89 / 257
第五輪「Nocturne-Arpeggio」
⑤-4 再会の序章を踊る①
しおりを挟む
ティニアが目を覚ましたと知らせを受けたのは、彼女が担ぎ込まれてから二日後だった。メアリーの露店花店の出向の最終日は多忙を極めていたが、メアリーはすぐに診療所へ行くようにと配慮をしてくれた。
マリアを呼びに来たのは、アドニス神父であった。アドニス神父はメアリーの恩人であるという。メアリーも明日には診療所へ見舞に行くと言伝を受けた。
「ねえ、アドニスさん」
「どうしました?」
速足で診療所へ向かうアドニス神父の服の裾をひっぱると、アドニスは歩みを止めてマリアへ振り返った。マリアは服を握ったまま、遠慮がちに見上げた。
「こんな時にごめん。あの、ティニアの体調が回復したら、話したいことがあるの」
「……どうしたのですか、改まって。何か、心配事ですか? 貴女らしくないではありませんか。……いえ、勝手な決めつけは貴女に失礼ですね」
再び歩き出しながら、マリアは言いにくそうに、しかし照れながらアドニスに打ち明けていった。肝心な話題を話していないのにもかかわらず、心は晴れ軽くなっていく。
「ううん、その。ずっと話せなかったことなの。心配というより、不安要素ではあるの。でも、もう黙っておけないと思ったの。私も、二人の事を信頼したいし、信頼してほしいの」
「……そうですか。概要だけでも伺っておいた方がよければ、いつでもお話しください。ミュラー夫妻も、貴女のことは随分と心配しているのですよ。ただし、無理に背伸びをする必要はありません。貴女は、まだ御若いのですから」
そう言うと、アドニス神父はマリアの肩を優しく三度叩いた。歩調についても、アドニスは早くティニアの元に行きたいであろうに、マリアに合わせてゆっくりと歩いてくれている。マリアはじんわりと目に温かみを感じ、目頭に力を入れた。
「ありがとう」
「では行きましょうか。暇だからとまた良からぬことをして、心配させるお嬢さんがいらっしゃいますからね」
「ふふ。シュタインさんみたいな呼び方をするのね」
診療所へ歩みながら微笑むマリアに、アドニス神父は「しまった」と、声を上げた。
「しかしマリア。シュタインさんとの呼び方はどうなのですか? 便宜上、養父でしょうに。ま、ティニアにとっても養父という事にはなりますが……。後、名前はシュタインではありませんよ? ティエリー氏でしょう」
「だって接点がないんだもの。家具を作ってくれるのはすご~く嬉しいし助かってるし、家具はすごく素敵だと思ってるけど」
そこまで話すと、マリアは診療所が見えたところで、ハッとして再び立ち止まった。煤に歩き出すと、ポツリとつぶやいた。優しい風が後押しするかのようだ。
「私が心を閉ざしたまま避けていて、壁を作っていたのよね。もっとこれからは、ティエリーさんとも関われるように努力するわ」
「そうですか。よろしくお願いしますね。では、先に行っていていただけますか」
「え? どうして?」
「感動の再会は、二人でした方がいいでしょう? 面会は先に、君に譲っておこうと思いましてね」
「そう? ふふ、わかったわ。またすぐ後でね」
マリアは先立って診療所へ入っていった。診療所の扉が閉まり、人の気配がない事を確認すると、アドニスは呟いた。
「…………。あの子に危険はありませんよ。警戒するもの程々にして下さい。貴方は隠す気がないのですから、気取られても知りませんよ」
アドニス神父の周囲に人影は居ないものの、其のつぶやきは風に巻かれて消えていった。どんよりとした、生暖かい風だった。
マリアを呼びに来たのは、アドニス神父であった。アドニス神父はメアリーの恩人であるという。メアリーも明日には診療所へ見舞に行くと言伝を受けた。
「ねえ、アドニスさん」
「どうしました?」
速足で診療所へ向かうアドニス神父の服の裾をひっぱると、アドニスは歩みを止めてマリアへ振り返った。マリアは服を握ったまま、遠慮がちに見上げた。
「こんな時にごめん。あの、ティニアの体調が回復したら、話したいことがあるの」
「……どうしたのですか、改まって。何か、心配事ですか? 貴女らしくないではありませんか。……いえ、勝手な決めつけは貴女に失礼ですね」
再び歩き出しながら、マリアは言いにくそうに、しかし照れながらアドニスに打ち明けていった。肝心な話題を話していないのにもかかわらず、心は晴れ軽くなっていく。
「ううん、その。ずっと話せなかったことなの。心配というより、不安要素ではあるの。でも、もう黙っておけないと思ったの。私も、二人の事を信頼したいし、信頼してほしいの」
「……そうですか。概要だけでも伺っておいた方がよければ、いつでもお話しください。ミュラー夫妻も、貴女のことは随分と心配しているのですよ。ただし、無理に背伸びをする必要はありません。貴女は、まだ御若いのですから」
そう言うと、アドニス神父はマリアの肩を優しく三度叩いた。歩調についても、アドニスは早くティニアの元に行きたいであろうに、マリアに合わせてゆっくりと歩いてくれている。マリアはじんわりと目に温かみを感じ、目頭に力を入れた。
「ありがとう」
「では行きましょうか。暇だからとまた良からぬことをして、心配させるお嬢さんがいらっしゃいますからね」
「ふふ。シュタインさんみたいな呼び方をするのね」
診療所へ歩みながら微笑むマリアに、アドニス神父は「しまった」と、声を上げた。
「しかしマリア。シュタインさんとの呼び方はどうなのですか? 便宜上、養父でしょうに。ま、ティニアにとっても養父という事にはなりますが……。後、名前はシュタインではありませんよ? ティエリー氏でしょう」
「だって接点がないんだもの。家具を作ってくれるのはすご~く嬉しいし助かってるし、家具はすごく素敵だと思ってるけど」
そこまで話すと、マリアは診療所が見えたところで、ハッとして再び立ち止まった。煤に歩き出すと、ポツリとつぶやいた。優しい風が後押しするかのようだ。
「私が心を閉ざしたまま避けていて、壁を作っていたのよね。もっとこれからは、ティエリーさんとも関われるように努力するわ」
「そうですか。よろしくお願いしますね。では、先に行っていていただけますか」
「え? どうして?」
「感動の再会は、二人でした方がいいでしょう? 面会は先に、君に譲っておこうと思いましてね」
「そう? ふふ、わかったわ。またすぐ後でね」
マリアは先立って診療所へ入っていった。診療所の扉が閉まり、人の気配がない事を確認すると、アドニスは呟いた。
「…………。あの子に危険はありませんよ。警戒するもの程々にして下さい。貴方は隠す気がないのですから、気取られても知りませんよ」
アドニス神父の周囲に人影は居ないものの、其のつぶやきは風に巻かれて消えていった。どんよりとした、生暖かい風だった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】暁の草原
Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。
その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。
大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。
彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。
面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。
男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。
=====
別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。
どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。
面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ!
※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。
=====
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
=====
他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。
Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる