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第五輪「Nocturne-Arpeggio」
⑤-7 Revolutio-革命への狼煙①
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「ハンカチと、後は念のために包帯。ピンセットに、それから……うん、問題ないわね」
同居人の居ない平屋は広く、寂しく、空虚であった。数日、ティニアの居ない日々を過ごしたマリアは、彼女の有難みを実感していた。様々ある家事について、ミュラー夫人に問い、教わらなければならない程に、マリアにはその知識がなかったのだ。
スイスのシュタインアムライン、ドイツとの国境付近は今も雨模様である。
コトタンタンと轟く音に、マリアは同居人のセリフをまねた。
「トタン屋根に当たる雨粒が、たまに違う音を奏でる。タンタンタン、トントントンという音に、ポンッと入れば、それがトタン屋根の、雨音の舌打ちだっていうんだもんね。しまった、奏でる音を間違えた~って。なんていうのかな。生活音も全部、あの子は音にしてしまうのよね。それが、たまらなく可愛くて」
ティニア、そしてミュラー夫妻。アドニス神父を巻き込むわけにはいかない。それでも、下調べは一人でやれるだけやっておきたかった。
「レイスが現れた以上、あの海底の研究施設に、何かあるのよ。大丈夫。大丈夫よ、マリア。出来る。私は出来る……」
不思議な少年の言葉が、脳裏によぎる。ずっと忘れていた言葉だが、常に脳裏に焼き付いていた。
「為せば成る。言葉にしたり、口にすれば、成る。そういうもの」
――――そして。
「奴らの狙いは、わたし……………………」
マリアはゆっくり、大きくと息を吐き出すと、再び大きく息を吸った。そして、ゆっくりと吐き出した。
瞳が赤く呼応し、髪色も瞳と同様に朱に染まった。
「セーフティ、解除。大丈夫よ、マリア。私に効いているおまじないは、今も絶大だわ」
マリアの足元に、淡く朱色の文様が浮かび上がり、それは朱色の光となって身長の高さを超える。
マリアの全身が朱色に呼応する。それでも、平屋から光が漏れることは無い。
「――サーチ、プロテクト解除」
「――サーチ。……ゲートを確認。ゲート、開放を指示。直ちに我の命に従え」
「――我、汝の地に降り立つ。許可を受諾せよ」
「実体を基に、汝の地に降りたつ……」
髪の毛先、足元からゆっくりと朱色に染め上げ、半透明になった瞬間。マリアは亜空間へと足を踏み入れる。実体では初めてである。
「実体転送」
次の瞬間、マリアは永世中立国を離れ、南に位置するイタリアのシチリア島上空へ姿を現した。それでも、浮遊出来る時間は僅かだ。
「時差がないっていいわね。誰も気付いてない。まあそうよね、人の目では感知できないんだもの」
マリアはスイーっと飛び降りると、シチリア島へ降り立った。やはり、誰も気付いていない。そのまま海面を移動すると、岩の島は直ぐに現れた。間違いなくこの場所である。
雨が大きく振り出し、風が大きくなびくが、マリアには当たることは無く貫通する。
「さすがに、息切れしてきた……。慣れない事をやるもんじゃないわね。……でも誰も、うん。誰もいないし気付いていないわね」
マリアは実体ごと亜空間から抜け出すと、今度こそシチリア島へ降り立った。不安から独り言が多くなり、自らの僅かな呼吸の音ですら、安堵に変わる。
「不法侵入っていうのよね、これ」
今度は雨粒が容赦なくマリアを叩き付け、視界悪化していく。舌打ちなどマシなレベルであるものの、そんなことを気にしている余裕などない。帰りのエネルギーも持たせなければならないのだ。
それでも、晴れていないという事、完全に夜ではないということが、マリアにとっては有利に左右する。
「えーっと、海底へはどうやって行こうかな。あの時のコードを入力すれば……」
マリアは目を閉じると、そのコードを打ち込んでいく。
「Layla, willkommen」
瞬きした瞬間、マリアは地下の研究施設、海底施設へ降り立っていた。薄暗い空間は、マリアを恐怖へと陥れるのに充分であった。
「なんだ、普通に入れちゃった。やっぱり、転移システムがあって…………」
闇に慣れていない目は、それでも背後に長身の人影を感知した。熱源は探知できないものの、誤魔化した不自然な其れは明らかにモニター出来ている。
そんな筈はないのだ。
そう、不意を突かれたのだ。
「あんた、なんでここに」
かつてマリアたちを襲撃し、謎の少年を守ろうと身を挺していた隻眼の男が隠れることも無く、そこに居た。
同居人の居ない平屋は広く、寂しく、空虚であった。数日、ティニアの居ない日々を過ごしたマリアは、彼女の有難みを実感していた。様々ある家事について、ミュラー夫人に問い、教わらなければならない程に、マリアにはその知識がなかったのだ。
スイスのシュタインアムライン、ドイツとの国境付近は今も雨模様である。
コトタンタンと轟く音に、マリアは同居人のセリフをまねた。
「トタン屋根に当たる雨粒が、たまに違う音を奏でる。タンタンタン、トントントンという音に、ポンッと入れば、それがトタン屋根の、雨音の舌打ちだっていうんだもんね。しまった、奏でる音を間違えた~って。なんていうのかな。生活音も全部、あの子は音にしてしまうのよね。それが、たまらなく可愛くて」
ティニア、そしてミュラー夫妻。アドニス神父を巻き込むわけにはいかない。それでも、下調べは一人でやれるだけやっておきたかった。
「レイスが現れた以上、あの海底の研究施設に、何かあるのよ。大丈夫。大丈夫よ、マリア。出来る。私は出来る……」
不思議な少年の言葉が、脳裏によぎる。ずっと忘れていた言葉だが、常に脳裏に焼き付いていた。
「為せば成る。言葉にしたり、口にすれば、成る。そういうもの」
――――そして。
「奴らの狙いは、わたし……………………」
マリアはゆっくり、大きくと息を吐き出すと、再び大きく息を吸った。そして、ゆっくりと吐き出した。
瞳が赤く呼応し、髪色も瞳と同様に朱に染まった。
「セーフティ、解除。大丈夫よ、マリア。私に効いているおまじないは、今も絶大だわ」
マリアの足元に、淡く朱色の文様が浮かび上がり、それは朱色の光となって身長の高さを超える。
マリアの全身が朱色に呼応する。それでも、平屋から光が漏れることは無い。
「――サーチ、プロテクト解除」
「――サーチ。……ゲートを確認。ゲート、開放を指示。直ちに我の命に従え」
「――我、汝の地に降り立つ。許可を受諾せよ」
「実体を基に、汝の地に降りたつ……」
髪の毛先、足元からゆっくりと朱色に染め上げ、半透明になった瞬間。マリアは亜空間へと足を踏み入れる。実体では初めてである。
「実体転送」
次の瞬間、マリアは永世中立国を離れ、南に位置するイタリアのシチリア島上空へ姿を現した。それでも、浮遊出来る時間は僅かだ。
「時差がないっていいわね。誰も気付いてない。まあそうよね、人の目では感知できないんだもの」
マリアはスイーっと飛び降りると、シチリア島へ降り立った。やはり、誰も気付いていない。そのまま海面を移動すると、岩の島は直ぐに現れた。間違いなくこの場所である。
雨が大きく振り出し、風が大きくなびくが、マリアには当たることは無く貫通する。
「さすがに、息切れしてきた……。慣れない事をやるもんじゃないわね。……でも誰も、うん。誰もいないし気付いていないわね」
マリアは実体ごと亜空間から抜け出すと、今度こそシチリア島へ降り立った。不安から独り言が多くなり、自らの僅かな呼吸の音ですら、安堵に変わる。
「不法侵入っていうのよね、これ」
今度は雨粒が容赦なくマリアを叩き付け、視界悪化していく。舌打ちなどマシなレベルであるものの、そんなことを気にしている余裕などない。帰りのエネルギーも持たせなければならないのだ。
それでも、晴れていないという事、完全に夜ではないということが、マリアにとっては有利に左右する。
「えーっと、海底へはどうやって行こうかな。あの時のコードを入力すれば……」
マリアは目を閉じると、そのコードを打ち込んでいく。
「Layla, willkommen」
瞬きした瞬間、マリアは地下の研究施設、海底施設へ降り立っていた。薄暗い空間は、マリアを恐怖へと陥れるのに充分であった。
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そんな筈はないのだ。
そう、不意を突かれたのだ。
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