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第三輪「とある、一つの約束と」
③-13 あめだま③
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「予約時間、でしょう」
「いや、予約時間より15分は早かったよ。だから待つつもりだったし、そう伝えたよ。だから先生は病棟に居たんでしょ」
「看護師に名前を」
「まだ名乗ってないよ。まあ看護師さんは僕を知っているだろうけれど。約束まで待てるから、中で待ってていいかを聞いただけ。意地悪を言ってごめんね」
ティニアの言葉に、医師は口元を軽く抑えると記憶を呼び起こした。
「そうだ、時間までお客様が待合室で待たれるそうです、とだけ」
「そうでしょう。いやね、ボクを見て驚いて、頭をぶつけたのなら謝ろうかなって思ってさ」
「それはいつもなので。…………あれ、その時もぶつけてました?」
「うん。鈍い音と小さい悲鳴が」
「はて………」
医師は首をかしげながら腕を組む。
「先生も、僕と同じ症状なんじゃない」
「いえ、流石にそんなことがあれば、看護師たちが黙っていませんよ」
「確かに」
「ただ……」
医師は眼鏡を外すと、そのまま眼鏡を上へ掲げた。
「ただ?」
「ただ、貴女はティニアという方だと、思って……」
「初めて会うよね。子供たちを連れてきた時は、見送りだけで診療所の中へは入らなかった。僕はすぐに洗濯物と格闘しなくちゃいけなかったからね」
「はい、初対面の筈です」
ティニアは無表情のまま、医師の胸に表示された名札に目を向ける。その名札を見つめたまま、ティニアは呟いた。
「ボクは最初、先生を見たときに先生じゃないと思った」
「え?」
医師がティニアを見つめたが、医師は裸眼のまま、眼鏡を持ったてをテーブルまで下げた。
「新任の先生は、レオンって名前だって聞いてたからね」
「…………はい? 私が、そのレオンですが」
「うん。名札見てびっくりしたよ。だって」
ティニアはいたずらそうにニヤリと笑うと、名札を指さした。
「先生、前は違う名前だったんじゃない」
「……いえ、名前は変わっておりませんが」
「先生、孤児だったんだってね」
「そうですが、名前は変わっておりませんよ。地方によって、読み方が若干異なるようですが、レオンはレオンです。…………失礼だとは思いますが」
レオン医師は眼鏡を改めて掛け直し、ティニアという女性を見つめた。
「何方かと、お間違えでは?」
「いや、先生だよ」
雨が上がり、光が差し込むと同時に、正午を知らせる鐘が鳴る。
その音は、医師の耳には届かなかった。
「先生さ、若いのに大抜擢だったんだよね」
「………………」
ティニアは診察室を眺めると、包帯やガーゼが最小限に置かれているのを確認した。そして、立ち上がると窓の外を眺めた。
「くだらない闘争心や嫉妬心によって、必要な薬が手に入ってないんだってね」
「…………」
「ボクさ、薬剤調合の資格があるんだよ。ちゃんとしたルートでの取得だから安心してね。財団は元々商売が主だってたから、その過程で取るように言われてたの」
「……君は、診察に来たのではないのですか」
「診察に来たよ。今はもう診察時間が終わって、正午を過ぎたでしょ」
前髪がティニアの青い目にかかり、彼女は自然と前髪を揺らした。
「孤児院さ、午前中に何人か入るの。ボクはしばらく午後からなんだ。だから、日中が暇なんだよね」
肩に届かないほどの金髪を揺らめかせ、女性は雨上がりの光に照らされると瞳までもが煌めき、反射によって瞳は金色を囁く。
「無理はしないから、ボクを午前中の間、ここに置いてよ。先生達が居るなら、皆も反対はしない」
目線が合うことは無いものの、レオンはティニアを眺めていた。ティニアはレオンの寄り遠くを見つめている。
「財団の薬剤調達ルートは正規のものだよ。調べて貰って構わない。薬剤の調達も調合も、ボクが一人で出来るけど、元から居る職員さんとやったら楽だよね。その代わり、孤児院の診察は優先してね」
「ふふ、なるほど。そういうことですか。なんやかんや、あざとい方なのですね」
「だあーって、暇なんだもん。やることが無いのに休めって言われたって、ボクは何かやりたいよ。それにボクがここに居れば、皆安心するし、子供達も遠慮無く診察に来られるじゃん、良いことしかないよ! ね?」
目の前の女性は少女のように、無邪気に笑ってみせると、そのまま窓の向こうを見つめた。
晴れ渡る空へ鳥が羽ばたく音によって、医師は女性の嘆願を受け入れた。
「いや、予約時間より15分は早かったよ。だから待つつもりだったし、そう伝えたよ。だから先生は病棟に居たんでしょ」
「看護師に名前を」
「まだ名乗ってないよ。まあ看護師さんは僕を知っているだろうけれど。約束まで待てるから、中で待ってていいかを聞いただけ。意地悪を言ってごめんね」
ティニアの言葉に、医師は口元を軽く抑えると記憶を呼び起こした。
「そうだ、時間までお客様が待合室で待たれるそうです、とだけ」
「そうでしょう。いやね、ボクを見て驚いて、頭をぶつけたのなら謝ろうかなって思ってさ」
「それはいつもなので。…………あれ、その時もぶつけてました?」
「うん。鈍い音と小さい悲鳴が」
「はて………」
医師は首をかしげながら腕を組む。
「先生も、僕と同じ症状なんじゃない」
「いえ、流石にそんなことがあれば、看護師たちが黙っていませんよ」
「確かに」
「ただ……」
医師は眼鏡を外すと、そのまま眼鏡を上へ掲げた。
「ただ?」
「ただ、貴女はティニアという方だと、思って……」
「初めて会うよね。子供たちを連れてきた時は、見送りだけで診療所の中へは入らなかった。僕はすぐに洗濯物と格闘しなくちゃいけなかったからね」
「はい、初対面の筈です」
ティニアは無表情のまま、医師の胸に表示された名札に目を向ける。その名札を見つめたまま、ティニアは呟いた。
「ボクは最初、先生を見たときに先生じゃないと思った」
「え?」
医師がティニアを見つめたが、医師は裸眼のまま、眼鏡を持ったてをテーブルまで下げた。
「新任の先生は、レオンって名前だって聞いてたからね」
「…………はい? 私が、そのレオンですが」
「うん。名札見てびっくりしたよ。だって」
ティニアはいたずらそうにニヤリと笑うと、名札を指さした。
「先生、前は違う名前だったんじゃない」
「……いえ、名前は変わっておりませんが」
「先生、孤児だったんだってね」
「そうですが、名前は変わっておりませんよ。地方によって、読み方が若干異なるようですが、レオンはレオンです。…………失礼だとは思いますが」
レオン医師は眼鏡を改めて掛け直し、ティニアという女性を見つめた。
「何方かと、お間違えでは?」
「いや、先生だよ」
雨が上がり、光が差し込むと同時に、正午を知らせる鐘が鳴る。
その音は、医師の耳には届かなかった。
「先生さ、若いのに大抜擢だったんだよね」
「………………」
ティニアは診察室を眺めると、包帯やガーゼが最小限に置かれているのを確認した。そして、立ち上がると窓の外を眺めた。
「くだらない闘争心や嫉妬心によって、必要な薬が手に入ってないんだってね」
「…………」
「ボクさ、薬剤調合の資格があるんだよ。ちゃんとしたルートでの取得だから安心してね。財団は元々商売が主だってたから、その過程で取るように言われてたの」
「……君は、診察に来たのではないのですか」
「診察に来たよ。今はもう診察時間が終わって、正午を過ぎたでしょ」
前髪がティニアの青い目にかかり、彼女は自然と前髪を揺らした。
「孤児院さ、午前中に何人か入るの。ボクはしばらく午後からなんだ。だから、日中が暇なんだよね」
肩に届かないほどの金髪を揺らめかせ、女性は雨上がりの光に照らされると瞳までもが煌めき、反射によって瞳は金色を囁く。
「無理はしないから、ボクを午前中の間、ここに置いてよ。先生達が居るなら、皆も反対はしない」
目線が合うことは無いものの、レオンはティニアを眺めていた。ティニアはレオンの寄り遠くを見つめている。
「財団の薬剤調達ルートは正規のものだよ。調べて貰って構わない。薬剤の調達も調合も、ボクが一人で出来るけど、元から居る職員さんとやったら楽だよね。その代わり、孤児院の診察は優先してね」
「ふふ、なるほど。そういうことですか。なんやかんや、あざとい方なのですね」
「だあーって、暇なんだもん。やることが無いのに休めって言われたって、ボクは何かやりたいよ。それにボクがここに居れば、皆安心するし、子供達も遠慮無く診察に来られるじゃん、良いことしかないよ! ね?」
目の前の女性は少女のように、無邪気に笑ってみせると、そのまま窓の向こうを見つめた。
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