【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
92 / 257
第五輪「Nocturne-Arpeggio」

⑤-7 Revolutio-革命への狼煙①

しおりを挟む
「ハンカチと、後は念のために包帯。ピンセットに、それから……うん、問題ないわね」

 同居人の居ない平屋は広く、寂しく、空虚であった。数日、ティニアの居ない日々を過ごしたマリアは、彼女の有難みを実感していた。様々ある家事について、ミュラー夫人に問い、教わらなければならない程に、マリアにはその知識がなかったのだ。

 スイスのシュタインアムライン、ドイツとの国境付近は今も雨模様である。

 コトタンタンと轟く音に、マリアは同居人のセリフをまねた。

「トタン屋根に当たる雨粒が、たまに違う音を奏でる。タンタンタン、トントントンという音に、ポンッと入れば、それがトタン屋根の、雨音の舌打ちだっていうんだもんね。しまった、奏でる音を間違えた~って。なんていうのかな。生活音も全部、あの子は音にしてしまうのよね。それが、たまらなく可愛くて」

 ティニア、そしてミュラー夫妻。アドニス神父を巻き込むわけにはいかない。それでも、下調べは一人でやれるだけやっておきたかった。

「レイスが現れた以上、あの海底の研究施設に、何かあるのよ。大丈夫。大丈夫よ、マリア。出来る。私は出来る……」

 不思議な少年の言葉が、脳裏によぎる。ずっと忘れていた言葉だが、常に脳裏に焼き付いていた。

「為せば成る。言葉にしたり、口にすれば、成る。そういうもの」



 ――――そして。




「奴らの狙いは、わたし……………………」

 マリアはゆっくり、大きくと息を吐き出すと、再び大きく息を吸った。そして、ゆっくりと吐き出した。
 瞳が赤く呼応し、髪色も瞳と同様に朱に染まった。

「セーフティ、解除。大丈夫よ、マリア。私に効いているは、今も絶大だわ」

 マリアの足元に、淡く朱色の文様が浮かび上がり、それは朱色の光となって身長の高さを超える。
 マリアの全身が朱色に呼応する。それでも、平屋から光が漏れることは無い。

「――サーチ、プロテクト解除」
「――サーチ。……ゲートを確認。ゲート、開放を指示。直ちに我の命に従え」
「――我、汝の地に降り立つ。許可を受諾せよ」
「実体を基に、汝の地に降りたつ……」

 髪の毛先、足元からゆっくりと朱色に染め上げ、半透明になった瞬間。マリアは亜空間へと足を踏み入れる。実体では初めてである。

「実体転送」

 次の瞬間、マリアは永世中立国を離れ、南に位置するイタリアのシチリア島上空へ姿を現した。それでも、浮遊出来る時間は僅かだ。

 「時差がないっていいわね。誰も気付いてない。まあそうよね、人の目では感知できないんだもの」

 マリアはスイーっと飛び降りると、シチリア島へ降り立った。やはり、誰も気付いていない。そのまま海面を移動すると、岩の島は直ぐに現れた。間違いなくこの場所である。

 雨が大きく振り出し、風が大きくなびくが、マリアには当たることは無く貫通する。

「さすがに、息切れしてきた……。慣れない事をやるもんじゃないわね。……でも誰も、うん。誰もいないし気付いていないわね」

 マリアは実体ごと亜空間から抜け出すと、今度こそシチリア島へ降り立った。不安から独り言が多くなり、自らの僅かな呼吸の音ですら、安堵に変わる。

「不法侵入っていうのよね、これ」

 今度は雨粒が容赦なくマリアを叩き付け、視界悪化していく。舌打ちなどマシなレベルであるものの、そんなことを気にしている余裕などない。帰りのエネルギーも持たせなければならないのだ。

 それでも、晴れていないという事、完全に夜ではないということが、マリアにとっては有利に左右する。

「えーっと、海底へはどうやって行こうかな。あの時のコードを入力すれば……」

 マリアは目を閉じると、そのコードを打ち込んでいく。

「Layla, willkommen」


 瞬きした瞬間、マリアは地下の研究施設、海底施設へ降り立っていた。薄暗い空間は、マリアを恐怖へと陥れるのに充分であった。

「なんだ、普通に入れちゃった。やっぱり、転移システムがあって…………」

 闇に慣れていない目は、それでも背後に長身の人影を感知した。熱源は探知できないものの、誤魔化した不自然な其れは明らかにモニター出来ている。

 そんな筈はないのだ。

 そう、不意を突かれたのだ。



「あんた、なんでここに」

 かつてマリアたちを襲撃し、謎の少年を守ろうと身を挺していた隻眼の男が隠れることも無く、そこに居た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...