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第三輪「とある、一つの約束と」
③-1 ファーストフラッシュ①
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この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
=====
時は1950年4月某日。この日は様々な事柄が重なったあげく、まさかの金曜日であった。
美しく長く細い赤毛の髪を持つ女性、マリアは、その美しい髪を無造作にまとめると、気だるそうに右耳の上でまとめた。
今は夕食時であり、いつもなら彼女の同居人である金髪碧眼の女性ティニアと共に、他愛無い話をしながら食事をしていたであろう。ティニアの髪は短く、肩より上で整えられている。柔らかめの髪質であり、毛先がよく外に跳ねている。
ティニアは他者へあまり興味を示さないが、それでも心に寄り添い、的確にアドバイスを与えるのは彼女が世話好きでお人よしだからだ。そんな彼女の自己犠牲に集る男はいくらでもいた。
そんな男たちを、彼女は適当にあしらっては好意を逆に受け取っていたのだ。
(なのに)
「お前って、こんな手の込んだ手料理出来るんだな。惚れ直すよ」
「手の込んだって、ただの煮込み料理でしょ。それに、気持ち悪い事を言うのはやめてほしいな」
そんなティニアの手料理を褒める男は、赤茶毛の癖毛の目立つ背の高い男、アルベルトだ。
「あー本当に。ここでちょっとは恥じらって、照れて黙り込めば、もっと惚れ直すんだけどな」
「はあ。なんだろうな、疲れてくるよ。そういうことを言わなければ万が一に惚れるかもしれないね」
お互いのペースも崩さず、淡々と目の前でじゃれ合う男女。
まるで恋人同士のような、夫婦の様なやり取りが目の前で繰り出されているため、マリアはうんざりしてしまった。
(どうしてこうなったの)
「まさかお前が手料理できるとは思わなかったよ。ほんと、こっちの赤毛さんが料理担当かと」
「あんた、いい加減黙らないと、舌を切り裂くわよ」
しかもこの二人は、会話にマリアを絡めてくるのだ。二人の世界に、マリアも入れようとでも言うのだろうか。
マリアはスープの豆をスプーンですくい取ると、そのまま口へ運んだ。
マリア達の住む、永世中立国であるスイスのシャフハウゼンには、シュタインアムラインという美しい旧市街地がある。
シュタインアムラインの旧市街地は、建物の壁一面に描かれたフレスコ画が美しい観光地だ。今を懸命に生きる人々によって、美しい町は形成し守られている。
そんなスイスでは、夕食は比較的に簡単に済ませ、午後の時間を楽しむの習慣だ。つまり、手の込んだ手料理など作らない上に、煮込み料理など以ての外なのだ。
それが突然、ティニアが男を連れ込んで手の込んだ煮込み料理を作るなど、マリアと二人だけの記念日ですらそのようなことは滅多にない。
「お前さ、いくら何でもあれはないだろ。消し炭じゃないか」
アルベルトはテーブルの端に置かれた消し炭をフォークで指さしながら、ティニアの作ったスープを、柔らかい頬肉を口へ放り込んだ。
「うるさいわね、あんただって、なんなのあの味付けは! 毒じゃない!」
「それはティニアが上手くアレンジしてくれたじゃないか、お前のはそれが無理なんだよ」
ティニアを口説こうと、不審な男の影があったと聞き、心配したマリアは彼女の送迎までしていたのだ。それが今、不審な男アルベルトと共に仲良く食事会だ。
それでも、二人は初対面。知り合いではなかった。しかし、マリアは二人の間に何かの絆を感じ、お互いが掛け替えのない存在ではないのかと考えるようになっていたのだ。それが、今はただのいちゃつきなのである。うざいことこの上ない。
「ティニアは探し人でもなかったんでしょう? ティニアも、なんでこんな奴を連れて帰ってきちゃったのよ」
「なんでって。ついてきちゃった、それだけだよ」
「なんだよ。招待してくれたと思ってたのに。あんなに楽しく帰路におしゃべりしてたじゃないか」
(ちょっとでも同情して、自分と同じだと思ってしまったのがバカみたい。この男が……)
マリアは頬肉を噛みしめながら、アルベルトを睨みつける。その視線に気づいたアルベルトは困った表情を浮かべると、そのままワインを口へ運んだ。そのまま舌でワインを味わうかのように、マリアの反応も愉しんでいる。
「楽しくって、気持ちの悪いことを言うのをやめてくれって話だけじゃない? 本当にそういう言葉、どこから出てくるの」
「どこからって。俺はお前にしか言わないぞ」
(私にとって、一番の友人であるティニアに対して、軽口を叩くこの男が…………)
マリアはわなわなしながら、アルベルトの真意を探ろうとしていた。アルベルトは冗談のように語っているが、ティニアに対しては並々ならぬ思いがあるようで、恐らく周辺の男性へも嫉妬をしたであろう。言動の数々が、ティニアの同居人であるマリアに対し、牽制しているとも取れるのだ。
「本当に、何なのよ、あんたは……」
「二人とも、凄く仲が良いよね。息がぴったりで、ボクもびっくりだよ」
「ちょっとやめて! いきなり二人の括りにしないでよ!」
そういうティニアは冗談そうに笑いながら紅茶を飲んでいる。ティニアはワインを飲まないが、マリアの為にワインを購入してくれているのだ。ティニアはアルベルトの皿の減り具合に目線を送ると、アルベルトに手を差し出した。アルベルトは意味が分からない様子で、キョトンとしている。
「なんだ、握手か?」
「いや、なんでだよ。男のヒトだから、それじゃ足りないと思って。何かおかわりする?」
「ティニア、そんな奴に優しくする必要ないから。自分でおかわりくらいさせてよ」
「でも、マリアはいつもおかわりっていうじゃない。マリアはおかわりするんでしょ?」
そういうと、ティニアはもう片方の手をマリアへ差し出してきた。
「何お前、おかわりもティニアにさせてるのか」
「ぐああああああああああああああああ」
マリアは頭を抱えると、どっと疲れが湧いてきてしまい、項垂れてしまった。
この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。
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時は1950年4月某日。この日は様々な事柄が重なったあげく、まさかの金曜日であった。
美しく長く細い赤毛の髪を持つ女性、マリアは、その美しい髪を無造作にまとめると、気だるそうに右耳の上でまとめた。
今は夕食時であり、いつもなら彼女の同居人である金髪碧眼の女性ティニアと共に、他愛無い話をしながら食事をしていたであろう。ティニアの髪は短く、肩より上で整えられている。柔らかめの髪質であり、毛先がよく外に跳ねている。
ティニアは他者へあまり興味を示さないが、それでも心に寄り添い、的確にアドバイスを与えるのは彼女が世話好きでお人よしだからだ。そんな彼女の自己犠牲に集る男はいくらでもいた。
そんな男たちを、彼女は適当にあしらっては好意を逆に受け取っていたのだ。
(なのに)
「お前って、こんな手の込んだ手料理出来るんだな。惚れ直すよ」
「手の込んだって、ただの煮込み料理でしょ。それに、気持ち悪い事を言うのはやめてほしいな」
そんなティニアの手料理を褒める男は、赤茶毛の癖毛の目立つ背の高い男、アルベルトだ。
「あー本当に。ここでちょっとは恥じらって、照れて黙り込めば、もっと惚れ直すんだけどな」
「はあ。なんだろうな、疲れてくるよ。そういうことを言わなければ万が一に惚れるかもしれないね」
お互いのペースも崩さず、淡々と目の前でじゃれ合う男女。
まるで恋人同士のような、夫婦の様なやり取りが目の前で繰り出されているため、マリアはうんざりしてしまった。
(どうしてこうなったの)
「まさかお前が手料理できるとは思わなかったよ。ほんと、こっちの赤毛さんが料理担当かと」
「あんた、いい加減黙らないと、舌を切り裂くわよ」
しかもこの二人は、会話にマリアを絡めてくるのだ。二人の世界に、マリアも入れようとでも言うのだろうか。
マリアはスープの豆をスプーンですくい取ると、そのまま口へ運んだ。
マリア達の住む、永世中立国であるスイスのシャフハウゼンには、シュタインアムラインという美しい旧市街地がある。
シュタインアムラインの旧市街地は、建物の壁一面に描かれたフレスコ画が美しい観光地だ。今を懸命に生きる人々によって、美しい町は形成し守られている。
そんなスイスでは、夕食は比較的に簡単に済ませ、午後の時間を楽しむの習慣だ。つまり、手の込んだ手料理など作らない上に、煮込み料理など以ての外なのだ。
それが突然、ティニアが男を連れ込んで手の込んだ煮込み料理を作るなど、マリアと二人だけの記念日ですらそのようなことは滅多にない。
「お前さ、いくら何でもあれはないだろ。消し炭じゃないか」
アルベルトはテーブルの端に置かれた消し炭をフォークで指さしながら、ティニアの作ったスープを、柔らかい頬肉を口へ放り込んだ。
「うるさいわね、あんただって、なんなのあの味付けは! 毒じゃない!」
「それはティニアが上手くアレンジしてくれたじゃないか、お前のはそれが無理なんだよ」
ティニアを口説こうと、不審な男の影があったと聞き、心配したマリアは彼女の送迎までしていたのだ。それが今、不審な男アルベルトと共に仲良く食事会だ。
それでも、二人は初対面。知り合いではなかった。しかし、マリアは二人の間に何かの絆を感じ、お互いが掛け替えのない存在ではないのかと考えるようになっていたのだ。それが、今はただのいちゃつきなのである。うざいことこの上ない。
「ティニアは探し人でもなかったんでしょう? ティニアも、なんでこんな奴を連れて帰ってきちゃったのよ」
「なんでって。ついてきちゃった、それだけだよ」
「なんだよ。招待してくれたと思ってたのに。あんなに楽しく帰路におしゃべりしてたじゃないか」
(ちょっとでも同情して、自分と同じだと思ってしまったのがバカみたい。この男が……)
マリアは頬肉を噛みしめながら、アルベルトを睨みつける。その視線に気づいたアルベルトは困った表情を浮かべると、そのままワインを口へ運んだ。そのまま舌でワインを味わうかのように、マリアの反応も愉しんでいる。
「楽しくって、気持ちの悪いことを言うのをやめてくれって話だけじゃない? 本当にそういう言葉、どこから出てくるの」
「どこからって。俺はお前にしか言わないぞ」
(私にとって、一番の友人であるティニアに対して、軽口を叩くこの男が…………)
マリアはわなわなしながら、アルベルトの真意を探ろうとしていた。アルベルトは冗談のように語っているが、ティニアに対しては並々ならぬ思いがあるようで、恐らく周辺の男性へも嫉妬をしたであろう。言動の数々が、ティニアの同居人であるマリアに対し、牽制しているとも取れるのだ。
「本当に、何なのよ、あんたは……」
「二人とも、凄く仲が良いよね。息がぴったりで、ボクもびっくりだよ」
「ちょっとやめて! いきなり二人の括りにしないでよ!」
そういうティニアは冗談そうに笑いながら紅茶を飲んでいる。ティニアはワインを飲まないが、マリアの為にワインを購入してくれているのだ。ティニアはアルベルトの皿の減り具合に目線を送ると、アルベルトに手を差し出した。アルベルトは意味が分からない様子で、キョトンとしている。
「なんだ、握手か?」
「いや、なんでだよ。男のヒトだから、それじゃ足りないと思って。何かおかわりする?」
「ティニア、そんな奴に優しくする必要ないから。自分でおかわりくらいさせてよ」
「でも、マリアはいつもおかわりっていうじゃない。マリアはおかわりするんでしょ?」
そういうと、ティニアはもう片方の手をマリアへ差し出してきた。
「何お前、おかわりもティニアにさせてるのか」
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