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第四輪「孤独と孤立と、猜疑心」
④ー3 ヒツジをエガく
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部屋の片付けは男が二人掛けで行ったためすぐに終わった。
アルベルトは言葉通り、羨ましく好ましい関係で在ると考えているようで、ミュラーの惚気を楽しそうに聞いては尋ねていた。アルベルトはティニアへの想いは語らなかったが、マリアがチクったことでミュラーの旦那はよりアルベルトへ興味を示していた。
マリアが花束を五つ作り終える頃には、二人の男はガッチリと固い握手を交わし、ため口で話していたのだから、驚きである。
「アルベルト、お前本当に良い奴じゃないか。理解力もある上に、聞き上手とはな」
「いや。奥方がミュラーさんにとって、それだけ魅力的なんだろ。羨ましいよ」
「それは当然だ。しかし、お前さんがティニアか…………。ティニアは難攻不落だろう」
「ははは、そうだな。では、片付けも終えたので、俺はこれで」
「え、待ってよ。もう帰るの?」
マリアが玄関の間に立ちふさがったため、アルベルトは驚くとともに手で静止した。
「どうしたんだ。用事でもあったか?」
「用事っていうか、ティニアに会いに来たんじゃないの?」
「いや。今日伺ったのも、片付けの為だったんだ。ティニア目的で片づけを後回しにしたわけじゃない」
「もう少しで帰ってくるわ。今日、ティニアは早帰りなのよ。待ってあげてよ」
二人の様子を眺めていたミュラーは、思わず余計な手間を加えたくなり、ニヤニヤしながら呟いた。
「なーんだ。マリアに気があって、彼を呼び止めた理由じゃないのか」
「なんでそうなるのよ。あなたたち、ずっと誰の理想の何を話していたの。私なんて、二人の理想とは真逆じゃない」
「アルベルトはどうなんだ? マリアだよ」
アルベルトがポカンとして意味がわからずにいた為、マリアは逆に恥ずかしくなり、赤面してしまった。それを好意と受け取られない様、言葉を選ぶために間をおいてしまった。
「マリア、お前やっぱり俺に……」
「ちょっと! だから本人の前でやめてくれない?」
「本気で嫌そうな顔するなよ……。遠慮ないなぁ」
「息がピッタリじゃないか。相性は良さそうだが」
「無理」
手でハッキリと意思表示も加えると、マリアはその手で時計を指さした。
「三十分もしないで、ティニアも帰ってくるわ」
「いや。ここに来る前に会ったんだ」
予想外の展開に、マリアだけでなくミュラーも口を開けたまま立ち尽くした。
「え、そうなの? 会ったって、どこで?」
「教会で……」
「おい、聞かないでやれよ。ティニアにもプライベートっていうのがな」
「ねえ、教会で何を話してたの? ティニアの様子は?」
「おい……」
マリアの思い詰めた表情での接近にただ事ではないことを感じたミュラーだったが、知り合ったばかりの男、アルベルトは気遣いのプロであった。
「ティニアと何かあったのか?」
「ん……えと…………」
マリアは朝のやり取りを話すと、自信を無くしたように俯き、ソファーへ座り込んだ。ミュラーの旦那は心当たりがあったのか、神妙な面持ちで無言を貫いていたのだ。となれば気遣いのプロしか、マリアをフォロー出来ない。
「壁を作っていたのは、ティニアではなかった。それは遠慮ではなく、あいつを受け止めきれない自信だけがあったから、か」
「……うん」
マリアはティニアの部屋の扉を見つめた。
「抱えていること、背負っていること。それから、成し遂げたいこと。たくさん、話していてくれていたのに。くまちゃんのぬいぐるみだって」
ミュラーも自覚が前から存在していたかのように、思い詰めた表情のまま俯向いた。
「マリア……。俺も、妻もそうだ。目の前の自分のことばかりに気を取られて、平和ボケしていたんだ。過去を振り返らず、好きに生きてたよ。ティニアにとっての過去は、大切な思い出の一つだったんだ」
ミュラーの旦那はそういうと煙草に手を掛けたが、すぐに吸うのをやめて胸ポケットから手を離した。マリアが煙を嫌っているのを思い出したからだ。
「そうね。過去に囚われすぎても良くないわ。でも、現実にあったことなの。なくなったりなんてしない。それに過去だもの。生きていくだけでどんどん増えていって、抱えきれなくなるんだわ。ティニア、言ってたよね。一度飲み込んで、噛み砕いて、糧にして前に進むんだって」
アルベルトはマリアの作った花束を一つ手に取った。アイリスの花束だ。
「最近知り合ったばかりだから、あえて言わせてもらうが」
アルベルトは尚も花束を、花びらを見つめた。
「自分のことを受け止められるのは、自分だけだ。周りができることは、本人と同じじゃない。道を外さぬように見守り、支えることだけだ。全部を抱えようなんて思うからダメなんだろ。決めるのはティニアであって、お前たちじゃない。皆があいつを好き過ぎるんだ。あいつはお前らに全部抱えてほしいとか、分けたいとも思ってないだろ」
「それは、……そうだろうけど」
嗚咽のような嘆きは、花から目線を逸らす理由には充分だった。
「言っておくが、俺はあいつも、あいつも俺の事、それからお前らのこともほとんど何も知らないぞ。お前らが好きすぎて、わからなくなってるだけだろう」
「そうかも。ごめんなさい、ありがとう」
「いや、別に大したことは」
「アルベルト。お前、歳は幾つだ」
「「えっ!?」」
いきなり何を、という二人の問いかけに対し、ミュラーは続けた。
「随分達観してるじゃないか。今年で28歳、とかか?」
「それくらいだ。孤児だから正確にはわからないんだが、戸籍では30歳にされている。が、どうかしたか?」
空気が重くなり、息苦しくなると、ミュラーからは汗が滴り落ちた。さほど暑くはない室内である。ミュラーが怪訝な顔でようやく口を割る。
「お前………………」
「ど、どうしたの、ミュラーさん……」
「いや、マリア。コイツは、アルベルトは……」
さすがのアルベルトも警戒したのか、気配が無になった。マリアでも動きが読めない。
「アルベルト、お前。俺とタメじゃないか」
「へ?」
「は?」
「ミュラーさん、私の緊張を返してくれる? いかにもな空気にしておいて、それなの?」
マリアは気が抜けしまい、近くのソファーに座り込んだ。アルベルトも疲れたようにソファーへ続いた。
「大事なことだろう!!」
「……そうっすね」
「そう、なの……………………?」
「で、アルベルトはどこに住んでいるんだ」
「え」
アルベルトは言葉通り、羨ましく好ましい関係で在ると考えているようで、ミュラーの惚気を楽しそうに聞いては尋ねていた。アルベルトはティニアへの想いは語らなかったが、マリアがチクったことでミュラーの旦那はよりアルベルトへ興味を示していた。
マリアが花束を五つ作り終える頃には、二人の男はガッチリと固い握手を交わし、ため口で話していたのだから、驚きである。
「アルベルト、お前本当に良い奴じゃないか。理解力もある上に、聞き上手とはな」
「いや。奥方がミュラーさんにとって、それだけ魅力的なんだろ。羨ましいよ」
「それは当然だ。しかし、お前さんがティニアか…………。ティニアは難攻不落だろう」
「ははは、そうだな。では、片付けも終えたので、俺はこれで」
「え、待ってよ。もう帰るの?」
マリアが玄関の間に立ちふさがったため、アルベルトは驚くとともに手で静止した。
「どうしたんだ。用事でもあったか?」
「用事っていうか、ティニアに会いに来たんじゃないの?」
「いや。今日伺ったのも、片付けの為だったんだ。ティニア目的で片づけを後回しにしたわけじゃない」
「もう少しで帰ってくるわ。今日、ティニアは早帰りなのよ。待ってあげてよ」
二人の様子を眺めていたミュラーは、思わず余計な手間を加えたくなり、ニヤニヤしながら呟いた。
「なーんだ。マリアに気があって、彼を呼び止めた理由じゃないのか」
「なんでそうなるのよ。あなたたち、ずっと誰の理想の何を話していたの。私なんて、二人の理想とは真逆じゃない」
「アルベルトはどうなんだ? マリアだよ」
アルベルトがポカンとして意味がわからずにいた為、マリアは逆に恥ずかしくなり、赤面してしまった。それを好意と受け取られない様、言葉を選ぶために間をおいてしまった。
「マリア、お前やっぱり俺に……」
「ちょっと! だから本人の前でやめてくれない?」
「本気で嫌そうな顔するなよ……。遠慮ないなぁ」
「息がピッタリじゃないか。相性は良さそうだが」
「無理」
手でハッキリと意思表示も加えると、マリアはその手で時計を指さした。
「三十分もしないで、ティニアも帰ってくるわ」
「いや。ここに来る前に会ったんだ」
予想外の展開に、マリアだけでなくミュラーも口を開けたまま立ち尽くした。
「え、そうなの? 会ったって、どこで?」
「教会で……」
「おい、聞かないでやれよ。ティニアにもプライベートっていうのがな」
「ねえ、教会で何を話してたの? ティニアの様子は?」
「おい……」
マリアの思い詰めた表情での接近にただ事ではないことを感じたミュラーだったが、知り合ったばかりの男、アルベルトは気遣いのプロであった。
「ティニアと何かあったのか?」
「ん……えと…………」
マリアは朝のやり取りを話すと、自信を無くしたように俯き、ソファーへ座り込んだ。ミュラーの旦那は心当たりがあったのか、神妙な面持ちで無言を貫いていたのだ。となれば気遣いのプロしか、マリアをフォロー出来ない。
「壁を作っていたのは、ティニアではなかった。それは遠慮ではなく、あいつを受け止めきれない自信だけがあったから、か」
「……うん」
マリアはティニアの部屋の扉を見つめた。
「抱えていること、背負っていること。それから、成し遂げたいこと。たくさん、話していてくれていたのに。くまちゃんのぬいぐるみだって」
ミュラーも自覚が前から存在していたかのように、思い詰めた表情のまま俯向いた。
「マリア……。俺も、妻もそうだ。目の前の自分のことばかりに気を取られて、平和ボケしていたんだ。過去を振り返らず、好きに生きてたよ。ティニアにとっての過去は、大切な思い出の一つだったんだ」
ミュラーの旦那はそういうと煙草に手を掛けたが、すぐに吸うのをやめて胸ポケットから手を離した。マリアが煙を嫌っているのを思い出したからだ。
「そうね。過去に囚われすぎても良くないわ。でも、現実にあったことなの。なくなったりなんてしない。それに過去だもの。生きていくだけでどんどん増えていって、抱えきれなくなるんだわ。ティニア、言ってたよね。一度飲み込んで、噛み砕いて、糧にして前に進むんだって」
アルベルトはマリアの作った花束を一つ手に取った。アイリスの花束だ。
「最近知り合ったばかりだから、あえて言わせてもらうが」
アルベルトは尚も花束を、花びらを見つめた。
「自分のことを受け止められるのは、自分だけだ。周りができることは、本人と同じじゃない。道を外さぬように見守り、支えることだけだ。全部を抱えようなんて思うからダメなんだろ。決めるのはティニアであって、お前たちじゃない。皆があいつを好き過ぎるんだ。あいつはお前らに全部抱えてほしいとか、分けたいとも思ってないだろ」
「それは、……そうだろうけど」
嗚咽のような嘆きは、花から目線を逸らす理由には充分だった。
「言っておくが、俺はあいつも、あいつも俺の事、それからお前らのこともほとんど何も知らないぞ。お前らが好きすぎて、わからなくなってるだけだろう」
「そうかも。ごめんなさい、ありがとう」
「いや、別に大したことは」
「アルベルト。お前、歳は幾つだ」
「「えっ!?」」
いきなり何を、という二人の問いかけに対し、ミュラーは続けた。
「随分達観してるじゃないか。今年で28歳、とかか?」
「それくらいだ。孤児だから正確にはわからないんだが、戸籍では30歳にされている。が、どうかしたか?」
空気が重くなり、息苦しくなると、ミュラーからは汗が滴り落ちた。さほど暑くはない室内である。ミュラーが怪訝な顔でようやく口を割る。
「お前………………」
「ど、どうしたの、ミュラーさん……」
「いや、マリア。コイツは、アルベルトは……」
さすがのアルベルトも警戒したのか、気配が無になった。マリアでも動きが読めない。
「アルベルト、お前。俺とタメじゃないか」
「へ?」
「は?」
「ミュラーさん、私の緊張を返してくれる? いかにもな空気にしておいて、それなの?」
マリアは気が抜けしまい、近くのソファーに座り込んだ。アルベルトも疲れたようにソファーへ続いた。
「大事なことだろう!!」
「……そうっすね」
「そう、なの……………………?」
「で、アルベルトはどこに住んでいるんだ」
「え」
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