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第二輪「例え鳴り響いた鐘があったとしても」
②-9 蝶、青にたなびきて①
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旧市街からマリアとティニアが住むシェアハウスの間には、それなりの距離があった。元々は夫人の会社として考えていたため、旧市街からは離れていた、という。
マリアとティニアの住む家は、ライン川に程近いエーニンガー通りの先にある。エーニンガー通りを抜けた先にはドイツがあるが、シェアハウスはそのかなり手前だ。世間に疎いマリアにとって、それが安全かどうかはわからない。
夕方という時間帯にもかかわらず、周囲に人影はなく、ティニアの姿もない。
「お願い、間に合って……。お願い、家にいて…………」
普段はティニアとおしゃべりをして通るだけの通りだ。15分もゆっくり歩けば、すぐに旧市街だ。朝も二人で通勤したばかりなのだ。話に夢中で、すぐに分かれてしまう寂しさを、短い距離であると感じていた。それが、こんなにも遠いのだ。
エーニンガー通りを抜け、脇にある細いリギューエートリ通りに差し掛かる。その時、目の前に長身で赤茶毛の髪の男を見つけ、マリアは怒りがこみ上げ、隠しきれない気配を露わにしていた。
聞いていた情報と同じく、男は紺色のロングコートを羽織り、何かを抱えている。男はすぐに立ち止まると、そのまま動きを停止させている。この気配を、マリアは知っている。
「下手に動くんじゃないわよ」
当然だが、拳銃など所持していない。
男は左手をゆっくり掲げると、右腕に抱える本を見せてきた。
「大切な預かりの書籍を所持しています。両手をあげるには、書籍を下ろす必要があります」
「どこに行く気なの」
「この先のお宅ですよ」
男の口調は落ち着いており、全く動揺を感じられない。そればかりか、あの時と同じように殺気など一切感じられない。
「何の用事?」
「町でお会いしたご婦人に、書籍を届けてほしいの頼まれたのです。それがこちらの2冊です」
男は少し腕を緩めると、本を見せるように動いた。
「……誰に」
「ティニアという名の女性だそうです」
「…………そんなこと聞いてるんじゃないわ。誰に頼まれたのかを聞いているの」
男は少し上を見上げると、再び落ち着いた口調で答えた。
「名前をお伺いしておりませんでした。ザンクト・ガレンで評判のスーツがよく似合う美女でしたよ」
「そんな人知らないわ」
「それは大変失礼いたしました。では、私の名前をお伝えしても宜しいでしょうか」
「は?」
男は尚も冷静な口調のまま、落ちつきを払っている。
「貴女は銃口を向けるわけでもなく、敵意をそれだけ主張されている。それは捨て身であり、何が何でも警戒することを止める意思がない。間違いはございますか?」
「……………………」
「貴女は素性の知れない男が、大切な女性に近づくことを恐れている。であれば、私の素性をお伝えするという事が最善ではないでしょうか」
男はマリアの方へ振り返ろうとしたため、マリアは思わず間合いを気に掛けた。男は隻眼の男とは違う。どちらかというと、奇妙な不思議な少年の様な気配だ。それでもマリアが間合いを詰められ、襲撃を受ける可能性があった。自分を調べる組織かもしれない。
「まだ振り返らないで、先に名前を名乗って」
男はすぐに動きを止めると、向きを変えることなく名乗った。
「ウィリアム・マーティン」
マリアとティニアの住む家は、ライン川に程近いエーニンガー通りの先にある。エーニンガー通りを抜けた先にはドイツがあるが、シェアハウスはそのかなり手前だ。世間に疎いマリアにとって、それが安全かどうかはわからない。
夕方という時間帯にもかかわらず、周囲に人影はなく、ティニアの姿もない。
「お願い、間に合って……。お願い、家にいて…………」
普段はティニアとおしゃべりをして通るだけの通りだ。15分もゆっくり歩けば、すぐに旧市街だ。朝も二人で通勤したばかりなのだ。話に夢中で、すぐに分かれてしまう寂しさを、短い距離であると感じていた。それが、こんなにも遠いのだ。
エーニンガー通りを抜け、脇にある細いリギューエートリ通りに差し掛かる。その時、目の前に長身で赤茶毛の髪の男を見つけ、マリアは怒りがこみ上げ、隠しきれない気配を露わにしていた。
聞いていた情報と同じく、男は紺色のロングコートを羽織り、何かを抱えている。男はすぐに立ち止まると、そのまま動きを停止させている。この気配を、マリアは知っている。
「下手に動くんじゃないわよ」
当然だが、拳銃など所持していない。
男は左手をゆっくり掲げると、右腕に抱える本を見せてきた。
「大切な預かりの書籍を所持しています。両手をあげるには、書籍を下ろす必要があります」
「どこに行く気なの」
「この先のお宅ですよ」
男の口調は落ち着いており、全く動揺を感じられない。そればかりか、あの時と同じように殺気など一切感じられない。
「何の用事?」
「町でお会いしたご婦人に、書籍を届けてほしいの頼まれたのです。それがこちらの2冊です」
男は少し腕を緩めると、本を見せるように動いた。
「……誰に」
「ティニアという名の女性だそうです」
「…………そんなこと聞いてるんじゃないわ。誰に頼まれたのかを聞いているの」
男は少し上を見上げると、再び落ち着いた口調で答えた。
「名前をお伺いしておりませんでした。ザンクト・ガレンで評判のスーツがよく似合う美女でしたよ」
「そんな人知らないわ」
「それは大変失礼いたしました。では、私の名前をお伝えしても宜しいでしょうか」
「は?」
男は尚も冷静な口調のまま、落ちつきを払っている。
「貴女は銃口を向けるわけでもなく、敵意をそれだけ主張されている。それは捨て身であり、何が何でも警戒することを止める意思がない。間違いはございますか?」
「……………………」
「貴女は素性の知れない男が、大切な女性に近づくことを恐れている。であれば、私の素性をお伝えするという事が最善ではないでしょうか」
男はマリアの方へ振り返ろうとしたため、マリアは思わず間合いを気に掛けた。男は隻眼の男とは違う。どちらかというと、奇妙な不思議な少年の様な気配だ。それでもマリアが間合いを詰められ、襲撃を受ける可能性があった。自分を調べる組織かもしれない。
「まだ振り返らないで、先に名前を名乗って」
男はすぐに動きを止めると、向きを変えることなく名乗った。
「ウィリアム・マーティン」
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