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第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」
④-13 イ短調 作品16 第二楽章への誘い①
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丸眼鏡を直しながら、白衣を身にまとったレオンは小さな診療所の医師である。シュタインアムラインでは比較的に旧市街に近く、こじんまりとしているものの、六人程が入院できる設備がある。
午前の業務を終えると、看護師の女性とカルテの整理を行っていた。最近雇われた女性、孤児院の職員であるティニアがカルテを整理してくれたことにより、スムーズに業務を終えるところだ。
「調合の腕もいいですし、合間でカルテの整理までしてくださって。本当に気配りの出来る方ですね」
そばかすの女性がカルテをファイリングしていくが、それもすぐに終えてしまった。彼女は前任の医師と共に診療所支えてくれていた看護師だ。
「そうですね。独自とはいえ、正規のルートで薬品もきちんと回ってきていますしね。他の病院よりも安価で安全だなんて、誰も思わないでしょう」
前任の医師が高齢であることと医師の母親の病により、突如引退が決まった。レオンは孤児であり、里親となった家族が医師の家系だったこともあり、自然と医学を学んだ。当然だが、そのまま医大へ進学した。
それでも里親の家系には長男と次男がおり、二人とも大変優秀な兄弟医師であり、二人の兄は揃って里親の病院を継いだのだ。
「なんでも、財団の顧客は数百年来続く、商人に連なるそうじゃないですか。それじゃあ、並みの流通ルートじゃ太刀打ちできませんよ」
「確かに。信頼度が明確に違うでしょうからね」
レオンも経営に誘われ、常駐の医師として勤務を求められていた。二人の兄はそれぞれ外科と内科に分かれており、二人で協力して業務にあたることで、両親を支えていたのだ。
養子のレオンにとって、里親の家族は輝かしく、そして何の闇も抱えていなかった。それだけが、レオンにとっての苦痛の種であったのだ。
トントンと書類を整えると、医師レオンは看護師に休憩に行かせた。
「さて、病棟の確認と食事の有無を見たら、僕も休憩しようかな」
ティニアの容態も安定しているようで、停止の発作もあれ以来見てはいない。それでも、彼女自身が診療所に来たことで一番効力を発揮したのは、薬品調合でも事務作業でもない。子供たちへの接し方だ。
孤児であるが故に、金銭が乏しく診療所に入院している子供が二人いるのだ。二人とも男の子だが、まるで女の子のように幼く痩せ細っていた。食事もきちんと提供されていたにしろ、他の入院患者と同じだったのだ。
すぐにティニアは食事を、孤児院で作った子供向けスープを持ち込んだ。毎日違う具沢山スープは子供にとってはご馳走だったようだ。食事制限などなかった為、味気ない病院食では食欲がそそられなかったのであろう。
二週間ほどで子供たちは元気になり、苦手な苦薬もティニアの前ではきちんと飲み切っている。また、絵本なども孤児院から何冊か持ち寄っており、孤児たちとも文通として文字を学ばせているのだ。
「……僕も孤児院出身なんだけどな」
「………………」
「あ。申し訳ない。つい独り言を。気にしないで下さ、痛ッ」
ガンッという鈍い音が響き、医師が眼鏡を直しつつ、オデコを抑えた。
「すみません。カーテンレールに。本当に驚かせてしまって」
入院患者の女性は、首を横に振りながら微笑んだ。女性は会話をすることが出来ず、無言で微笑んでいる。
「食事もとれたようで良かった。貴女も食事制限はありませんので、食事メニューについては改善していきますね」
女性は力なく頷くと、また微笑んだ。そして自分の右目をつついて見せた。
「? どうしました? あ、私の眼鏡が曲がってましたね。ははは、すみません。ありがとう。それではまた午後に」
長身の医師はカーテンレールを慎重に掴むと、ゆっくりと潜った。そのまま診察室へ戻ろうという時、診療所の入口から言い争う声が聞こえたのだ。看護師が慌ててレオンに声を掛けてくるが、かなりの焦りで動揺している。
「先生、大変です。急患です」
「すぐに行く」
別の看護師が慌てて制止する声が響き、慌ててレオンが駆け寄ると、入口では見覚えのある女性がぐったりしており、抱えた赤茶色の長身の男が血相を変えて訴えていた。
「待って、待ってください。落ち着いてください!!」
「足に添え木があって、腫れていて、酷く熱を持っている! 呼吸も浅いんだ。頼む、助けてくれ」
レオンは、いつか見た光景を思い出し、その場に凍り付いてしまった。
赤毛の男が、金髪の小柄の女性を胸に抱きよせ、助けてくれと訴える。
女性は力なく項垂れ、腕は宙に放棄されているのだ。
場面は変わり、女性の姿は無い。そして赤毛の男は力なく呟く。
「俺のせいだ」
冷たい風が大地に堕ち、水が失われた。光などない世界に闇だけが横たわる。
そしてその闇は月へと送られたのだ。仲間たちと共に――。
怒り狂った炎は、風でかき消されることもない。
炎々と天まで延びると、大地へ向かって矛先を向けたのだ。
午前の業務を終えると、看護師の女性とカルテの整理を行っていた。最近雇われた女性、孤児院の職員であるティニアがカルテを整理してくれたことにより、スムーズに業務を終えるところだ。
「調合の腕もいいですし、合間でカルテの整理までしてくださって。本当に気配りの出来る方ですね」
そばかすの女性がカルテをファイリングしていくが、それもすぐに終えてしまった。彼女は前任の医師と共に診療所支えてくれていた看護師だ。
「そうですね。独自とはいえ、正規のルートで薬品もきちんと回ってきていますしね。他の病院よりも安価で安全だなんて、誰も思わないでしょう」
前任の医師が高齢であることと医師の母親の病により、突如引退が決まった。レオンは孤児であり、里親となった家族が医師の家系だったこともあり、自然と医学を学んだ。当然だが、そのまま医大へ進学した。
それでも里親の家系には長男と次男がおり、二人とも大変優秀な兄弟医師であり、二人の兄は揃って里親の病院を継いだのだ。
「なんでも、財団の顧客は数百年来続く、商人に連なるそうじゃないですか。それじゃあ、並みの流通ルートじゃ太刀打ちできませんよ」
「確かに。信頼度が明確に違うでしょうからね」
レオンも経営に誘われ、常駐の医師として勤務を求められていた。二人の兄はそれぞれ外科と内科に分かれており、二人で協力して業務にあたることで、両親を支えていたのだ。
養子のレオンにとって、里親の家族は輝かしく、そして何の闇も抱えていなかった。それだけが、レオンにとっての苦痛の種であったのだ。
トントンと書類を整えると、医師レオンは看護師に休憩に行かせた。
「さて、病棟の確認と食事の有無を見たら、僕も休憩しようかな」
ティニアの容態も安定しているようで、停止の発作もあれ以来見てはいない。それでも、彼女自身が診療所に来たことで一番効力を発揮したのは、薬品調合でも事務作業でもない。子供たちへの接し方だ。
孤児であるが故に、金銭が乏しく診療所に入院している子供が二人いるのだ。二人とも男の子だが、まるで女の子のように幼く痩せ細っていた。食事もきちんと提供されていたにしろ、他の入院患者と同じだったのだ。
すぐにティニアは食事を、孤児院で作った子供向けスープを持ち込んだ。毎日違う具沢山スープは子供にとってはご馳走だったようだ。食事制限などなかった為、味気ない病院食では食欲がそそられなかったのであろう。
二週間ほどで子供たちは元気になり、苦手な苦薬もティニアの前ではきちんと飲み切っている。また、絵本なども孤児院から何冊か持ち寄っており、孤児たちとも文通として文字を学ばせているのだ。
「……僕も孤児院出身なんだけどな」
「………………」
「あ。申し訳ない。つい独り言を。気にしないで下さ、痛ッ」
ガンッという鈍い音が響き、医師が眼鏡を直しつつ、オデコを抑えた。
「すみません。カーテンレールに。本当に驚かせてしまって」
入院患者の女性は、首を横に振りながら微笑んだ。女性は会話をすることが出来ず、無言で微笑んでいる。
「食事もとれたようで良かった。貴女も食事制限はありませんので、食事メニューについては改善していきますね」
女性は力なく頷くと、また微笑んだ。そして自分の右目をつついて見せた。
「? どうしました? あ、私の眼鏡が曲がってましたね。ははは、すみません。ありがとう。それではまた午後に」
長身の医師はカーテンレールを慎重に掴むと、ゆっくりと潜った。そのまま診察室へ戻ろうという時、診療所の入口から言い争う声が聞こえたのだ。看護師が慌ててレオンに声を掛けてくるが、かなりの焦りで動揺している。
「先生、大変です。急患です」
「すぐに行く」
別の看護師が慌てて制止する声が響き、慌ててレオンが駆け寄ると、入口では見覚えのある女性がぐったりしており、抱えた赤茶色の長身の男が血相を変えて訴えていた。
「待って、待ってください。落ち着いてください!!」
「足に添え木があって、腫れていて、酷く熱を持っている! 呼吸も浅いんだ。頼む、助けてくれ」
レオンは、いつか見た光景を思い出し、その場に凍り付いてしまった。
赤毛の男が、金髪の小柄の女性を胸に抱きよせ、助けてくれと訴える。
女性は力なく項垂れ、腕は宙に放棄されているのだ。
場面は変わり、女性の姿は無い。そして赤毛の男は力なく呟く。
「俺のせいだ」
冷たい風が大地に堕ち、水が失われた。光などない世界に闇だけが横たわる。
そしてその闇は月へと送られたのだ。仲間たちと共に――。
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