【完結】暁の荒野

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第五輪「Nocturne-Arpeggio」

⑤-4 再会の序章を踊る①

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 ティニアが目を覚ましたと知らせを受けたのは、彼女が担ぎ込まれてから二日後だった。メアリーの露店花店の出向の最終日は多忙を極めていたが、メアリーはすぐに診療所へ行くようにと配慮をしてくれた。
 
 マリアを呼びに来たのは、アドニス神父であった。アドニス神父はメアリーの恩人であるという。メアリーも明日には診療所へ見舞に行くと言伝を受けた。

「ねえ、アドニスさん」
「どうしました?」

 速足で診療所へ向かうアドニス神父の服の裾をひっぱると、アドニスは歩みを止めてマリアへ振り返った。マリアは服を握ったまま、遠慮がちに見上げた。

「こんな時にごめん。あの、ティニアの体調が回復したら、話したいことがあるの」
「……どうしたのですか、改まって。何か、心配事ですか? 貴女らしくないではありませんか。……いえ、勝手な決めつけは貴女に失礼ですね」

 再び歩き出しながら、マリアは言いにくそうに、しかし照れながらアドニスに打ち明けていった。肝心な話題を話していないのにもかかわらず、心は晴れ軽くなっていく。

「ううん、その。ずっと話せなかったことなの。心配というより、不安要素ではあるの。でも、もう黙っておけないと思ったの。私も、二人の事を信頼したいし、信頼してほしいの」
「……そうですか。概要だけでも伺っておいた方がよければ、いつでもお話しください。ミュラー夫妻も、貴女のことは随分と心配しているのですよ。ただし、無理に背伸びをする必要はありません。貴女は、まだ御若いのですから」

 そう言うと、アドニス神父はマリアの肩を優しく三度叩いた。歩調についても、アドニスは早くティニアの元に行きたいであろうに、マリアに合わせてゆっくりと歩いてくれている。マリアはじんわりと目に温かみを感じ、目頭に力を入れた。

「ありがとう」
「では行きましょうか。暇だからとまた良からぬことをして、心配させるお嬢さんがいらっしゃいますからね」
「ふふ。シュタインさんみたいな呼び方をするのね」

 診療所へ歩みながら微笑むマリアに、アドニス神父は「しまった」と、声を上げた。

「しかしマリア。シュタインさんとの呼び方はどうなのですか? 便宜上、養父でしょうに。ま、ティニアにとっても養父という事にはなりますが……。後、名前はシュタインではありませんよ? ティエリー氏でしょう」
「だって接点がないんだもの。家具を作ってくれるのはすご~く嬉しいし助かってるし、家具はすごく素敵だと思ってるけど」

 そこまで話すと、マリアは診療所が見えたところで、ハッとして再び立ち止まった。煤に歩き出すと、ポツリとつぶやいた。優しい風が後押しするかのようだ。

「私が心を閉ざしたまま避けていて、壁を作っていたのよね。もっとこれからは、ティエリーさんとも関われるように努力するわ」
「そうですか。よろしくお願いしますね。では、先に行っていていただけますか」
「え? どうして?」
「感動の再会は、二人でした方がいいでしょう? 面会は先に、君に譲っておこうと思いましてね」
「そう? ふふ、わかったわ。またすぐ後でね」

 マリアは先立って診療所へ入っていった。診療所の扉が閉まり、人の気配がない事を確認すると、アドニスは呟いた。

「…………。あの子に危険はありませんよ。警戒するもの程々にして下さい。貴方は隠す気がないのですから、気取られても知りませんよ」

 アドニス神父の周囲に人影は居ないものの、其のつぶやきは風に巻かれて消えていった。どんよりとした、生暖かい風だった。
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