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第五輪「Nocturne-Arpeggio」
⑤-5 再会の序章を踊る②
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病棟へ案内されると、唯一の個室にはミュラー夫妻がティニアを囲んでいた。ティニアは恐らくテディベア用の洋服を持ち上げ、他の洋服と見比べては嬉しそうにニヤニヤしている。顔色も良く、いつも通りのティニアが居た。
「ミュラーさん! おかえりなさい。会いたかった」
「マリア! ふふ、ただいま。良い子にしていた?」
「もちろんよ。私、ミュラーさん好きだもの」
マリアはミュラー夫人を抱き締めながら、目の前で青い顔をしている旦那を横目でチラ見した。
「えぇー!! マリアちゃん、酷くない。その美人は俺の奥さんなんだけど。抱きしめていいのは俺だけだよ⁉」
「ちょっと待って。僕をおいてけぼりにするんじゃないよ」
「なんですか、この茶番は。身内にとっては面白いですね」
「なんでアドニスが僕の味方をしないのさ!」
ふくれ面のティニアは、ベストを来たワンピースの人形用の洋服を丁寧に畳んだ。部屋へやってきたアドニスは、その洋服を受け取ると、近くの紙袋へしまい込んでいった。
「ちょっとは心配してくれてもいいじゃん~」
「何言ってるんだ。心配したに決ってんだろう」
ミュラーの旦那は妻と同時に頷きながら、交互に視線を合わせては微笑んだ。
「そうよ。ドイツで電話もらって驚いたんだから」
「あ、どうでした? ドイツは。早く色々話が聞きたいわ」
「マリアぁああ~~~。悪かったよぉ、無視しないでえ」
「ふふ。ごめんなさい。……それで、ティニアに話があるの。あの、ミュラーさんたちも……」
「あ」
ティニアは小さく声をあげたまま、ショックを受けたように止まると、みるみる目が虚ろになっていった。すぐにアドニスが駆け寄り、目の前で手を振って見せるが、反応はない。
「ちょ、ちょっとティニア、大丈夫?」
「……はい。問題はありません」
「え?」
「直ちに花を積んで参りましょう。お待ちください。フリージアで宜しいでしょうか」
ティニアはヨロヨロと起きあがろうと、ベッドから這い出ようとしたため、アドニスが慌てて制止した。
「何をボケたことをしているのですか。マリアが大切な話があると……。わかりますか、マリアが」
「聞こえていますよ。マリア様、お話は後でも宜しいでしょうか」
「私、先生を呼んでくるわ!」
「頼みます。ティニア、落ち着いて。ここは診療所で……」
アドニスは慌てて、周囲の設備について説明を始めたものの、ティニアは全く取り合うことはなかった。重苦しい緊張の重圧だけが支配する。一気に和やかな空気は、生暖かい風のようにどんよりとしていた。一瞬で場を支配してしまったのだ。
「失礼します。ティニアさん、どうされましたか」
レオンが病室へやってくるものの、ティニアは特に変わらない様子で、医師に声を掛けた。
「何もありませんよ。庭園へ赴き、花を摘まなくてはなりません。ですが、彼等がそれを拒むのです。何故でしょうか」
「………………。すみません、マリアさん。アニー看護師を呼んでもらって頂けますか。病棟にいるはずです。それから皆さんは一度、お帰り下さい」
「わかったわ……。ねえ、ティニアは」
「私が責任を持ちます。大丈夫です。お願いできますか」
「マリア、行きましょう。先生が付いていてくれるから、大丈夫よ」
大丈夫とは、どういったことを指すのだろうか。マリアは深く考える思考を首を横に振って停止させると、アニーを探して病棟へ駆けこんだ。
病棟は換気を終えた所であり、アニー看護師が窓を閉めようとしていた。柔らかな風が、ベッドに横たわる女性患者の髪を撫でているようだった。
「アニーさん、レオン先生が呼んでるわ。ティニアの所へ、お願い」
「! わかりました」
緊迫したマリアの言葉に対し、アニーは直ぐに反応すると、病棟へ急いだ。
そしてマリアは、今度は自身が、確かに時が停止するのを感じたのだ。閉められなかった窓からは、柔らかな風が部屋を包み込む。穏かに、そして柔らかにベッドで横たわる患者の髪を撫で、カーテンを揺らしていたのだ。
痩せ細った、頬のこけた女性が横たわっている。ゆっくりと呼吸を繰り返し、掛布団の下で、胸がゆっくりと上下に揺れているのが判る。
マリアは呼吸を忘れ、立ち尽くすと我に返るまでに時間を要した。
女性患者は目を閉じているが、虚ろいだ瞳をしている筈である。そう、碧眼の美しい瞳を。
美しい金髪は長く伸びきっており、一つの三つ編みに結われている。
女性患者は、レイスその人だった。
「ミュラーさん! おかえりなさい。会いたかった」
「マリア! ふふ、ただいま。良い子にしていた?」
「もちろんよ。私、ミュラーさん好きだもの」
マリアはミュラー夫人を抱き締めながら、目の前で青い顔をしている旦那を横目でチラ見した。
「えぇー!! マリアちゃん、酷くない。その美人は俺の奥さんなんだけど。抱きしめていいのは俺だけだよ⁉」
「ちょっと待って。僕をおいてけぼりにするんじゃないよ」
「なんですか、この茶番は。身内にとっては面白いですね」
「なんでアドニスが僕の味方をしないのさ!」
ふくれ面のティニアは、ベストを来たワンピースの人形用の洋服を丁寧に畳んだ。部屋へやってきたアドニスは、その洋服を受け取ると、近くの紙袋へしまい込んでいった。
「ちょっとは心配してくれてもいいじゃん~」
「何言ってるんだ。心配したに決ってんだろう」
ミュラーの旦那は妻と同時に頷きながら、交互に視線を合わせては微笑んだ。
「そうよ。ドイツで電話もらって驚いたんだから」
「あ、どうでした? ドイツは。早く色々話が聞きたいわ」
「マリアぁああ~~~。悪かったよぉ、無視しないでえ」
「ふふ。ごめんなさい。……それで、ティニアに話があるの。あの、ミュラーさんたちも……」
「あ」
ティニアは小さく声をあげたまま、ショックを受けたように止まると、みるみる目が虚ろになっていった。すぐにアドニスが駆け寄り、目の前で手を振って見せるが、反応はない。
「ちょ、ちょっとティニア、大丈夫?」
「……はい。問題はありません」
「え?」
「直ちに花を積んで参りましょう。お待ちください。フリージアで宜しいでしょうか」
ティニアはヨロヨロと起きあがろうと、ベッドから這い出ようとしたため、アドニスが慌てて制止した。
「何をボケたことをしているのですか。マリアが大切な話があると……。わかりますか、マリアが」
「聞こえていますよ。マリア様、お話は後でも宜しいでしょうか」
「私、先生を呼んでくるわ!」
「頼みます。ティニア、落ち着いて。ここは診療所で……」
アドニスは慌てて、周囲の設備について説明を始めたものの、ティニアは全く取り合うことはなかった。重苦しい緊張の重圧だけが支配する。一気に和やかな空気は、生暖かい風のようにどんよりとしていた。一瞬で場を支配してしまったのだ。
「失礼します。ティニアさん、どうされましたか」
レオンが病室へやってくるものの、ティニアは特に変わらない様子で、医師に声を掛けた。
「何もありませんよ。庭園へ赴き、花を摘まなくてはなりません。ですが、彼等がそれを拒むのです。何故でしょうか」
「………………。すみません、マリアさん。アニー看護師を呼んでもらって頂けますか。病棟にいるはずです。それから皆さんは一度、お帰り下さい」
「わかったわ……。ねえ、ティニアは」
「私が責任を持ちます。大丈夫です。お願いできますか」
「マリア、行きましょう。先生が付いていてくれるから、大丈夫よ」
大丈夫とは、どういったことを指すのだろうか。マリアは深く考える思考を首を横に振って停止させると、アニーを探して病棟へ駆けこんだ。
病棟は換気を終えた所であり、アニー看護師が窓を閉めようとしていた。柔らかな風が、ベッドに横たわる女性患者の髪を撫でているようだった。
「アニーさん、レオン先生が呼んでるわ。ティニアの所へ、お願い」
「! わかりました」
緊迫したマリアの言葉に対し、アニーは直ぐに反応すると、病棟へ急いだ。
そしてマリアは、今度は自身が、確かに時が停止するのを感じたのだ。閉められなかった窓からは、柔らかな風が部屋を包み込む。穏かに、そして柔らかにベッドで横たわる患者の髪を撫で、カーテンを揺らしていたのだ。
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マリアは呼吸を忘れ、立ち尽くすと我に返るまでに時間を要した。
女性患者は目を閉じているが、虚ろいだ瞳をしている筈である。そう、碧眼の美しい瞳を。
美しい金髪は長く伸びきっており、一つの三つ編みに結われている。
女性患者は、レイスその人だった。
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