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第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」
④-9 バルカローレ①
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「ティニアお姉ちゃん、またね~」
「お姉ちゃん、また絵本読んでね」
「ほいほい、またねー!」
ティニアは午前中に診療所の勤務が終わると、午後から孤児院へ向かうようになっていた。
診療所に入院している2人の子どもたちは、すぐにティニアに懐いたため、苦い薬も頑張るようになっていた。医師であるレオンもこれには舌を巻いている。
だからこそ、ティニアの居ない夜の薬は、中々飲み込めないという。
孤児院の子供たちと入院中の子供たちは、文字の練習にと文通をはじめた。結果、すぐに仲良くなった。手紙の配達もティニアが行っており、今も2人の手紙が、ティニアの手の本に大切に挟まれている。
「ティニア」
不意に声を掛けられたが、ティニアは同時過ぎて何も反応を返すことが出来ず、そのままゆっくりと歩み続けると、後方から再び声が掛けられた。
「本気で嫌そうにするじゃないか。久々だっていうのに」
再度発せられた男の声は戯けているものの、焦りがうかがえる。いつの日かのように、紳士風に振舞うことも無く、いたって普通に話しかけているにも関わらずだ。それに対し、ティニアも動揺を隠すように、声の主に反応をかえした。
「なに?」
無表情で振り返るティニアは冷徹そうな見た目の通り、彼女を知らない者なら凍りついただろう。
「どうしたんだ。えらく機嫌が悪いじゃないか」
男アルベルトは対して気に障らないかのように振る舞い、ティニアの肩に腕を回した。
「べつに。もう僕の事は諦めたのかと思って」
「諦めるも何も、まだ何も」
「君さあ、馴れ馴れしくない?」
「俺はそうは思わないな。ピアノまで聴かせてもらった仲じゃないか」
アルベルトはティニアの前に手を差し出した。ティニアの碧い瞳が強く呼応する。
「なに?」
「御荷物、お持ちしますよ」
「はいはい。その口調を改めたらね」
ティニアはサラリと目線を逸らすと、気だるそうに呟いた。そのままサラリと長身男を躱そうとしたものの、すぐに男は手を喫茶店へ向け直し、自らの胸に手を当てると、軽く会釈した。
「お茶でも行かないか?」
「……ボク、割と忙しいんだよね」
「どうしたんだよ、いつもの返しはどうしたんだ。ボケにキレがないぞ」
「ボケってなに。なんか用事があるの?」
ティニアは両手で抱えた本を強く握ると、アルベルトを見上げた。漸く視線が重なったものの、金髪碧眼の女性は鋭い目つきで睨みつけた。
「うーん、ティニアは結構、背が低いんだな」
アルベルトは自身の頭上から手のひらをヒラヒラさせ、身長を比べようとしたが、ティニアは脅えたように両手で本をさらに強く握ったため、男は煽ることを止めた。
「しばらく見かけなかっただろ、心配してたか?」
「マリアは心配してたよ」
アルベルトは寂しそうな表情を堪えつつ苦笑いすると、ゆっくりと手を差し出した。
「本が大事なら、鞄を持つよ」
ティニアはハッとしたように口を緩ませると、子供のようにプイッとそっぽを向いてしまった。
「君のこと、信用してないから。お構いなく」
「なんだよ。ピアノの弾き語りを聴いた仲じゃないか」
「だからなんなの、それ。ボクが勝手に弾いてただけじゃん。んもー、なんなの? ボクはもう孤児院に行かなきゃ行けないんだよお」
「今日、お前は休みだって聞いたぞ」
「…………ほんと、何処からそういう情報、聞いてきてるの? 用事があるだけだよ」
アルベルトの手をパシッと軽く叩いて断ったが、肩にかけてあった鞄が落ちかけてしまった。ティニアが気にかけて鞄を手に持ち直そうとしてしまったため、片手だけで持っていた本が地面に落ちてしまった。
「あっ、ごめん! ボクとしたことが……」
「あーもう、何してんだよ」
アルベルトが屈んで拾い上げたとき、挟んであった手紙が二通、地面へ落下した。
「ああ!」
ティニアは慌てて子供たちの手紙拾い上げようとしたものの、そのまま硬直したように止まってしまった。
「なんだよ、ラブレター隠してたのか? あいも変わらずオモテになるようで」
「違うよ。孤児院の子供たち宛だよ。診療所の子たちと文通してるの」
「ああ、そういう」
「……。それで、なんの用事?」
「お茶でもどうだ?」
「…………。お一人でどうぞ」
本と手紙を受け取りながら、さも興味なさそうに話す女性に、アルベルトも根負けしてしまった。
「はぐらかしてばかりじゃないか。俺が他の女性とお茶していていいのか?」
「女性が可哀想かな」
「あのなぁ……」
「ボクは興味が無いんだよ」
「俺に?」
「もう孤児院行かなきゃ」
「だから今日は……あぁ、手紙届けるのか」
「うん」
「お姉ちゃん、また絵本読んでね」
「ほいほい、またねー!」
ティニアは午前中に診療所の勤務が終わると、午後から孤児院へ向かうようになっていた。
診療所に入院している2人の子どもたちは、すぐにティニアに懐いたため、苦い薬も頑張るようになっていた。医師であるレオンもこれには舌を巻いている。
だからこそ、ティニアの居ない夜の薬は、中々飲み込めないという。
孤児院の子供たちと入院中の子供たちは、文字の練習にと文通をはじめた。結果、すぐに仲良くなった。手紙の配達もティニアが行っており、今も2人の手紙が、ティニアの手の本に大切に挟まれている。
「ティニア」
不意に声を掛けられたが、ティニアは同時過ぎて何も反応を返すことが出来ず、そのままゆっくりと歩み続けると、後方から再び声が掛けられた。
「本気で嫌そうにするじゃないか。久々だっていうのに」
再度発せられた男の声は戯けているものの、焦りがうかがえる。いつの日かのように、紳士風に振舞うことも無く、いたって普通に話しかけているにも関わらずだ。それに対し、ティニアも動揺を隠すように、声の主に反応をかえした。
「なに?」
無表情で振り返るティニアは冷徹そうな見た目の通り、彼女を知らない者なら凍りついただろう。
「どうしたんだ。えらく機嫌が悪いじゃないか」
男アルベルトは対して気に障らないかのように振る舞い、ティニアの肩に腕を回した。
「べつに。もう僕の事は諦めたのかと思って」
「諦めるも何も、まだ何も」
「君さあ、馴れ馴れしくない?」
「俺はそうは思わないな。ピアノまで聴かせてもらった仲じゃないか」
アルベルトはティニアの前に手を差し出した。ティニアの碧い瞳が強く呼応する。
「なに?」
「御荷物、お持ちしますよ」
「はいはい。その口調を改めたらね」
ティニアはサラリと目線を逸らすと、気だるそうに呟いた。そのままサラリと長身男を躱そうとしたものの、すぐに男は手を喫茶店へ向け直し、自らの胸に手を当てると、軽く会釈した。
「お茶でも行かないか?」
「……ボク、割と忙しいんだよね」
「どうしたんだよ、いつもの返しはどうしたんだ。ボケにキレがないぞ」
「ボケってなに。なんか用事があるの?」
ティニアは両手で抱えた本を強く握ると、アルベルトを見上げた。漸く視線が重なったものの、金髪碧眼の女性は鋭い目つきで睨みつけた。
「うーん、ティニアは結構、背が低いんだな」
アルベルトは自身の頭上から手のひらをヒラヒラさせ、身長を比べようとしたが、ティニアは脅えたように両手で本をさらに強く握ったため、男は煽ることを止めた。
「しばらく見かけなかっただろ、心配してたか?」
「マリアは心配してたよ」
アルベルトは寂しそうな表情を堪えつつ苦笑いすると、ゆっくりと手を差し出した。
「本が大事なら、鞄を持つよ」
ティニアはハッとしたように口を緩ませると、子供のようにプイッとそっぽを向いてしまった。
「君のこと、信用してないから。お構いなく」
「なんだよ。ピアノの弾き語りを聴いた仲じゃないか」
「だからなんなの、それ。ボクが勝手に弾いてただけじゃん。んもー、なんなの? ボクはもう孤児院に行かなきゃ行けないんだよお」
「今日、お前は休みだって聞いたぞ」
「…………ほんと、何処からそういう情報、聞いてきてるの? 用事があるだけだよ」
アルベルトの手をパシッと軽く叩いて断ったが、肩にかけてあった鞄が落ちかけてしまった。ティニアが気にかけて鞄を手に持ち直そうとしてしまったため、片手だけで持っていた本が地面に落ちてしまった。
「あっ、ごめん! ボクとしたことが……」
「あーもう、何してんだよ」
アルベルトが屈んで拾い上げたとき、挟んであった手紙が二通、地面へ落下した。
「ああ!」
ティニアは慌てて子供たちの手紙拾い上げようとしたものの、そのまま硬直したように止まってしまった。
「なんだよ、ラブレター隠してたのか? あいも変わらずオモテになるようで」
「違うよ。孤児院の子供たち宛だよ。診療所の子たちと文通してるの」
「ああ、そういう」
「……。それで、なんの用事?」
「お茶でもどうだ?」
「…………。お一人でどうぞ」
本と手紙を受け取りながら、さも興味なさそうに話す女性に、アルベルトも根負けしてしまった。
「はぐらかしてばかりじゃないか。俺が他の女性とお茶していていいのか?」
「女性が可哀想かな」
「あのなぁ……」
「ボクは興味が無いんだよ」
「俺に?」
「もう孤児院行かなきゃ」
「だから今日は……あぁ、手紙届けるのか」
「うん」
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