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第三輪「とある、一つの約束と」
③-10 小景異情「その六」③-43-6
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孤児院の土曜日は比較的に自由だ。といっても、それは学校へ通わない子供達である。特に今日は職員の数が少ないため、外出も孤児院と教会の間の中庭のような場所だけだ。とはいえ、土曜日は学校へ通う子供達が居るため、比較的に室内で遊ぶ。最も今日は天候も悪く、寒い為外に出たがる子供は少なかった。
――ポツポツという雨音は、今はかなり強さを増している。
元々孤児たちは学校でもあまり活動的ではなく、課外活動も疎かにほとんどが孤児院へ帰ってくるのだ。孤児たちは、常に病気がうつる、そういって敬遠する人々も少なくない環境に立たされている。イメージは悪いままだ。だがティニアはそれを定期的な診察によって無効化した。当然だが、お金さえあれば診察など受けることはたやすい。
――カタカタという不安な音は、子供達を大人の元へと誘う。
先ほど所用で出掛けた彼女はすぐに戻ってきたものの、多少だが雨に濡れていた。話しながらタオルで雨粒を拭き取ると、すぐに子供達が囲んでいた。
書類を見ながら首を捻るティニアの周囲には、今も幼子たちで溢れていた。皆がティニアの真似をし始めた頃、シャトー婦人が広間へ戻ってきた。
「どうしたの?」
「うん。机や椅子がね。もうちょっと欲しいなって思って。この際、作成を全部お願いしようかなって思って」
シャトー婦人のスカートの裾にしがみつく女の子が3人程おり、皆がシャトー婦人お手製リボンを髪に結っている。
「ああ、この間からそういってたわね」
「うん。まあそのうちアド二スがいい案出してくれるでしょう」
ティニアが書類をまとめて奥へ下がると、子供達がシャトー婦人に集まってきた。数人の子が寄付された本を手にしている。シャトー婦人が読む本を選んでいると、孤児院の扉がノックされた。
「お客様かな?」
子供達が玄関を見つめる。怯えた子はティニアの後ろに隠れた。人見知りや、虐待によって見知らぬ人を怖がる子供たちは多い。
「ちょっと待ってね、私が見てみるわ」
違和感を感じたシャトー婦人が扉を開けると、そこには赤茶毛の長身でコートを羽織った男が立っていた。
シャトー婦人が驚いて閉めようとすると、男は抵抗するのではなく、扉が閉まってから声をあげた。
「誤解ですって、もうちゃんとお話はしましたよ!」
「何が誤解なの! 何度も教会に来てたの、私は知ってるのよ」
子供達が奥から棒や長めのパン、本を持ってシャトー婦人の後ろに布陣したところで、ティニアが声を上げた。
「なーになになに、籠城戦ですかね!」
「なんでそんな嬉しそうなの! ティニアさん、あの時の男だよ」
「あ。ああ~」
「その声、ティニアか! 良かった。誤解を解いてくれ」
ティニアはしたり顔をすると、オドオドするシャトー婦人を尻目に、前屈みになりながら腰に手を当てた。
「何? 攻め込むには随分と荒っぽいんだねえ。基礎がなってないよ。正々堂々は無駄だよ。奇襲するなら、門番に硬貨を握らせないとね」
「今はお道化るタイミングじゃないだろ。後で聞いてやるから、なあ頼むよ。それに、俺はここに用事はないんだ」
「なに、じゃあどうしたの?」
「教会に今行ったが、仲の良さそうな老夫婦がいるだけだった。アドニス神父は、こっちか?」
「ちょちょっと、ティニアさん。大丈夫なの?」
「あ~。うん、多分大丈夫だよ」
ため息と共に勘弁してくれという情けない声が聞こえ、なんとそれは子供達であった。大騒動を待ち焦がれた子供たちもいたのだ。ティニアは笑いながら扉を開けた為、シャトー婦人は驚きながらも、現れた男を上から下まで吟味した。
「や~。ちゃんと帰れたの?」
「帰ったよ。で、アドニス神父は?」
「告解部屋じゃーないだろうから、教会に居ないなら買い物じゃないかな。待ってたら帰ってくると思うけれど、神父は買い物の片づけが遅いからなぁ。帰宅してから教会に戻るのはその更に後かも。急ぎ?」
「急ぎといえば急ぎだが、都合が悪いなら出直すよ。あ、ご婦人。俺は、アルベルトといいます。ティニアとは無事に知り合いになれましてね」
あんぐりと口を開けたシャトー婦人に対し、ティニアは気持ち悪そうな表情の後、すぐにニヤニヤすると適当に話し出した。
「アンナさんの専用の、荷物の配達人だよ」
「えぇ?」
「それは皆が本気にするから、お道化るのはタイミングを見てくれ。後で聞くから、な」
玄関の訪問者が大したことのない男だとわかると、子供達はすぐに引き上げていたため、もう絵本を読みあさっている。その様子から見て取れるほど、ティニアが訪問者に対して普段から”まとも”な反応をしていないことがわかる。
「ふふふ、ごめんね。ちょっとだけ出てくるよ。もうすぐヘルマンさんたちも来るし」
「え! ヘルマンって、まさか……」
アルベルトが声をあげたものの、ティニアが「さすがに違う人だよ」と”まとも”に声を掛けた。それが事実なのか疑いをかける目で、大男がティニアを見下ろしていた。先ほどまで音を立てていた雨音は、一瞬で背景になってしまった。
――ポツポツという雨音は、今はかなり強さを増している。
元々孤児たちは学校でもあまり活動的ではなく、課外活動も疎かにほとんどが孤児院へ帰ってくるのだ。孤児たちは、常に病気がうつる、そういって敬遠する人々も少なくない環境に立たされている。イメージは悪いままだ。だがティニアはそれを定期的な診察によって無効化した。当然だが、お金さえあれば診察など受けることはたやすい。
――カタカタという不安な音は、子供達を大人の元へと誘う。
先ほど所用で出掛けた彼女はすぐに戻ってきたものの、多少だが雨に濡れていた。話しながらタオルで雨粒を拭き取ると、すぐに子供達が囲んでいた。
書類を見ながら首を捻るティニアの周囲には、今も幼子たちで溢れていた。皆がティニアの真似をし始めた頃、シャトー婦人が広間へ戻ってきた。
「どうしたの?」
「うん。机や椅子がね。もうちょっと欲しいなって思って。この際、作成を全部お願いしようかなって思って」
シャトー婦人のスカートの裾にしがみつく女の子が3人程おり、皆がシャトー婦人お手製リボンを髪に結っている。
「ああ、この間からそういってたわね」
「うん。まあそのうちアド二スがいい案出してくれるでしょう」
ティニアが書類をまとめて奥へ下がると、子供達がシャトー婦人に集まってきた。数人の子が寄付された本を手にしている。シャトー婦人が読む本を選んでいると、孤児院の扉がノックされた。
「お客様かな?」
子供達が玄関を見つめる。怯えた子はティニアの後ろに隠れた。人見知りや、虐待によって見知らぬ人を怖がる子供たちは多い。
「ちょっと待ってね、私が見てみるわ」
違和感を感じたシャトー婦人が扉を開けると、そこには赤茶毛の長身でコートを羽織った男が立っていた。
シャトー婦人が驚いて閉めようとすると、男は抵抗するのではなく、扉が閉まってから声をあげた。
「誤解ですって、もうちゃんとお話はしましたよ!」
「何が誤解なの! 何度も教会に来てたの、私は知ってるのよ」
子供達が奥から棒や長めのパン、本を持ってシャトー婦人の後ろに布陣したところで、ティニアが声を上げた。
「なーになになに、籠城戦ですかね!」
「なんでそんな嬉しそうなの! ティニアさん、あの時の男だよ」
「あ。ああ~」
「その声、ティニアか! 良かった。誤解を解いてくれ」
ティニアはしたり顔をすると、オドオドするシャトー婦人を尻目に、前屈みになりながら腰に手を当てた。
「何? 攻め込むには随分と荒っぽいんだねえ。基礎がなってないよ。正々堂々は無駄だよ。奇襲するなら、門番に硬貨を握らせないとね」
「今はお道化るタイミングじゃないだろ。後で聞いてやるから、なあ頼むよ。それに、俺はここに用事はないんだ」
「なに、じゃあどうしたの?」
「教会に今行ったが、仲の良さそうな老夫婦がいるだけだった。アドニス神父は、こっちか?」
「ちょちょっと、ティニアさん。大丈夫なの?」
「あ~。うん、多分大丈夫だよ」
ため息と共に勘弁してくれという情けない声が聞こえ、なんとそれは子供達であった。大騒動を待ち焦がれた子供たちもいたのだ。ティニアは笑いながら扉を開けた為、シャトー婦人は驚きながらも、現れた男を上から下まで吟味した。
「や~。ちゃんと帰れたの?」
「帰ったよ。で、アドニス神父は?」
「告解部屋じゃーないだろうから、教会に居ないなら買い物じゃないかな。待ってたら帰ってくると思うけれど、神父は買い物の片づけが遅いからなぁ。帰宅してから教会に戻るのはその更に後かも。急ぎ?」
「急ぎといえば急ぎだが、都合が悪いなら出直すよ。あ、ご婦人。俺は、アルベルトといいます。ティニアとは無事に知り合いになれましてね」
あんぐりと口を開けたシャトー婦人に対し、ティニアは気持ち悪そうな表情の後、すぐにニヤニヤすると適当に話し出した。
「アンナさんの専用の、荷物の配達人だよ」
「えぇ?」
「それは皆が本気にするから、お道化るのはタイミングを見てくれ。後で聞くから、な」
玄関の訪問者が大したことのない男だとわかると、子供達はすぐに引き上げていたため、もう絵本を読みあさっている。その様子から見て取れるほど、ティニアが訪問者に対して普段から”まとも”な反応をしていないことがわかる。
「ふふふ、ごめんね。ちょっとだけ出てくるよ。もうすぐヘルマンさんたちも来るし」
「え! ヘルマンって、まさか……」
アルベルトが声をあげたものの、ティニアが「さすがに違う人だよ」と”まとも”に声を掛けた。それが事実なのか疑いをかける目で、大男がティニアを見下ろしていた。先ほどまで音を立てていた雨音は、一瞬で背景になってしまった。
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