【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
66 / 257
第三輪「とある、一つの約束と」

③-10 小景異情「その六」③-43-6

しおりを挟む
 孤児院の土曜日は比較的に自由だ。といっても、それは学校へ通わない子供達である。特に今日は職員の数が少ないため、外出も孤児院と教会の間の中庭のような場所だけだ。とはいえ、土曜日は学校へ通う子供達が居るため、比較的に室内で遊ぶ。最も今日は天候も悪く、寒い為外に出たがる子供は少なかった。

 ――ポツポツという雨音は、今はかなり強さを増している。

 元々孤児たちは学校でもあまり活動的ではなく、課外活動も疎かにほとんどが孤児院へ帰ってくるのだ。孤児たちは、常に病気がうつる、そういって敬遠する人々も少なくない環境に立たされている。イメージは悪いままだ。だがティニアはそれを定期的な診察によって無効化した。当然だが、お金さえあれば診察など受けることはたやすい。

 ――カタカタという不安な音は、子供達を大人の元へと誘う。

 先ほど所用で出掛けた彼女はすぐに戻ってきたものの、多少だが雨に濡れていた。話しながらタオルで雨粒を拭き取ると、すぐに子供達が囲んでいた。
 書類を見ながら首を捻るティニアの周囲には、今も幼子たちで溢れていた。皆がティニアの真似をし始めた頃、シャトー婦人が広間へ戻ってきた。

「どうしたの?」
「うん。机や椅子がね。もうちょっと欲しいなって思って。この際、作成を全部お願いしようかなって思って」

 シャトー婦人のスカートの裾にしがみつく女の子が3人程おり、皆がシャトー婦人お手製リボンを髪に結っている。

「ああ、この間からそういってたわね」
「うん。まあそのうちアド二スがいい案出してくれるでしょう」

 ティニアが書類をまとめて奥へ下がると、子供達がシャトー婦人に集まってきた。数人の子が寄付された本を手にしている。シャトー婦人が読む本を選んでいると、孤児院の扉がノックされた。

「お客様かな?」

 子供達が玄関を見つめる。怯えた子はティニアの後ろに隠れた。人見知りや、虐待によって見知らぬ人を怖がる子供たちは多い。

「ちょっと待ってね、私が見てみるわ」

 違和感を感じたシャトー婦人が扉を開けると、そこには赤茶毛の長身でコートを羽織った男が立っていた。
 シャトー婦人が驚いて閉めようとすると、男は抵抗するのではなく、扉が閉まってから声をあげた。

「誤解ですって、もうちゃんとお話はしましたよ!」
「何が誤解なの! 何度も教会に来てたの、私は知ってるのよ」

 子供達が奥から棒や長めのパン、本を持ってシャトー婦人の後ろに布陣したところで、ティニアが声を上げた。

「なーになになに、籠城戦ですかね!」
「なんでそんな嬉しそうなの! ティニアさん、あの時の男だよ」
「あ。ああ~」
「その声、ティニアか! 良かった。誤解を解いてくれ」

 ティニアはしたり顔をすると、オドオドするシャトー婦人を尻目に、前屈みになりながら腰に手を当てた。

「何? 攻め込むには随分と荒っぽいんだねえ。基礎がなってないよ。正々堂々は無駄だよ。奇襲するなら、門番に硬貨を握らせないとね」
「今はお道化るタイミングじゃないだろ。後で聞いてやるから、なあ頼むよ。それに、俺はここに用事はないんだ」
「なに、じゃあどうしたの?」
「教会に今行ったが、仲の良さそうな老夫婦がいるだけだった。アドニス神父は、こっちか?」
「ちょちょっと、ティニアさん。大丈夫なの?」
「あ~。うん、多分大丈夫だよ」

 ため息と共に勘弁してくれという情けない声が聞こえ、なんとそれは子供達であった。大騒動を待ち焦がれた子供たちもいたのだ。ティニアは笑いながら扉を開けた為、シャトー婦人は驚きながらも、現れた男を上から下まで吟味した。

「や~。ちゃんと帰れたの?」
「帰ったよ。で、アドニス神父は?」
「告解部屋じゃーないだろうから、教会に居ないなら買い物じゃないかな。待ってたら帰ってくると思うけれど、神父は買い物の片づけが遅いからなぁ。帰宅してから教会に戻るのはその更に後かも。急ぎ?」
「急ぎといえば急ぎだが、都合が悪いなら出直すよ。あ、ご婦人。俺は、アルベルトといいます。ティニアとは無事に知り合いになれましてね」

 あんぐりと口を開けたシャトー婦人に対し、ティニアは気持ち悪そうな表情の後、すぐにニヤニヤすると適当に話し出した。

「アンナさんの専用の、荷物の配達人だよ」
「えぇ?」
「それは皆が本気にするから、お道化るのはタイミングを見てくれ。後で聞くから、な」

 玄関の訪問者が大したことのない男だとわかると、子供達はすぐに引き上げていたため、もう絵本を読みあさっている。その様子から見て取れるほど、ティニアが訪問者に対して普段から”まとも”な反応をしていないことがわかる。

「ふふふ、ごめんね。ちょっとだけ出てくるよ。もうすぐヘルマンさんたちも来るし」
「え! ヘルマンって、まさか……」

 アルベルトが声をあげたものの、ティニアが「さすがに違う人だよ」と”まとも”に声を掛けた。それが事実なのか疑いをかける目で、大男がティニアを見下ろしていた。先ほどまで音を立てていた雨音は、一瞬で背景になってしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

処理中です...