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第二輪「例え鳴り響いた鐘があったとしても」
②-14 金色を持つ③
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ティニアの微笑み方はレイスそのものであり、滅多に微笑まない彼女の微笑みそのものだった。それでも、今は感傷に浸る場合では無い。
「イタリアの、シチリアの孤児院で育ったそうなの」
「え…………」
ティニアは絶句している。こんなにも、分かりやすい彼女など、初めてだ。知らなかったのであろう。
「こ、孤児院って…………。え、御両親や、御家族は?」
「それは、聞いてないけど…………。1928年に孤児院に入って、その時もう4歳以上って言われたけど、1920年生まれってことにしたって」
「…………待って。そんな凄い詳細な個人情報を、喋ったの?」
「うん」
「………………」
「嘘、付いてるようには見えなかった。多分、後で私がティニアに話せるように、詳細を話したんじゃないかな。初対面の、見ず知らずの私に」
「……………………」
「ごめん。ここまでにしようか」
「え、何で…………。え、まだ何か聞いてるの?」
マリアは立ち上がると、ポケットから、マッチを取り出し、ランタンに灯した。室内はすっかり闇に堕ち、外は夕焼けが差し込んでいるようだ。
「とにかく、そこまで警戒しなくても良いと思う。私も傍に居るから、ね。きっと、突然でびっくりして思い出せないだけだよ」
「…………うん」
「うん。まずは、ご飯食べようよ。まあ、作らなきゃいけないんだけど。支度したら、台所いくから」
マリアは急いで自室へ戻り、同じようにランタンを灯した。自室を出たところで、ティニアが台所のランタンを灯している。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。でも、困ったね。バックスが無いから、こねるところからだ」
「……ねえ、バックスって何?」
「あ、ごめん、ブロート。えっと、ロッゲンだから…………いや、ミッシュ? いや、地域的にはヴェグリだっけ?」
珍しく錯乱したような、言語の違い。ティニアには時々こういった現象が良く起きる。それはきっと、ドイツの地域とスイスの地域との言語の壁なのであろう。同じドイツ語でも、大違いなのだ。
「パンね。うん。大丈夫、わかったから。何かと思った。ティニアって時々訛るよね」
「ええ、多分訛りじゃないよ。言い間違いに近いから、直ぐ教えてよ」
「今までよくわからないまま、返事してたわ」
「うっそー、言ってよー!」
戯け方は、普段のティニアそのものだ。目を見開き、全力で驚きつつ、全力で恥ずかしがり、全力で笑い返す。その姿は、本当に無邪気そのものだ。
「いやー本当、たまに、だから。どこかの方言とかでしょ? 私もたまにあるし、ミュラーさんもよくあるって言ってたもの」
「いやーなんだろう。ええ~、気付かなかった。言葉とかは気を付けてるんだけども…………」
「ふふ。どの辺の言葉なの? 私、勉強しようかしら」
ティニアは瞳を輝かせると、ライ麦粉で汚れた手をパチンと合わせた。そのまま、珍しく神に祈るように手を握り合わせていた。
「えー、それこそ珍しいわね。主に祈るなんて、アドニスが見たら卒倒しそうよ」
「ふふふ。感謝くらいはするよ。お願い事とかは、しないけどね」
彼女が話を逸らそうとしたのはわかったものの、今はこれでいいと思い、生地を練るマリアだった。その後はそれなりの夜を過ごし、朝を迎えた。朝焼けが妙に輝き、今日の天候は良くなるという彼女の送迎について、マリアは少し悩んでいた。結局のところ、遠回りなどせずに途中まで共に歩み、別れたのだ。今日は空いた店舗のチェックと、メアリーの露店への挨拶だけだ。
アルベルトが彼女に危害を加えるとは思えなかった。ティニアを前に周りが見えなくなるだろうが、昨日のティニアを前にすれば男は怯むだろう。その後については、二人が決めることである。詳細を語るのを止めたのも、直接話をした方がいいと思いなおしたからだ。
男は、きっとこの町にいるのだろう。厭でも出逢うのだ。だからこそ、マリアにとって帰宅時の驚きは斜め上を優に超えていたのである。
「イタリアの、シチリアの孤児院で育ったそうなの」
「え…………」
ティニアは絶句している。こんなにも、分かりやすい彼女など、初めてだ。知らなかったのであろう。
「こ、孤児院って…………。え、御両親や、御家族は?」
「それは、聞いてないけど…………。1928年に孤児院に入って、その時もう4歳以上って言われたけど、1920年生まれってことにしたって」
「…………待って。そんな凄い詳細な個人情報を、喋ったの?」
「うん」
「………………」
「嘘、付いてるようには見えなかった。多分、後で私がティニアに話せるように、詳細を話したんじゃないかな。初対面の、見ず知らずの私に」
「……………………」
「ごめん。ここまでにしようか」
「え、何で…………。え、まだ何か聞いてるの?」
マリアは立ち上がると、ポケットから、マッチを取り出し、ランタンに灯した。室内はすっかり闇に堕ち、外は夕焼けが差し込んでいるようだ。
「とにかく、そこまで警戒しなくても良いと思う。私も傍に居るから、ね。きっと、突然でびっくりして思い出せないだけだよ」
「…………うん」
「うん。まずは、ご飯食べようよ。まあ、作らなきゃいけないんだけど。支度したら、台所いくから」
マリアは急いで自室へ戻り、同じようにランタンを灯した。自室を出たところで、ティニアが台所のランタンを灯している。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ。でも、困ったね。バックスが無いから、こねるところからだ」
「……ねえ、バックスって何?」
「あ、ごめん、ブロート。えっと、ロッゲンだから…………いや、ミッシュ? いや、地域的にはヴェグリだっけ?」
珍しく錯乱したような、言語の違い。ティニアには時々こういった現象が良く起きる。それはきっと、ドイツの地域とスイスの地域との言語の壁なのであろう。同じドイツ語でも、大違いなのだ。
「パンね。うん。大丈夫、わかったから。何かと思った。ティニアって時々訛るよね」
「ええ、多分訛りじゃないよ。言い間違いに近いから、直ぐ教えてよ」
「今までよくわからないまま、返事してたわ」
「うっそー、言ってよー!」
戯け方は、普段のティニアそのものだ。目を見開き、全力で驚きつつ、全力で恥ずかしがり、全力で笑い返す。その姿は、本当に無邪気そのものだ。
「いやー本当、たまに、だから。どこかの方言とかでしょ? 私もたまにあるし、ミュラーさんもよくあるって言ってたもの」
「いやーなんだろう。ええ~、気付かなかった。言葉とかは気を付けてるんだけども…………」
「ふふ。どの辺の言葉なの? 私、勉強しようかしら」
ティニアは瞳を輝かせると、ライ麦粉で汚れた手をパチンと合わせた。そのまま、珍しく神に祈るように手を握り合わせていた。
「えー、それこそ珍しいわね。主に祈るなんて、アドニスが見たら卒倒しそうよ」
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彼女が話を逸らそうとしたのはわかったものの、今はこれでいいと思い、生地を練るマリアだった。その後はそれなりの夜を過ごし、朝を迎えた。朝焼けが妙に輝き、今日の天候は良くなるという彼女の送迎について、マリアは少し悩んでいた。結局のところ、遠回りなどせずに途中まで共に歩み、別れたのだ。今日は空いた店舗のチェックと、メアリーの露店への挨拶だけだ。
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男は、きっとこの町にいるのだろう。厭でも出逢うのだ。だからこそ、マリアにとって帰宅時の驚きは斜め上を優に超えていたのである。
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