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第三輪「とある、一つの約束と」
③-11 あめだま①
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ティニアはアルベルトを連れ、孤児院を出ると間の中庭を通って教会を訪れた。教会の前に来たところで、アルベルトは早足で歩み出ると、扉を開けようと手を掲げたが、彼女の声に止められた。
「今はボクが開けた方が良いよ」
「どうしてだ」
「ボクが君を案内して連れてきた、という建前の為かな。アドニスがもう戻ってるかもしれないじゃん。誤解して騒ぐかも」
「ああ。俺の行いが変なのかと思ったよ」
アルベルトは孤児院の方へ目線を送るが、もう誰もこちらを見てはいない。風はないものの、雨音が周囲を騒ぎたてていた。
「ふふふ。やりたいなら、今度やればいいよ。今はボクが開けるね」
ティニアは手で雨に濡れるから早く入ろうと促すと扉を開け、アルベルトを中へ入るよう促した。
教会内には、アルベルトが先ほど見かけた老夫婦がおり、老婆が椅子から立ち上がる所だった。それを痩せた老紳士が支えるように手をかざしていたのだ。
老紳士は長身男の背後にいるティニアに気付き、帽子を取るために向きを変え、手を動かそうとしていた。
「そのまま!」
ティニアの声に、老紳士が慌てて老婆に目線を向けた。老婆は老紳士の腕をすり抜け、体勢を崩してしまった。慌てて支えようとした老紳士が手前へ出たものの、すぐに胸を掴むと痛み出した。
老紳士はそれでも手をかざしたが、その時にはもう老婆がお姫様のように長身の男、アルベルトに抱えられていた。後方で扉を押さえていたティニアは出遅れてしまったが、もう彼等に追いついている。
「だ、大丈夫か!?」
アルベルトが老紳士へ慌てて声を掛けるが、老紳士は無言で老婆の手を掴むと何度も頭を下げた。老婆は老紳士へ微笑むと何度も頷いた。
安堵した老紳士はアルベルトへお辞儀をしたが、アルベルトは老紳士の胸へを心配し、手をかざそうとした。しかし老紳士の苦笑いで悟ると、その手を老紳士と老婆が二人で受け止めた。
――コツコツ。外の雨粒の音が、教会のステンドガラスを叩き出した。
「フーバーさん、無理をすると奥様が余計に心配するよ。微笑んだって、奥様にはバレているよ」
ティニアはアルベルトのすぐ横まで来ると、老紳士へ体を向けたまま老婆へ視線を移し、肩で合図した。珍しく、表情で困っていると語る。
「申し訳ありません、大丈夫です。もうおさまりました。貴方も、大変助かりました、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「いえ。動作の初手、特に立ち上がりの最中は危ないですから、余所見は気を付けて下さい」
「ごめんね。ボクたちも、タイミングが悪かった」
「いえいえ、そのような……」
フーバーと呼ばれた老紳士は、老婆に杖を手渡すと、そのまま教会の扉へ向かった。ティニアは扉を開けて支えると、もう片方をアルベルトが担った。
老人は方向を変えないまま、何度も後ろを気にしつつお辞儀をしていたが、目線は老婆を追っていた。
教会の外には、一つの傘を広げた若い男女が待っており、老紳士は二人に気付くと其方へ軽く会釈した。女性が傘を広げ、老夫婦の元へ駆け寄ったところで両方の扉が閉まった。
「ありがと、助かったよ」
ティニアは扉に寄りかかりながら御礼を伝えたが、アルベルトはそのまま進むと老婆の座っていた席へ向かうと腰掛け、俯いてしまった。
数秒の間、無表情だったティニアは美しい金髪を揺らしながら、アルベルトの腰掛ける席まで来ると、その背もたれを人差し指で三度叩いた。音はとても小さく、容易に雨音によって掻き消された。
「おばあちゃんね、音が聞こえないんだよ」
――コトコト。雨粒の音が静まり返った教会に即興演奏を提供した。
「おじいちゃんね、心臓が悪いんだ」
――コッコッ。雨粒はガラスを跳ね返ると、その即興演奏で踊り出した。
ティニアはそれだけ話すと、教会の隅に置かれた小さなピアノまで歩み、鍵盤に光を走らせた。その光に沿うように、鍵盤を弾いていく。アルベルトはその音が、なんの音階なのか判断できなかった。
「二人とも、凄く仲が良いんだ」
「うん」
――コーン、コーン。ポーン、ポーン。
ティニアが鍵盤を鳴らすのはただの音であり、曲では無さそうだったが、やはりアルベルトにはよく分からない。
「それで、ずっと一緒に居ることはできないのかって。おじいちゃんが悲しんじゃってね」
「うん」
「だからおばあちゃんがね、神様に頼むんだって。私へ音を教える大切な役目があるのだから、まだ連れて行かないでくれって。おばあちゃんは懸命に、何度も神様へ『あーあー』って、大切な想いを伝えに来てたの。アドニスは二人の空間にしたかったんだろうね。だから二人が来るときは、いつもアドニスは買い物に行っているんだ」
「うん」
ポロンポロン、鍵盤から雨音が響きだしたのに、アルベルトは気付かない振りをしたまま、話を聞いていた。話の袖を折るからではなく、心地のいい音色で、横やりを入れることで演奏を止めてほしくなかったからだ。
「おばあちゃんね、だからって私を早く連れて行こうとは思わないでくれって、二つをお願いしてもいいか、アドニスに相談してたの。先週だったかな」
「うん」
「今回もアドニスは気を利かせて、買い物へ行ったんだろうね。二人を連れて来てくれたお孫さんたちは、旧市街を回りたがってたの。今頃回ってるんじゃないかな。大切な両親を思い浮かべて散歩したいって。あいにくの雨だけど、素敵な日になったと思う。君のおかげでね」
「そうか、其れなら良かった」
ティニアはそのままピアノの前に座ると、細い指で撫で、髪を耳に掛けた。そのまま自然な動作でゆっくりと曲を弾きはじめた。
曲は途中から奏でられたものの、聞き覚えがあった。しかしその旋律が何の曲なのか、アルベルトには判断できなかった。それでも、きっと雨にまつわる愛の曲、二人の老夫婦の為の曲ではないのかと、彼女の音に聞き入っていた。
「今はボクが開けた方が良いよ」
「どうしてだ」
「ボクが君を案内して連れてきた、という建前の為かな。アドニスがもう戻ってるかもしれないじゃん。誤解して騒ぐかも」
「ああ。俺の行いが変なのかと思ったよ」
アルベルトは孤児院の方へ目線を送るが、もう誰もこちらを見てはいない。風はないものの、雨音が周囲を騒ぎたてていた。
「ふふふ。やりたいなら、今度やればいいよ。今はボクが開けるね」
ティニアは手で雨に濡れるから早く入ろうと促すと扉を開け、アルベルトを中へ入るよう促した。
教会内には、アルベルトが先ほど見かけた老夫婦がおり、老婆が椅子から立ち上がる所だった。それを痩せた老紳士が支えるように手をかざしていたのだ。
老紳士は長身男の背後にいるティニアに気付き、帽子を取るために向きを変え、手を動かそうとしていた。
「そのまま!」
ティニアの声に、老紳士が慌てて老婆に目線を向けた。老婆は老紳士の腕をすり抜け、体勢を崩してしまった。慌てて支えようとした老紳士が手前へ出たものの、すぐに胸を掴むと痛み出した。
老紳士はそれでも手をかざしたが、その時にはもう老婆がお姫様のように長身の男、アルベルトに抱えられていた。後方で扉を押さえていたティニアは出遅れてしまったが、もう彼等に追いついている。
「だ、大丈夫か!?」
アルベルトが老紳士へ慌てて声を掛けるが、老紳士は無言で老婆の手を掴むと何度も頭を下げた。老婆は老紳士へ微笑むと何度も頷いた。
安堵した老紳士はアルベルトへお辞儀をしたが、アルベルトは老紳士の胸へを心配し、手をかざそうとした。しかし老紳士の苦笑いで悟ると、その手を老紳士と老婆が二人で受け止めた。
――コツコツ。外の雨粒の音が、教会のステンドガラスを叩き出した。
「フーバーさん、無理をすると奥様が余計に心配するよ。微笑んだって、奥様にはバレているよ」
ティニアはアルベルトのすぐ横まで来ると、老紳士へ体を向けたまま老婆へ視線を移し、肩で合図した。珍しく、表情で困っていると語る。
「申し訳ありません、大丈夫です。もうおさまりました。貴方も、大変助かりました、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「いえ。動作の初手、特に立ち上がりの最中は危ないですから、余所見は気を付けて下さい」
「ごめんね。ボクたちも、タイミングが悪かった」
「いえいえ、そのような……」
フーバーと呼ばれた老紳士は、老婆に杖を手渡すと、そのまま教会の扉へ向かった。ティニアは扉を開けて支えると、もう片方をアルベルトが担った。
老人は方向を変えないまま、何度も後ろを気にしつつお辞儀をしていたが、目線は老婆を追っていた。
教会の外には、一つの傘を広げた若い男女が待っており、老紳士は二人に気付くと其方へ軽く会釈した。女性が傘を広げ、老夫婦の元へ駆け寄ったところで両方の扉が閉まった。
「ありがと、助かったよ」
ティニアは扉に寄りかかりながら御礼を伝えたが、アルベルトはそのまま進むと老婆の座っていた席へ向かうと腰掛け、俯いてしまった。
数秒の間、無表情だったティニアは美しい金髪を揺らしながら、アルベルトの腰掛ける席まで来ると、その背もたれを人差し指で三度叩いた。音はとても小さく、容易に雨音によって掻き消された。
「おばあちゃんね、音が聞こえないんだよ」
――コトコト。雨粒の音が静まり返った教会に即興演奏を提供した。
「おじいちゃんね、心臓が悪いんだ」
――コッコッ。雨粒はガラスを跳ね返ると、その即興演奏で踊り出した。
ティニアはそれだけ話すと、教会の隅に置かれた小さなピアノまで歩み、鍵盤に光を走らせた。その光に沿うように、鍵盤を弾いていく。アルベルトはその音が、なんの音階なのか判断できなかった。
「二人とも、凄く仲が良いんだ」
「うん」
――コーン、コーン。ポーン、ポーン。
ティニアが鍵盤を鳴らすのはただの音であり、曲では無さそうだったが、やはりアルベルトにはよく分からない。
「それで、ずっと一緒に居ることはできないのかって。おじいちゃんが悲しんじゃってね」
「うん」
「だからおばあちゃんがね、神様に頼むんだって。私へ音を教える大切な役目があるのだから、まだ連れて行かないでくれって。おばあちゃんは懸命に、何度も神様へ『あーあー』って、大切な想いを伝えに来てたの。アドニスは二人の空間にしたかったんだろうね。だから二人が来るときは、いつもアドニスは買い物に行っているんだ」
「うん」
ポロンポロン、鍵盤から雨音が響きだしたのに、アルベルトは気付かない振りをしたまま、話を聞いていた。話の袖を折るからではなく、心地のいい音色で、横やりを入れることで演奏を止めてほしくなかったからだ。
「おばあちゃんね、だからって私を早く連れて行こうとは思わないでくれって、二つをお願いしてもいいか、アドニスに相談してたの。先週だったかな」
「うん」
「今回もアドニスは気を利かせて、買い物へ行ったんだろうね。二人を連れて来てくれたお孫さんたちは、旧市街を回りたがってたの。今頃回ってるんじゃないかな。大切な両親を思い浮かべて散歩したいって。あいにくの雨だけど、素敵な日になったと思う。君のおかげでね」
「そうか、其れなら良かった」
ティニアはそのままピアノの前に座ると、細い指で撫で、髪を耳に掛けた。そのまま自然な動作でゆっくりと曲を弾きはじめた。
曲は途中から奏でられたものの、聞き覚えがあった。しかしその旋律が何の曲なのか、アルベルトには判断できなかった。それでも、きっと雨にまつわる愛の曲、二人の老夫婦の為の曲ではないのかと、彼女の音に聞き入っていた。
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