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第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」
④-10 バルカローレ②
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ティニアはゆっくりと歩み出し、孤児院へ向かった。アルベルトが黙って後をついてくることに対し、ティニアは特に気に留めた様子は無かった。
その様子に、アルベルトは肩をすくめた。
孤児院の玄関で掃除をしていたシャトー婦人へ手紙を手渡すと、ティニアはスタスタと後にしてしまった。聞けば、ティニアの存在に気付くと子供たちがティニアを話さなくなるという。仕方ないなと思いつつ、アルベルトはティニアの後を追いかけず、後ろ姿を目で追っていた。
「ねえ、アルベルトさん」
「あ、はい」
ティニアから目を離さずにいたため、シャトー婦人はため息を付きつつ尋ねた。
「久しぶりに会ったんじゃないのかい」
「ええ、まあ。そうですね」
「追いかけないの?」
「迷惑でなければ、ね」
アルベルトは苦笑いを浮かべつつ、婦人へ軽く会釈した。その時、シャトー婦人のスカートの裾を引っ張る幼女の手には星の王子さまの絵本が握られていた。
「シャトーさん、ご本読んで」
「……では、俺はこれで」
「え、ああ。うん……」
アルベルトはティニアの後を小走りで追ったが、すぐに追いついてしまった。ティニアは振り返ることなく、ゆっくりと美しい旧市街を歩んでいった。
◇◇◇
ティニアはすぐに家路に付いたわけではなく、珍しく橋へ差し掛かり、ライン川を横断していった。アルベルトは多少の距離を置いたまま、後を追っていた。橋の中腹に差し掛かったところで、アルベルトが、早足でティニアのすぐ後ろへ迫った。
「なあ。迷惑なら、もう……」
「ん?」
ティニアは当たり前のように振り返ると、歩みを止めた。特に後を追っていたことに気づいていなかったわけでもなく、ただ相槌のために振り返ったのだ。
「俺、お前にとっては迷惑か」
「…………え。今?」
「場所を改めたほうがいいか?」
「ううん、そうじゃなくて」
ティニアは首を横に振ると、ライン川を見下ろした。キラキラと輝く川は町の象徴でもあり、自慢でもある。
「いま迷惑なら、本気で突き放してるよ。別に問題はないから何も言ってない。でもボクについてきても、別に面白いことはないよ」
「そうじゃない。そうじゃなくて、その……俺の存在が」
「……ああ」
気の抜けた、予想打にしなかった展開のような、そんな表情を浮かべると、ティニアは再びゆっくりと歩みだした。
「ごめん。ボクね、本当に興味がないんだよ。なんでそんなにボクにこだわるのかわからないけれど。男性なんかは皆すぐに諦めて、呆れてどこかへ行ってしまうよ。……で、普通に友人として最低限の接し方で、良い人ができたって報告してくるよ」
「最低なやつじゃないか」
「うん、ボクは最低かも」
「お前じゃなくて」
珍しく前のめりにゆっくりと歩むティニアは、普段よりも身長が低く見える。
「お前さ」
「なに?」
スタスタと、しかしゆっくりと歩み出したティニアは、背後の男に対し、然程興味はなさそうに相槌として返答した。川のせせらぎや5月の風は心地良く、シュタインアムラインを通り抜けていった。
「いきなり、そんな風にしおらしくなって。可愛すぎるんだが、俺はどうしたらいいんだ」
「はぁ?」
意表を突かれ、振り向きざまにもう一度信じられないと言わんばかりに声を上げた。
「はぁ!?」
照れるわけでもなく、片眉を上げると絶句してしまった女性は、その金髪を風になびかせて立ち止まった。
「なあ、俺がこんな事を言うのが、おかしいか」
「おかしいかと聞かれれば、可怪しいけど」
「そうか」
「……最近はどうしてたの?」
アルベルトは目線をライン川まで落とし、目を合わせようとはしなかった。
「気遣いは、いらないよ」
「聞かないほうがいいかと思ってたのに。……過去の清算をしてたんじゃないの」
「え」
その様子に、アルベルトは肩をすくめた。
孤児院の玄関で掃除をしていたシャトー婦人へ手紙を手渡すと、ティニアはスタスタと後にしてしまった。聞けば、ティニアの存在に気付くと子供たちがティニアを話さなくなるという。仕方ないなと思いつつ、アルベルトはティニアの後を追いかけず、後ろ姿を目で追っていた。
「ねえ、アルベルトさん」
「あ、はい」
ティニアから目を離さずにいたため、シャトー婦人はため息を付きつつ尋ねた。
「久しぶりに会ったんじゃないのかい」
「ええ、まあ。そうですね」
「追いかけないの?」
「迷惑でなければ、ね」
アルベルトは苦笑いを浮かべつつ、婦人へ軽く会釈した。その時、シャトー婦人のスカートの裾を引っ張る幼女の手には星の王子さまの絵本が握られていた。
「シャトーさん、ご本読んで」
「……では、俺はこれで」
「え、ああ。うん……」
アルベルトはティニアの後を小走りで追ったが、すぐに追いついてしまった。ティニアは振り返ることなく、ゆっくりと美しい旧市街を歩んでいった。
◇◇◇
ティニアはすぐに家路に付いたわけではなく、珍しく橋へ差し掛かり、ライン川を横断していった。アルベルトは多少の距離を置いたまま、後を追っていた。橋の中腹に差し掛かったところで、アルベルトが、早足でティニアのすぐ後ろへ迫った。
「なあ。迷惑なら、もう……」
「ん?」
ティニアは当たり前のように振り返ると、歩みを止めた。特に後を追っていたことに気づいていなかったわけでもなく、ただ相槌のために振り返ったのだ。
「俺、お前にとっては迷惑か」
「…………え。今?」
「場所を改めたほうがいいか?」
「ううん、そうじゃなくて」
ティニアは首を横に振ると、ライン川を見下ろした。キラキラと輝く川は町の象徴でもあり、自慢でもある。
「いま迷惑なら、本気で突き放してるよ。別に問題はないから何も言ってない。でもボクについてきても、別に面白いことはないよ」
「そうじゃない。そうじゃなくて、その……俺の存在が」
「……ああ」
気の抜けた、予想打にしなかった展開のような、そんな表情を浮かべると、ティニアは再びゆっくりと歩みだした。
「ごめん。ボクね、本当に興味がないんだよ。なんでそんなにボクにこだわるのかわからないけれど。男性なんかは皆すぐに諦めて、呆れてどこかへ行ってしまうよ。……で、普通に友人として最低限の接し方で、良い人ができたって報告してくるよ」
「最低なやつじゃないか」
「うん、ボクは最低かも」
「お前じゃなくて」
珍しく前のめりにゆっくりと歩むティニアは、普段よりも身長が低く見える。
「お前さ」
「なに?」
スタスタと、しかしゆっくりと歩み出したティニアは、背後の男に対し、然程興味はなさそうに相槌として返答した。川のせせらぎや5月の風は心地良く、シュタインアムラインを通り抜けていった。
「いきなり、そんな風にしおらしくなって。可愛すぎるんだが、俺はどうしたらいいんだ」
「はぁ?」
意表を突かれ、振り向きざまにもう一度信じられないと言わんばかりに声を上げた。
「はぁ!?」
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「なあ、俺がこんな事を言うのが、おかしいか」
「おかしいかと聞かれれば、可怪しいけど」
「そうか」
「……最近はどうしてたの?」
アルベルトは目線をライン川まで落とし、目を合わせようとはしなかった。
「気遣いは、いらないよ」
「聞かないほうがいいかと思ってたのに。……過去の清算をしてたんじゃないの」
「え」
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