね。ミュラーさんの旦那様とも、結構仲良くさせて頂いていますし」
「あ……」
ティナが声を上げる。見る見る表情が無に近くなり、ついに微笑みが消えた表情になった。それが彼女の素であることが判るのは、恐らくマリアだけであろう。
「えっ!? ……ティナさん、今声を? ……わかりますか?」
「…………ぁ」
ティナは額を抑えながら、胸を手で掴んでいる。すぐに汗が滲みだし、苦しみだしたのだ。
「大丈夫ですよ。ここは診療所です、危険はありません」
「しん、りょー……じょ…………」
「ティナさんが話した! 良かった、僕は医師のレオン・ハイムです。わかりますか?」
「あ、はい……。あの……」
ティナはマリアと目線を合わせない。彼女の瞳がみるみる輝きを増している。淡い瞳の彼女が、ついに正気を取り戻したのだ。何かでプロテクトをかけていたのだろう。レイスであるのであれば、彼女もまた普通ではない。ティナは落ち着きを取り戻すと、すぐにレオンに向き合った。
「ここは、診療所で、私は貴方に保護されたのでしょうか……」
「良かった、話が通じて。君は僕がここに着任する前に、僕の住んでいるイタリアのシチリア島付近の海岸で倒れていたんです。僕とともに、汽車を引き継いでここまで来たのですが、覚えていませんか?」
「ごめんなさい、何も覚えていません。あの、ここは? 貴方は、医者ということですか」
「はい。ここは診療所で、私がここの医師です。貴女は言葉も話せず、表情も最初の頃は全く変わらず、なんの反応も無かったのですよ。ほとんど眠ったままで。……勝手に連れてきてしまい、申し訳ありません。引き取れるような医院がなかったのです。」
「…………それは、申し訳ありませんでした」
ティナは深々と頭を垂れ、頭を上げた時にマリアと目があった。
「あっ、もしかして貴女」
「ティナ、さん。私はマリアです。向こうの病室へ入るところで、出くわしちゃって。診療所の関係者じゃないのに、ごめんなさい」
マリアは視線を外さずに一礼した。そして、右足の指を上へ上げ、左右に軽く振った。ティナはそれを目視した。
「あ、そうなのですね。マリア、さん。こんな格好で申し訳ありません。あら、髪がかなり伸びてしまいましたね」
レイスは自分の髪の長さに気付き、驚いたまま時間の経過を噛みしめるように項垂れてしまった。気取られないようにではなく、マリアは素で慌てて反応した。
「え!? まさか切らないわよね? 凄く綺麗だなって思って、見惚れていたのよ。伸ばしてよ、そのまま!」
「確かに、僕も御綺麗な髪だと思いますよ」
「…………」
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