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第五輪「Nocturne-Arpeggio」
⑤-6 再会の序章を踊る③
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「そんな。どうして、こんな、所に……」
辛うじて言葉を発したものの、それは無意識に近くマリアは意識していなかった。既にここで何をして、何をしに来たのかを一瞬で忘却した。
あれ程探した義姉。何の情報もなかった義姉。強く欲した義姉。
そんなレイスが、痩せこけた状態でスヤスヤと眠っている。ベッドのタグには、記憶障害と言語障害の為、意思疎通が困難であると記されている。
名前の項目には、「ティナ(治療の為、便宜上)、性別:女性、血液型:A」と書かれているだけだ。レオン医師の文字であり、ティニアのベッドに存在したカードと同じであった。
「レイス、ねえさま…………」
マリアは込み上げた感情をこらえるために目を閉じたものの、熱を帯びた水滴が頬を伝ったために居た堪れなくなり、顔を手で覆った。
レオン達は何も知らない筈である。知っていれば、マリアに声を掛けたであろう。ティニアの一見まで、マリアはレオンと面識は無かったのだ。
容姿の確認と思い診療所の前を通っても、医師の姿など見ることは無く、噂でしか聞いていなかった。まして、病棟を訪れることなど、考えてもいなかったのだ。
「情報が一切無かったのは、ここに匿われていたからなの……?」
言語障害、意識障害が事実なのかは不明だ。レイスが身分を偽るために、演技している可能性の方が高い。
それでも安堵した自分自身を否定することなど出来やしない。マリアはティニアの病棟の方に目を向けるが、特に何も騒ぎにはなっていなかった。ティニアの様子では、マリアの話を打ち明ける事など、当分先送りである。その上で、ティニアの見舞いで病棟へ訪れることが出来る。
「イタリア行きは、断念ね。今から行ってくるしかないわ。……レイス、また。元気になって、それから……」
マリアは意識を外部へと移しながら、病室の窓を閉めた。レイスはスヤスヤと眠ったまま、起きる気配はない。無防備な彼女を見るのは、マリアにとって初めての事だ。
◇◇◇
診療所の外では、アドニスが待ち構えていた。穏やかな気候が、余計に不穏な空気を誘い込む。
「どうしました。中々出てこられないので」
「看護師さんの代わりに、窓を閉めていたのよ」
「なるほど、そうでしたか」
アドニスは少し視線を上へ向ける。鳥が瞬き、空を駆っていた。
「ミュラーさん達は帰ったのね」
「ええ。帰国して直ぐでしたからね。週初めから、また宜しくと言っていましたよ」
「分かったわ。でも、日曜日にはお店の片づけがあるだろうから、その日に会うわ」
「マリア」
「うん。話の事は、今はいいの。ティニアが元気になってくれなきゃ、話せないわ」
そういうとマリアは踵を返し、帰路へとついた。鳥達の羽ばたく音が木霊する、旧市街シュタインアムライン。街はマリアにとって、現実の日常へ誘っていった。
辛うじて言葉を発したものの、それは無意識に近くマリアは意識していなかった。既にここで何をして、何をしに来たのかを一瞬で忘却した。
あれ程探した義姉。何の情報もなかった義姉。強く欲した義姉。
そんなレイスが、痩せこけた状態でスヤスヤと眠っている。ベッドのタグには、記憶障害と言語障害の為、意思疎通が困難であると記されている。
名前の項目には、「ティナ(治療の為、便宜上)、性別:女性、血液型:A」と書かれているだけだ。レオン医師の文字であり、ティニアのベッドに存在したカードと同じであった。
「レイス、ねえさま…………」
マリアは込み上げた感情をこらえるために目を閉じたものの、熱を帯びた水滴が頬を伝ったために居た堪れなくなり、顔を手で覆った。
レオン達は何も知らない筈である。知っていれば、マリアに声を掛けたであろう。ティニアの一見まで、マリアはレオンと面識は無かったのだ。
容姿の確認と思い診療所の前を通っても、医師の姿など見ることは無く、噂でしか聞いていなかった。まして、病棟を訪れることなど、考えてもいなかったのだ。
「情報が一切無かったのは、ここに匿われていたからなの……?」
言語障害、意識障害が事実なのかは不明だ。レイスが身分を偽るために、演技している可能性の方が高い。
それでも安堵した自分自身を否定することなど出来やしない。マリアはティニアの病棟の方に目を向けるが、特に何も騒ぎにはなっていなかった。ティニアの様子では、マリアの話を打ち明ける事など、当分先送りである。その上で、ティニアの見舞いで病棟へ訪れることが出来る。
「イタリア行きは、断念ね。今から行ってくるしかないわ。……レイス、また。元気になって、それから……」
マリアは意識を外部へと移しながら、病室の窓を閉めた。レイスはスヤスヤと眠ったまま、起きる気配はない。無防備な彼女を見るのは、マリアにとって初めての事だ。
◇◇◇
診療所の外では、アドニスが待ち構えていた。穏やかな気候が、余計に不穏な空気を誘い込む。
「どうしました。中々出てこられないので」
「看護師さんの代わりに、窓を閉めていたのよ」
「なるほど、そうでしたか」
アドニスは少し視線を上へ向ける。鳥が瞬き、空を駆っていた。
「ミュラーさん達は帰ったのね」
「ええ。帰国して直ぐでしたからね。週初めから、また宜しくと言っていましたよ」
「分かったわ。でも、日曜日にはお店の片づけがあるだろうから、その日に会うわ」
「マリア」
「うん。話の事は、今はいいの。ティニアが元気になってくれなきゃ、話せないわ」
そういうとマリアは踵を返し、帰路へとついた。鳥達の羽ばたく音が木霊する、旧市街シュタインアムライン。街はマリアにとって、現実の日常へ誘っていった。
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