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第二輪「例え鳴り響いた鐘があったとしても」
②-16 黄昏時を紫雲に代えゆ②
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「ポツダムです、1936年です。お願いします、それだけ、どうか教えていただけませんか!」
「あなたね、ダメって言ってるじゃありませんか!」
アドニスは、教会内へ歩もうとする男を抱え、制止するように訴えたものの、男は特にそれ以上歩み続ける意思はなく、その場に留まった。
「私は人を探しているのです! その方は、1936年にポツダムの酒場に居たのです! 私に一声かけると、そのまま店の外へ出られて……、すぐに追いかけたのにどこにもおられなかった。誰も、何も知らなかった!」
「………………」
「教えてください。貴女でなければ、諦めが付くのです。お願いします……」
深いため息が二人の男に聞こえた。ゆっくりを息を吸い、吐き出すように。アドニスはため息の主へ振り返ようとしたものの、男が身を乗り出した為にそれが許されなかった。そんな神父の背後から、女性の声だけが教会に静かに呼応した。
「それだけで、いいんだね」
これに驚いたのはアドニスであり、それは男の表情を目の当たりにしたからだ。男の眼は、一瞬だけ紅く光るように、祭壇を見つめていた。太陽が昇り、天窓から光が注ぎ込んだのだ。
わずかに柔らかな布が擦れる音、そして小さな足音が聞こえ出す。
「御姿を出していただけるとは、思っておりませんでした」
「そう」
淡々と言葉を交わす彼女に、アドニスは驚きを隠すので必死だった。あれは、演技だ。
口調は彼女そのままに、非常に冷徹さを放つ、無感情における文章の、無意味な言葉の羅列だ。
「神父、扉閉めちゃって」
「…………」
「別に、へーきだよ。わるかったね、神父。騒がせた」
アドニスは男から手を離すと、扉を静かに閉めた。その音が静かだったのは、神父が呆然としてしまっていたからであり、それ以外の意味はなかった。男はその場から前に出るようなことせず、そのまま立ちすくんでいる。
「でもね、僕は。見ず知らずの奴にどうこう言う気などない」
ティニアもそれほど前まで出ず、祭壇に手を掛けたまま動こうとしない。男に対し、睨みを利かせている。だがその表情には何の感情も見受けられない程に、不気味であった。
「赤毛の彼女がすでにお話していると、踏んでいたのですが」
「はあ。僕の友人は優秀なんでね。つまらない、くだらない、無意味なことをおしゃべりなどしないんだ」
「そうですか」
男は目を閉じると、肩の力を抜いた。猫背あり、項垂れているようにも見受けられる。
「私の名は、アルベルト・ワーグ」
「ワーグのスペルは?」
ティニアは間髪入れずに、直ぐに返答を求めた。
「聞き出したいのは、スペルではないのでしょう」
「意味が分かっているなら答えなよ」
そんな彼女に余裕がない事は神父だけでなく、男・アルベルトでさえも分かるほど明らかだった。
「W,A,R,G、です。Vではありません。私はイタリア生まれですが、ドイツへ渡った際に、苗字として名乗れることになりました」
「へー、そう」
ティニアは間髪入れずに、アルベルトを煽るかのように返答した。
「あなたね、ダメって言ってるじゃありませんか!」
アドニスは、教会内へ歩もうとする男を抱え、制止するように訴えたものの、男は特にそれ以上歩み続ける意思はなく、その場に留まった。
「私は人を探しているのです! その方は、1936年にポツダムの酒場に居たのです! 私に一声かけると、そのまま店の外へ出られて……、すぐに追いかけたのにどこにもおられなかった。誰も、何も知らなかった!」
「………………」
「教えてください。貴女でなければ、諦めが付くのです。お願いします……」
深いため息が二人の男に聞こえた。ゆっくりを息を吸い、吐き出すように。アドニスはため息の主へ振り返ようとしたものの、男が身を乗り出した為にそれが許されなかった。そんな神父の背後から、女性の声だけが教会に静かに呼応した。
「それだけで、いいんだね」
これに驚いたのはアドニスであり、それは男の表情を目の当たりにしたからだ。男の眼は、一瞬だけ紅く光るように、祭壇を見つめていた。太陽が昇り、天窓から光が注ぎ込んだのだ。
わずかに柔らかな布が擦れる音、そして小さな足音が聞こえ出す。
「御姿を出していただけるとは、思っておりませんでした」
「そう」
淡々と言葉を交わす彼女に、アドニスは驚きを隠すので必死だった。あれは、演技だ。
口調は彼女そのままに、非常に冷徹さを放つ、無感情における文章の、無意味な言葉の羅列だ。
「神父、扉閉めちゃって」
「…………」
「別に、へーきだよ。わるかったね、神父。騒がせた」
アドニスは男から手を離すと、扉を静かに閉めた。その音が静かだったのは、神父が呆然としてしまっていたからであり、それ以外の意味はなかった。男はその場から前に出るようなことせず、そのまま立ちすくんでいる。
「でもね、僕は。見ず知らずの奴にどうこう言う気などない」
ティニアもそれほど前まで出ず、祭壇に手を掛けたまま動こうとしない。男に対し、睨みを利かせている。だがその表情には何の感情も見受けられない程に、不気味であった。
「赤毛の彼女がすでにお話していると、踏んでいたのですが」
「はあ。僕の友人は優秀なんでね。つまらない、くだらない、無意味なことをおしゃべりなどしないんだ」
「そうですか」
男は目を閉じると、肩の力を抜いた。猫背あり、項垂れているようにも見受けられる。
「私の名は、アルベルト・ワーグ」
「ワーグのスペルは?」
ティニアは間髪入れずに、直ぐに返答を求めた。
「聞き出したいのは、スペルではないのでしょう」
「意味が分かっているなら答えなよ」
そんな彼女に余裕がない事は神父だけでなく、男・アルベルトでさえも分かるほど明らかだった。
「W,A,R,G、です。Vではありません。私はイタリア生まれですが、ドイツへ渡った際に、苗字として名乗れることになりました」
「へー、そう」
ティニアは間髪入れずに、アルベルトを煽るかのように返答した。
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