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第六輪「紫雲英、約束の果てに」
⑥-1 朱と金のインプロヴィゼーション①
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この物語はフィクションです。実際の国、団体、人と関係はありません。
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永世中立国スイス。他国との国境に面するシャフハウゼンに、ライン川が流れている。そのライン川に沿う形で有名なボーデン湖を目指す時、美しい旧市街地シュタインアムラインは現れる。
時は1950年、そのシュタインアムラインは比較的に快適な気候である六月を迎えたのだ。日の入りは21時前後であり、涼しくもある寒暖差で過ごしやすい気候だ。
シュタインアムラインの旧市街地の建物にはフレスコ画が描かれており、美しい町並みは人々を中世の時代へと誘うが、町は大戦によって誤爆攻撃に苛まれた。
それでも今を生きる人々によって、中世の町並みは保たれているのである。
そんな町に朱色の髪の女性が一人、診療所の受付の前に立つ。受付は不在であり、マリアは一瞬の迷いを断ち切ろうと考えを巡らせていた。物事に集中したがために無表情のマリアからは、逆に様々な感情を読み取ることが出来よう。
自身が、まだこの体に宿って14年しか経過していなかった事も含めて。
「あら、マリアじゃない」
声の方へ振り向くと、彼女のストレートで美しい赤い毛並みが殺風景な診療所の受付に靡いた。
「マナさん」
マナは頬にあるそばかすを撫でながらマリアを見つめた。
戸籍上では、マナはマリアは義理姉に当たり、多くの孤児を養子に迎えているティエリー家の養女だ。
「どうしたの? ティニアさんの迎えなら、まだ早いかもしれないけれど」
「うん。退院の準備に」
「ああ」
今日の午後に退院するティニアという女性は、マリアにとって同居人であり、大切な友人だ。ティニアもティエリー家の養女ではあるが、誰とも血縁関係はない。
「アルベルトさんが来てたから、もう終わってるとおもうけれど」
「あれ、そうなんだ。出遅れちゃったわね」
親族を辿れず、どこの民族か不明な曖昧な者は皆、ティエリー家の養女となることで、戸籍を得ていた。
ティエリー家は通称、シュタイン親分と呼ばれる気の良い親分だ。養子縁組をしている里親ではあるが、関わりは殆どない。マリアにとって、マナやティエリー氏は二言三言話しただけの他人なのだ。
そんな義理の兄弟姉妹の中で、ティニアだけが違っていた。
「ねえ、ティニアさんって」
「なあに?」
「アルベルトさんとはいい感じなの?」
「うーん」
マナは基本的に素っ気ない。淡白というより、他人にあまり興味を持たないのだ。そんなマナが興味を持つとは、珍しい事である。それ程までにティニアの男の影が珍しいのだ。
アルベルトはティニアが知人に似ていたからとナンパしようとした怪しい男であり、かつては孤児であったという。男はめげないどころか、ティニアと心を通わせていたように見える。
「結構二人きりで会ってるのかなー。そうなると、仲は良いのかも。何かあった?」
「ちょっとね。多分、これから会えば言われると思うよ」
はてなマークを頭に抱えつつ、マリアは病棟の簡易的に作られた個室へ向かった。
通路を渡ると、丁度ティニアの向かいの部屋からレオン医師と思われる悲鳴と痛そうな物理的ダメージを負う音が聞こえてきた。
「イタッ……」
「ちょっと大丈夫?」
「あ、マリアさん……。はい、大丈夫です。いつものことですから、ははは…………」
レオン医師は眼鏡を直しつつ、背後のベッドに座る女性へ声をかけた。
「ティナさんも、いつもすみません。ここのカーテンレール、赤く印でも付けようかな」
ティナと呼ばれた入院着の女性は医師に微笑みかけると、静かに頷いた。金髪碧眼の美しい女性だ。多少やつれ、病弱で希薄な彼女は、余計に美しさを増している。三つ編みを一つ結い、胸の方へ垂らしている。髪はマリア位あり、おそらく腰まであるだろう。
「ど、どうされました? マリアさん」
「……」
マリアはしまったと思ったが、もう遅い。ティナという女性を見つめ、立ち尽くしていた。起きている彼女に会うのは初めてだ。
この物語はフィクションです。実際の国、団体、人と関係はありません。
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永世中立国スイス。他国との国境に面するシャフハウゼンに、ライン川が流れている。そのライン川に沿う形で有名なボーデン湖を目指す時、美しい旧市街地シュタインアムラインは現れる。
時は1950年、そのシュタインアムラインは比較的に快適な気候である六月を迎えたのだ。日の入りは21時前後であり、涼しくもある寒暖差で過ごしやすい気候だ。
シュタインアムラインの旧市街地の建物にはフレスコ画が描かれており、美しい町並みは人々を中世の時代へと誘うが、町は大戦によって誤爆攻撃に苛まれた。
それでも今を生きる人々によって、中世の町並みは保たれているのである。
そんな町に朱色の髪の女性が一人、診療所の受付の前に立つ。受付は不在であり、マリアは一瞬の迷いを断ち切ろうと考えを巡らせていた。物事に集中したがために無表情のマリアからは、逆に様々な感情を読み取ることが出来よう。
自身が、まだこの体に宿って14年しか経過していなかった事も含めて。
「あら、マリアじゃない」
声の方へ振り向くと、彼女のストレートで美しい赤い毛並みが殺風景な診療所の受付に靡いた。
「マナさん」
マナは頬にあるそばかすを撫でながらマリアを見つめた。
戸籍上では、マナはマリアは義理姉に当たり、多くの孤児を養子に迎えているティエリー家の養女だ。
「どうしたの? ティニアさんの迎えなら、まだ早いかもしれないけれど」
「うん。退院の準備に」
「ああ」
今日の午後に退院するティニアという女性は、マリアにとって同居人であり、大切な友人だ。ティニアもティエリー家の養女ではあるが、誰とも血縁関係はない。
「アルベルトさんが来てたから、もう終わってるとおもうけれど」
「あれ、そうなんだ。出遅れちゃったわね」
親族を辿れず、どこの民族か不明な曖昧な者は皆、ティエリー家の養女となることで、戸籍を得ていた。
ティエリー家は通称、シュタイン親分と呼ばれる気の良い親分だ。養子縁組をしている里親ではあるが、関わりは殆どない。マリアにとって、マナやティエリー氏は二言三言話しただけの他人なのだ。
そんな義理の兄弟姉妹の中で、ティニアだけが違っていた。
「ねえ、ティニアさんって」
「なあに?」
「アルベルトさんとはいい感じなの?」
「うーん」
マナは基本的に素っ気ない。淡白というより、他人にあまり興味を持たないのだ。そんなマナが興味を持つとは、珍しい事である。それ程までにティニアの男の影が珍しいのだ。
アルベルトはティニアが知人に似ていたからとナンパしようとした怪しい男であり、かつては孤児であったという。男はめげないどころか、ティニアと心を通わせていたように見える。
「結構二人きりで会ってるのかなー。そうなると、仲は良いのかも。何かあった?」
「ちょっとね。多分、これから会えば言われると思うよ」
はてなマークを頭に抱えつつ、マリアは病棟の簡易的に作られた個室へ向かった。
通路を渡ると、丁度ティニアの向かいの部屋からレオン医師と思われる悲鳴と痛そうな物理的ダメージを負う音が聞こえてきた。
「イタッ……」
「ちょっと大丈夫?」
「あ、マリアさん……。はい、大丈夫です。いつものことですから、ははは…………」
レオン医師は眼鏡を直しつつ、背後のベッドに座る女性へ声をかけた。
「ティナさんも、いつもすみません。ここのカーテンレール、赤く印でも付けようかな」
ティナと呼ばれた入院着の女性は医師に微笑みかけると、静かに頷いた。金髪碧眼の美しい女性だ。多少やつれ、病弱で希薄な彼女は、余計に美しさを増している。三つ編みを一つ結い、胸の方へ垂らしている。髪はマリア位あり、おそらく腰まであるだろう。
「ど、どうされました? マリアさん」
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