【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
84 / 257
第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」

④-14 イ短調 作品16 第二楽章への誘い②

しおりを挟む
「やめろ、アル! 落ち着け!」

 レオンは我に返ると、患者に向きなおした。患者はティニアだ。呼吸が浅い。

「私が医師です。どうされましたか」
「あんた、医者か! 助けてくれ!! 頼む、頼む……何でもする、だから」

 赤茶毛の男がすがるようにティニアを抱きしめると、ティニアは目をうっすらを開けた。

「うあ……。なに、ここ、どこ……」
「ティニア!」
「ティニア、わかりますか。ここは」

 ティニアの瞳は虚ろいでおり、くっきりとした輪郭だけが確認できる。

「……ルク、なんでここに」
「えっ……、なんですって? ティニアさん?」
「あ……」
「足だ。右足を見てくれ、先生」
「わかりました、失礼しますよ」

 レオンはすぐに彼女のスカートを捲ると、右足の血に染まった包帯と添え木が確認できた。

「アニー、すぐに準備を」
「はい!」

 アニーと呼ばれたそばかすの看護師は、急ぎ足で奥の診察室へ向かった。残った黒髪の看護師は、赤茶毛の男を制止させながら、奥のシュタイン親分へ声を掛けた。

「シュタインさん、アドニス神父と。それからシャトーさんへ声を掛けてもらえますか? 孤児院も困るだろうけど、念のために連絡をして欲しいの」
「分かった! おい、アルベルトしっかりしろよォ!」

 その声に反応はなく、アルベルトは項垂れたままティニアを抱きしめている。シュタイン親分はアルベルトの肩を三度叩くと、気合を入れて教会と孤児院へ走っていった。

「う…………」
「ティニア、わかりますか? ここは診療所ですよ」
「しん、りょーじょ? どうして? 庭園に行くんじゃないの」
「後で行きましょう。これから足の怪我を見ますから、いいですね」
「……はい」

 ティニアが小さく頷いたとき、奥からアニー看護師の声が聞こえた。

「準備出来ました。マナもお願い!」
「わかったよ。ティニアさん、すぐ痛みが治まるからね」
「ッ…………!! まさか、切断するじゃ。や、やめてくれ。それだけは」
「落ち着いてください。そうしない為の処置です。そう、ゆっくりと呼吸をしてください。落ち着きましたか?」
「はい」

 アルベルトは返事をしつつ腹式呼吸を始めると、直ぐに落ち着きを取り戻した。レオン医師はすぐにアルベルトへ声をかけ、指示をしていく。

「大丈夫ですよ。ティニアが安心するでしょうから、貴方が診察台まで運んでいただけますか? ゆっくりで構いません。廊下は狭いので横向きで。ありがとう、アニー先導を」
「わかりました。こちらです」

 ティニアは既に目を閉じていたが、眠っているかのように静かな吐息を響かせていた。それでも、唇はかなり青く、痛々しい足の血痕が廊下を伝っていった。


 影が覆いつくし、大きな幻影が空を舞うように、空中を駆け巡る。

 空には天高々、月が当たり前のように大地をのぞき込み、そして、輝き続けるのだ。

 永遠の呪いのように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...