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第五輪「Nocturne-Arpeggio」
⑤-9 Revolutio-革命への狼煙③
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隻眼の男は、相も変わらずに眼帯をしている。少し痩せた様な風貌で、眼帯の男はそこに居た。気配を隠すことに長けているものの、殺気を隠す気など無いそのままで立っていた。
眼も薄暗さになれており、淡く青い光が壁を照らす光で、青白く男を映し出している。
「あれ」
そして、マリアは違和感に気付いたのだ。
「貴方、実体だよね?」
「見ればわかるだろう」
ため息交じりに吐露した相手に対し、マリアは鏡でも見ている感覚に陥る。
「眼帯、そっちだったっけ」
「…………」
「言い淀むときが貴方の本音だって、言ったほうがいい?」
「なんでも構わん。俺の眼はどちらも視える」
「へえ」
青白い光に照らされており、正確な色は分からないものの、男の眼は金眼だ。その見事なまでの輝きは、人間の眼ではないだろう。緑色にも見て取れる。
髪は白銀であるが、アルビノの少年とは違い、素で白銀のようだ。眼帯男の外見は眼帯の位置以外変わらない。それは人間ではないような、不気味さを醸し出している。
アルビノの少年。マリアは一抹の不安から、ついに一番聞きたい事を問いかけてしまう。
「……あの子、どうなったの…………?」
返答はない。男は視線を落としつつも、マリアを視界に入れたまま表情が強張る。
「お前なんかに言いたくはない、とかそういう事」
短いため息を吐きつつ、男はゆっくりと、静かに前へ歩み寄るとマリアの目の前までやってきた。依然として、敵意は向けられていない。
「お前のせいじゃない」
「え?」
さすがに意外だった発言に、今度はマリアが面を食らってしまった。
一歩後退りするかのように、右足を少し後ろに引いてしまったのだ。それを見て、眼帯男は前のように、間合いを一瞬で詰めるわけでもなく、ゆっくりと歩み寄ると、紳士のように胸に手を当てて軽く屈んだ。
「まだ覚醒は程遠いか」
マリアの瞳を、眼帯男の金色の瞳が見据える。美しい金眼は、瞳の輪郭がぼんやりとしてはおらず、しっかりとした瞳をしている。
そう、まるで、彼女のように。ティニアのように。
「分からないことだらけ。何なのよ。情報が何もないのよ。何もわからないし、何も知らない!」
「そんなことは無い、情報は在る」
「さっぱりわかんないわ。だって、私拠点の事も、貴方たちの事も、あの少年の事も、何も知らないのよ。だったら教えてよ、レイスの居場所を教えたじゃない」
視線を足元へ下げると、自然と眼帯男の胸へ目線が映る。
「あの子は寿命だった。お前のせいじゃない」
「じゅ、寿命!? 寿命って、まさか…………。だって、あんなに幼かったのに」
「幼いのはお前もだろう」
「え?」
静寂は鳥肌として、力は足元から崩れ落ちるかのように。
「お前はまだ14歳だろう。生まれてから、その体で目覚めてからの、14年だ。それに、人間でも無い」
マリアは息飲み込み、そして呼吸を忘れた。全てを忘却したくなるほど、自覚のある発言に、自身の反応が男の言葉を肯定する。
「…………なに、を言っている、の」
「人間はサーチなど、しないだろう」
「……………………」
「人間は索敵もしない。意識体だけで、別の場所へ訪れるなど不可能だ。お前は亜空間へ入っただろう。それはお前の力ではないが、索敵もサーチも、転移すら普通人間は自らで出来ることはない」
「…………な、にを」
「お前も気付いていた筈だ。自身の異常さに」
「ッ…………」
眼帯の男は、胸に当てた手を静かにゆっくりと下ろすとマリアを横目に背後へ振り返った。男の無防備な背は、敵意など感じられない。無防備にして隙を見せているわけではない。
マリアもまた、金眼である。
人間ではありえない事から、珍しいヘーゼルの瞳で黄色、緑に見えるのは光の反射だと、ずっと話していたのだ。それが、まさか男と同じ色だとでもいうのか。男も、人間ではないとでも、言うのだろうか。
「だって」
男は、マリアの涙を見ないようにすると、目線を外したまま後ろに手を組んだ。
「だって。なにも、な、にもわかんなくて」
「レイスが何も話さなかった。それだけのことだ。お前のせいじゃない」
「だって。だって……」
マリアは年端も行かない少女のように、グズグズと泣きだし、そのまま泣き崩れた。眼帯男は振り返ることは無く、そのまま佇む。
「レイスがそっちに居るのなら、彼女から話を聞け。俺もあいつが何で話さなかったのか、訳を知らない。素性の知れない、信頼の無い俺から聞くより、ずっといいだろう」
「くっ……グス………………」
長くため息を吐きつつ、眼帯の男はマリアの前にしゃがみ込んだ。それでも、振り返ることはしない。
「ここへ来るのは危険だ。もう来るな。前回は俺が警告を与え、光によってお前をスイスへ戻したんだ」
「う…………」
やはり、あの光は警告であったというのか。施設の中にはまだ、何かがあるのだ。しかし、マリアは素性の知れない、信頼のない男の言葉を信じるしかなかった。
「それから、あの診療所の医師には気をつけろ」
「え? ……レオン先生のこと?」
「敵かもしれん。そうであるのなら、俺はお前を壊さなくてはいけなくなる」
息を飲み、言葉の発声を忘れる。そして、忘却していた記憶を、なんとか紡ぎ出した。
奴らの狙いは、マリア自身だ。
「レイス、入院中、ティナって名前で、呼ばれてて」
眼帯男は黙ってマリアの話を聞いている。敵意がより一層外へ向けられていくが、敵がいるわけではない。
「きおく、しょうがいと、げんごで。……わざと、情報ださないようにしてるか、もで。でも、本当に話せないかも、しれないの」
吃逆をしながら、必死にマリアは話すものの、言葉が出てこない。
「すごくやせてて、めざめてないのかも。ねむったまま、かもで。衰弱してて、だから」
「そうか、衰弱してるのか。わかった。留意しよう」
「………………」
「防音、察知の結界は一時間後に切れる。その前に帰国しろ」
マリアは頷いたものの、それは吃逆と同じになってしまった。改めて頷いたのを確認すると、眼帯男は目の前から消え去った。
青白い静寂が周囲を包み込むと、マリアも永世中立国の、住み慣れた自室へと帰還した。
トタン屋根には、依然としてコツコツと雨音が轟き、やがて大雨になった。
眼も薄暗さになれており、淡く青い光が壁を照らす光で、青白く男を映し出している。
「あれ」
そして、マリアは違和感に気付いたのだ。
「貴方、実体だよね?」
「見ればわかるだろう」
ため息交じりに吐露した相手に対し、マリアは鏡でも見ている感覚に陥る。
「眼帯、そっちだったっけ」
「…………」
「言い淀むときが貴方の本音だって、言ったほうがいい?」
「なんでも構わん。俺の眼はどちらも視える」
「へえ」
青白い光に照らされており、正確な色は分からないものの、男の眼は金眼だ。その見事なまでの輝きは、人間の眼ではないだろう。緑色にも見て取れる。
髪は白銀であるが、アルビノの少年とは違い、素で白銀のようだ。眼帯男の外見は眼帯の位置以外変わらない。それは人間ではないような、不気味さを醸し出している。
アルビノの少年。マリアは一抹の不安から、ついに一番聞きたい事を問いかけてしまう。
「……あの子、どうなったの…………?」
返答はない。男は視線を落としつつも、マリアを視界に入れたまま表情が強張る。
「お前なんかに言いたくはない、とかそういう事」
短いため息を吐きつつ、男はゆっくりと、静かに前へ歩み寄るとマリアの目の前までやってきた。依然として、敵意は向けられていない。
「お前のせいじゃない」
「え?」
さすがに意外だった発言に、今度はマリアが面を食らってしまった。
一歩後退りするかのように、右足を少し後ろに引いてしまったのだ。それを見て、眼帯男は前のように、間合いを一瞬で詰めるわけでもなく、ゆっくりと歩み寄ると、紳士のように胸に手を当てて軽く屈んだ。
「まだ覚醒は程遠いか」
マリアの瞳を、眼帯男の金色の瞳が見据える。美しい金眼は、瞳の輪郭がぼんやりとしてはおらず、しっかりとした瞳をしている。
そう、まるで、彼女のように。ティニアのように。
「分からないことだらけ。何なのよ。情報が何もないのよ。何もわからないし、何も知らない!」
「そんなことは無い、情報は在る」
「さっぱりわかんないわ。だって、私拠点の事も、貴方たちの事も、あの少年の事も、何も知らないのよ。だったら教えてよ、レイスの居場所を教えたじゃない」
視線を足元へ下げると、自然と眼帯男の胸へ目線が映る。
「あの子は寿命だった。お前のせいじゃない」
「じゅ、寿命!? 寿命って、まさか…………。だって、あんなに幼かったのに」
「幼いのはお前もだろう」
「え?」
静寂は鳥肌として、力は足元から崩れ落ちるかのように。
「お前はまだ14歳だろう。生まれてから、その体で目覚めてからの、14年だ。それに、人間でも無い」
マリアは息飲み込み、そして呼吸を忘れた。全てを忘却したくなるほど、自覚のある発言に、自身の反応が男の言葉を肯定する。
「…………なに、を言っている、の」
「人間はサーチなど、しないだろう」
「……………………」
「人間は索敵もしない。意識体だけで、別の場所へ訪れるなど不可能だ。お前は亜空間へ入っただろう。それはお前の力ではないが、索敵もサーチも、転移すら普通人間は自らで出来ることはない」
「…………な、にを」
「お前も気付いていた筈だ。自身の異常さに」
「ッ…………」
眼帯の男は、胸に当てた手を静かにゆっくりと下ろすとマリアを横目に背後へ振り返った。男の無防備な背は、敵意など感じられない。無防備にして隙を見せているわけではない。
マリアもまた、金眼である。
人間ではありえない事から、珍しいヘーゼルの瞳で黄色、緑に見えるのは光の反射だと、ずっと話していたのだ。それが、まさか男と同じ色だとでもいうのか。男も、人間ではないとでも、言うのだろうか。
「だって」
男は、マリアの涙を見ないようにすると、目線を外したまま後ろに手を組んだ。
「だって。なにも、な、にもわかんなくて」
「レイスが何も話さなかった。それだけのことだ。お前のせいじゃない」
「だって。だって……」
マリアは年端も行かない少女のように、グズグズと泣きだし、そのまま泣き崩れた。眼帯男は振り返ることは無く、そのまま佇む。
「レイスがそっちに居るのなら、彼女から話を聞け。俺もあいつが何で話さなかったのか、訳を知らない。素性の知れない、信頼の無い俺から聞くより、ずっといいだろう」
「くっ……グス………………」
長くため息を吐きつつ、眼帯の男はマリアの前にしゃがみ込んだ。それでも、振り返ることはしない。
「ここへ来るのは危険だ。もう来るな。前回は俺が警告を与え、光によってお前をスイスへ戻したんだ」
「う…………」
やはり、あの光は警告であったというのか。施設の中にはまだ、何かがあるのだ。しかし、マリアは素性の知れない、信頼のない男の言葉を信じるしかなかった。
「それから、あの診療所の医師には気をつけろ」
「え? ……レオン先生のこと?」
「敵かもしれん。そうであるのなら、俺はお前を壊さなくてはいけなくなる」
息を飲み、言葉の発声を忘れる。そして、忘却していた記憶を、なんとか紡ぎ出した。
奴らの狙いは、マリア自身だ。
「レイス、入院中、ティナって名前で、呼ばれてて」
眼帯男は黙ってマリアの話を聞いている。敵意がより一層外へ向けられていくが、敵がいるわけではない。
「きおく、しょうがいと、げんごで。……わざと、情報ださないようにしてるか、もで。でも、本当に話せないかも、しれないの」
吃逆をしながら、必死にマリアは話すものの、言葉が出てこない。
「すごくやせてて、めざめてないのかも。ねむったまま、かもで。衰弱してて、だから」
「そうか、衰弱してるのか。わかった。留意しよう」
「………………」
「防音、察知の結界は一時間後に切れる。その前に帰国しろ」
マリアは頷いたものの、それは吃逆と同じになってしまった。改めて頷いたのを確認すると、眼帯男は目の前から消え去った。
青白い静寂が周囲を包み込むと、マリアも永世中立国の、住み慣れた自室へと帰還した。
トタン屋根には、依然としてコツコツと雨音が轟き、やがて大雨になった。
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