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第三輪「とある、一つの約束と」
③-3 ファーストフラッシュ③
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「はぁ!? 泊まる!? なんで!?」
「ふふふ、マリアったらテンポいいね」
「さすがに赤毛さんが可哀想だろ。今のは普通に驚いただけだろ」
「待ってよ、あんたが冷静にのたまうんじゃないわよ。泊まるって、何? え、ここに!?」
一人慌てふためくマリアは、ティニアではなく男を睨み、出て行けと視線を送った。
「他にどこがあるんだよ」
「どこって…………あ! ミュラーさんの家が! 今は旦那さんだけじゃない!」
「まあ一晩くらい、いいじゃない。あと、ミュラーさんは、愛妻さんが留守で落ち込みすぎて、アドニスのとこに泊まってるよ」
「うそ! でも待って。誰もいないなら別に泊ってもいいじゃない。ううん、こいつもアドニスのところに」
「アドニスって誰だ?」
アルベルトの言葉には嫉妬の念が込められている。マリアでも気づく言葉の圧だが、ティニアは気付いていないように振舞う。それでもいつものキレはなく、手も後ろに組んだまま目線が泳いでいる。そんなティニアを見てアルベルトは笑みを浮かべたのをマリアは見ていた。
「教会に居たでしょ。あの神父だよ」
「なんでそんな名前なんだ。どこが美少年だよ。ジジイじゃないか」
「そこに突っ込むんだ」
アドニスとはギリシャ神話に登場する美青年のことであり、女神アフロディテに翻弄された。あげく死亡し、その血から芽吹いた花はアネモネだ。だからこそ、アネモネの花言葉も意味深である。
ただ、アドニスがティニアに対し、並々ならぬ思いを秘めている事を含めれば、その意味もより意味深になる。
「ま、待って。本当に。待ってよ。泊まるって、だって」
「お前さ、別にお前と同じベッドで寝ようって、言ってるわけじゃないんだが」
「はぁ!?」
顔を先ほどより赤らめて絶句するマリアは、慌ててティニアに振り返ると、彼女の両肩に手を置いて迫った。ティニアはガチで意味がわかっておらず、キョトンとしたまま首をかしげている。
「待って。え、冗談でしょ、ティニア」
「え?」
「ティニア、こいつと、寝るの?」
「なにそれ、やだ」
ティニアは青ざめて絶句すると、目を潤ませてマリアを見つめた。どうやら演技ではなく、本気で意味を分かっていなかったようである。ティニアはアルベルトを見つめながら、フルフルと子犬のように首を横に振った。
「え、ボクやだよ。ごめんね、お帰り下さい」
「え~。もうそういう雰囲気だっただろ」
「は、はあ? 絶対やだ。気持ち悪いって言ってるじゃん!」
「ほう。寝るってのがどういう意味かは分かってるんだな」
吐き出すしぐさを始めるティニアは、とてもじゃないが照れてはいない。恥じらうこともせず、本気で拒絶している。それでも、ペースの崩れていく彼女はどこかおかしい。やはり、アルベルトには何かあるのだろう。マリアは気になる点があるものの、本日はお帰り頂こうと決意する。
「あれ、これ憲兵呼ぶバージョンだったわね」
「バージョンってなんだよ。っていうか、呼ぶなよ、めんどくさい」
「………………待って」
そんな二人を、マリアは呼び止める。それでも、アルベルトには何かあるのだ。元軍人という間柄ながら、マリアに対して敵対心も殺意も抱かない。アルビノの少年のように、おかしな気配もないのだ。
要するに、男は本当にティニアに気があり、恐らくそれもよくわからないのではないだろうか。気遣いについて、ここまで徹底した男が、ティニアの事になると取り乱す部分も含め、冷静になる部分もあるのだ。
恐らくそれが、アルベルトという男の二面性だろう。
であれば、アルベルトはティニアに何かを求めているのだ。そう、自身と同じように。居場所を。
「どうしたのマリア」
「どうした、マリア」
マリアと呼ばれ、アルベルトを睨みながら悪態をついたのだ。
「どさくさに紛れて、私の名前呼ばないで。ヤなやつ!」
プイッと横に顔を逸らしたものの、そういう訳にもいかずに顔が赤面してしまう。
「悪かったよ、それでどうした」
アルベルトのツッコミにマリアは多少安堵しながら、物置に使っている部屋まで進むとドアを開けた。中はティニアの掃除が行き届いており、埃やカビなどもなく、清潔が保たれている。そのまま二人に振り返り、腰に手を当てるとニヤリと微笑んだ。
「ここに、使っていない長椅子があるわ!長すぎて邪魔で、孤児院から家へ運ばれてきたんだけど、使い道がないのよ! ベッドはないけど、ほら布団もあるし、テーブルも椅子もあるわ。なんだったら、ここを開ければ素敵な一部屋に。きっと時間を忘れて快適に過ごせるわ」
そこまでドヤ顔で話し、自身の発言の欠陥に気付く。
「誰も、住んでいいなんて言ってないんだからね!」
「え、何お前。まさか俺に」
アルベルトが赤らめもせずに照れた所で、マリアには鳥肌が全身を伝う。そこで一瞬気付いてしまったのだ。
「気持ち悪いこと言わないでよー!」
「そうだよ、君は気持ち悪いよ」
「……お前ら俺を何だと思ってんだよ」
マリアはほぼ初対面のアルベルトに対し、嫌悪感はないものの、拒否反応はある。いきなり距離を縮められれば当然であるのだ。
だが、ティニアはどうであろうか。
男の愛のささやきを華麗に避けるような言葉はなく、受け入れたのちにそのままストレートに反応を返している。それを拒絶と言えば拒絶ではあるが、それはマリアと同じようで、違う。
いつものティニアではないのだ。ティニアは、自身を真似ているのではないだろうか、と。だからこそ、ティニアの反応に違和感があったのだ。
「ふふふ、マリアったらテンポいいね」
「さすがに赤毛さんが可哀想だろ。今のは普通に驚いただけだろ」
「待ってよ、あんたが冷静にのたまうんじゃないわよ。泊まるって、何? え、ここに!?」
一人慌てふためくマリアは、ティニアではなく男を睨み、出て行けと視線を送った。
「他にどこがあるんだよ」
「どこって…………あ! ミュラーさんの家が! 今は旦那さんだけじゃない!」
「まあ一晩くらい、いいじゃない。あと、ミュラーさんは、愛妻さんが留守で落ち込みすぎて、アドニスのとこに泊まってるよ」
「うそ! でも待って。誰もいないなら別に泊ってもいいじゃない。ううん、こいつもアドニスのところに」
「アドニスって誰だ?」
アルベルトの言葉には嫉妬の念が込められている。マリアでも気づく言葉の圧だが、ティニアは気付いていないように振舞う。それでもいつものキレはなく、手も後ろに組んだまま目線が泳いでいる。そんなティニアを見てアルベルトは笑みを浮かべたのをマリアは見ていた。
「教会に居たでしょ。あの神父だよ」
「なんでそんな名前なんだ。どこが美少年だよ。ジジイじゃないか」
「そこに突っ込むんだ」
アドニスとはギリシャ神話に登場する美青年のことであり、女神アフロディテに翻弄された。あげく死亡し、その血から芽吹いた花はアネモネだ。だからこそ、アネモネの花言葉も意味深である。
ただ、アドニスがティニアに対し、並々ならぬ思いを秘めている事を含めれば、その意味もより意味深になる。
「ま、待って。本当に。待ってよ。泊まるって、だって」
「お前さ、別にお前と同じベッドで寝ようって、言ってるわけじゃないんだが」
「はぁ!?」
顔を先ほどより赤らめて絶句するマリアは、慌ててティニアに振り返ると、彼女の両肩に手を置いて迫った。ティニアはガチで意味がわかっておらず、キョトンとしたまま首をかしげている。
「待って。え、冗談でしょ、ティニア」
「え?」
「ティニア、こいつと、寝るの?」
「なにそれ、やだ」
ティニアは青ざめて絶句すると、目を潤ませてマリアを見つめた。どうやら演技ではなく、本気で意味を分かっていなかったようである。ティニアはアルベルトを見つめながら、フルフルと子犬のように首を横に振った。
「え、ボクやだよ。ごめんね、お帰り下さい」
「え~。もうそういう雰囲気だっただろ」
「は、はあ? 絶対やだ。気持ち悪いって言ってるじゃん!」
「ほう。寝るってのがどういう意味かは分かってるんだな」
吐き出すしぐさを始めるティニアは、とてもじゃないが照れてはいない。恥じらうこともせず、本気で拒絶している。それでも、ペースの崩れていく彼女はどこかおかしい。やはり、アルベルトには何かあるのだろう。マリアは気になる点があるものの、本日はお帰り頂こうと決意する。
「あれ、これ憲兵呼ぶバージョンだったわね」
「バージョンってなんだよ。っていうか、呼ぶなよ、めんどくさい」
「………………待って」
そんな二人を、マリアは呼び止める。それでも、アルベルトには何かあるのだ。元軍人という間柄ながら、マリアに対して敵対心も殺意も抱かない。アルビノの少年のように、おかしな気配もないのだ。
要するに、男は本当にティニアに気があり、恐らくそれもよくわからないのではないだろうか。気遣いについて、ここまで徹底した男が、ティニアの事になると取り乱す部分も含め、冷静になる部分もあるのだ。
恐らくそれが、アルベルトという男の二面性だろう。
であれば、アルベルトはティニアに何かを求めているのだ。そう、自身と同じように。居場所を。
「どうしたのマリア」
「どうした、マリア」
マリアと呼ばれ、アルベルトを睨みながら悪態をついたのだ。
「どさくさに紛れて、私の名前呼ばないで。ヤなやつ!」
プイッと横に顔を逸らしたものの、そういう訳にもいかずに顔が赤面してしまう。
「悪かったよ、それでどうした」
アルベルトのツッコミにマリアは多少安堵しながら、物置に使っている部屋まで進むとドアを開けた。中はティニアの掃除が行き届いており、埃やカビなどもなく、清潔が保たれている。そのまま二人に振り返り、腰に手を当てるとニヤリと微笑んだ。
「ここに、使っていない長椅子があるわ!長すぎて邪魔で、孤児院から家へ運ばれてきたんだけど、使い道がないのよ! ベッドはないけど、ほら布団もあるし、テーブルも椅子もあるわ。なんだったら、ここを開ければ素敵な一部屋に。きっと時間を忘れて快適に過ごせるわ」
そこまでドヤ顔で話し、自身の発言の欠陥に気付く。
「誰も、住んでいいなんて言ってないんだからね!」
「え、何お前。まさか俺に」
アルベルトが赤らめもせずに照れた所で、マリアには鳥肌が全身を伝う。そこで一瞬気付いてしまったのだ。
「気持ち悪いこと言わないでよー!」
「そうだよ、君は気持ち悪いよ」
「……お前ら俺を何だと思ってんだよ」
マリアはほぼ初対面のアルベルトに対し、嫌悪感はないものの、拒否反応はある。いきなり距離を縮められれば当然であるのだ。
だが、ティニアはどうであろうか。
男の愛のささやきを華麗に避けるような言葉はなく、受け入れたのちにそのままストレートに反応を返している。それを拒絶と言えば拒絶ではあるが、それはマリアと同じようで、違う。
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