【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
90 / 257
第五輪「Nocturne-Arpeggio」

⑤-5 再会の序章を踊る②

しおりを挟む
 病棟へ案内されると、唯一の個室にはミュラー夫妻がティニアを囲んでいた。ティニアは恐らくテディベア用の洋服を持ち上げ、他の洋服と見比べては嬉しそうにニヤニヤしている。顔色も良く、いつも通りのティニアが居た。

「ミュラーさん! おかえりなさい。会いたかった」
「マリア! ふふ、ただいま。良い子にしていた?」
「もちろんよ。私、ミュラーさん好きだもの」

 マリアはミュラー夫人を抱き締めながら、目の前で青い顔をしている旦那を横目でチラ見した。

「えぇー!! マリアちゃん、酷くない。その美人は俺の奥さんなんだけど。抱きしめていいのは俺だけだよ⁉」
「ちょっと待って。僕をおいてけぼりにするんじゃないよ」
「なんですか、この茶番は。身内にとっては面白いですね」
「なんでアドニスが僕の味方をしないのさ!」

 ふくれ面のティニアは、ベストを来たワンピースの人形用の洋服を丁寧に畳んだ。部屋へやってきたアドニスは、その洋服を受け取ると、近くの紙袋へしまい込んでいった。

「ちょっとは心配してくれてもいいじゃん~」
「何言ってるんだ。心配したに決ってんだろう」

 ミュラーの旦那は妻と同時に頷きながら、交互に視線を合わせては微笑んだ。

「そうよ。ドイツで電話もらって驚いたんだから」
「あ、どうでした? ドイツは。早く色々話が聞きたいわ」
「マリアぁああ~~~。悪かったよぉ、無視しないでえ」
「ふふ。ごめんなさい。……それで、ティニアに話があるの。あの、ミュラーさんたちも……」
「あ」

 ティニアは小さく声をあげたまま、ショックを受けたように止まると、みるみる目が虚ろになっていった。すぐにアドニスが駆け寄り、目の前で手を振って見せるが、反応はない。
 
「ちょ、ちょっとティニア、大丈夫?」
「……はい。問題はありません」
「え?」
「直ちに花を積んで参りましょう。お待ちください。フリージアで宜しいでしょうか」

 ティニアはヨロヨロと起きあがろうと、ベッドから這い出ようとしたため、アドニスが慌てて制止した。

「何をボケたことをしているのですか。マリアが大切な話があると……。わかりますか、マリアが」
「聞こえていますよ。マリア様、お話は後でも宜しいでしょうか」
「私、先生を呼んでくるわ!」
「頼みます。ティニア、落ち着いて。ここは診療所で……」

 アドニスは慌てて、周囲の設備について説明を始めたものの、ティニアは全く取り合うことはなかった。重苦しい緊張の重圧だけが支配する。一気に和やかな空気は、生暖かい風のようにどんよりとしていた。一瞬で場を支配してしまったのだ。

「失礼します。ティニアさん、どうされましたか」
 
 レオンが病室へやってくるものの、ティニアは特にで、医師に声を掛けた。

「何もありませんよ。庭園へ赴き、花を摘まなくてはなりません。ですが、彼等がそれを拒むのです。何故でしょうか」
「………………。すみません、マリアさん。アニー看護師を呼んでもらって頂けますか。病棟にいるはずです。それから皆さんは一度、お帰り下さい」
「わかったわ……。ねえ、ティニアは」
「私が責任を持ちます。大丈夫です。お願いできますか」
「マリア、行きましょう。先生が付いていてくれるから、大丈夫よ」

 大丈夫とは、どういったことを指すのだろうか。マリアは深く考える思考を首を横に振って停止させると、アニーを探して病棟へ駆けこんだ。

 病棟は換気を終えた所であり、アニー看護師が窓を閉めようとしていた。柔らかな風が、ベッドに横たわる女性患者の髪を撫でているようだった。

「アニーさん、レオン先生が呼んでるわ。ティニアの所へ、お願い」
「! わかりました」

 緊迫したマリアの言葉に対し、アニーは直ぐに反応すると、病棟へ急いだ。

 そしてマリアは、今度は自身が、確かに時が停止するのを感じたのだ。閉められなかった窓からは、柔らかな風が部屋を包み込む。穏かに、そして柔らかにベッドで横たわる患者の髪を撫で、カーテンを揺らしていたのだ。

 痩せ細った、頬のこけた女性が横たわっている。ゆっくりと呼吸を繰り返し、掛布団の下で、胸がゆっくりと上下に揺れているのが判る。

 マリアは呼吸を忘れ、立ち尽くすと我に返るまでに時間を要した。

 女性患者は目を閉じているが、虚ろいだ瞳をしている筈である。そう、碧眼の美しい瞳を。
 美しい金髪は長く伸びきっており、一つの三つ編みに結われている。


 女性患者は、レイスその人だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...