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第二輪「例え鳴り響いた鐘があったとしても」
②-8 緋色を赤と呼ぶべきか③
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アンナは分かりやすい程のしたり顔を作ると、男に疑問を投げかけた。
「なんだいあんた、ティニアに惚れた口かい」
「ええ、そんなところですよ」
「なるほどねえ」
アンナは仕事で使う目利きの眼をフルに使い、男を上から下まで分析した。アンナのスーツは知り合いの新作であり、布も最高品質だ。広告用のスーツなのだから、当然である。
しかし、男のスーツもまた品質は良く、何よりデザインから高価なものと見て取れる。余程の金持ちであろう。
「言っておくけど、あの子を落としたいなら、それ相応の身分や金なんてまるで意味が無いからね。どこぞの王様だろうと、あの子は口説けないよ」
「なるほど。彼女の周囲の男が愚かで助かりました」
「へえ、言うじゃないかい」
「お眼鏡に適いましたでしょうか」
男は胸に手を当てて見せた。周囲の若い娘の何人かが男を見ている。
「あんた、スイス人じゃないね」
「ええ、そうです」
「怯まないんだねえ。このご時世で」
「ええ。ここでは、男が女性に声を掛けるのは珍しいようで、隠してもすぐにバレてしまう様でね。反応がとても新鮮で愛らしいのですよ」
「へえ、言うねえ」
アンナは自分の勘を信じてみることにした。その結果の予測は不十分であった。
「実は、この本をあの子に贈ろうと思ってたんだよ」
「ふむ。話題のヘルマン・ヘッセですか」
「おや、あんたわかるかい」
「わかりますよ。特にその本は詩集ではありませんでしたから、ずっと未読だったのです。丁度、偶然にも昨晩読み終えたところです。ただ、最近になって急に……」
男はそう言いながら、胸ポケットから薄い書籍を取り出した。著者はヘルマン・ヘッセである。
「おお、あんたも好きなんだねぇ。そうなんだよ、急に皆して読むのをやめちゃってね。あの子もヘッセが好きだから、そんなことは気にせず読みたがるだろうから、わざわざ持ってきたんだよ」
「そうだったのですね。それは大変失礼致しました」
アンナはおよそ50年後の東国の島国にあふれる貴婦人のごとく、男をバシバシ叩き出した。
「そこで、だよ! あんた、この本を届けてくれないかい?」
「……ティニア嬢に、ですか?」
「そうさね。私はこれから友人と会わなくちゃ行けなくてね。それで友人を早く解放してやらなきゃ、友人の旦那がごねちゃうんだ」
「それは構いませんが、彼女が何処へ行ったのかを、私は知らないのですよ」
男は丁寧な要求を美しいアンナに伝えた。アンナは当然のように男に本を3冊手渡した。
「あんた、土地勘はあるかい?」
アンナはこれまで以上のしたり顔で、男に耳打ちした。
「なんだいあんた、ティニアに惚れた口かい」
「ええ、そんなところですよ」
「なるほどねえ」
アンナは仕事で使う目利きの眼をフルに使い、男を上から下まで分析した。アンナのスーツは知り合いの新作であり、布も最高品質だ。広告用のスーツなのだから、当然である。
しかし、男のスーツもまた品質は良く、何よりデザインから高価なものと見て取れる。余程の金持ちであろう。
「言っておくけど、あの子を落としたいなら、それ相応の身分や金なんてまるで意味が無いからね。どこぞの王様だろうと、あの子は口説けないよ」
「なるほど。彼女の周囲の男が愚かで助かりました」
「へえ、言うじゃないかい」
「お眼鏡に適いましたでしょうか」
男は胸に手を当てて見せた。周囲の若い娘の何人かが男を見ている。
「あんた、スイス人じゃないね」
「ええ、そうです」
「怯まないんだねえ。このご時世で」
「ええ。ここでは、男が女性に声を掛けるのは珍しいようで、隠してもすぐにバレてしまう様でね。反応がとても新鮮で愛らしいのですよ」
「へえ、言うねえ」
アンナは自分の勘を信じてみることにした。その結果の予測は不十分であった。
「実は、この本をあの子に贈ろうと思ってたんだよ」
「ふむ。話題のヘルマン・ヘッセですか」
「おや、あんたわかるかい」
「わかりますよ。特にその本は詩集ではありませんでしたから、ずっと未読だったのです。丁度、偶然にも昨晩読み終えたところです。ただ、最近になって急に……」
男はそう言いながら、胸ポケットから薄い書籍を取り出した。著者はヘルマン・ヘッセである。
「おお、あんたも好きなんだねぇ。そうなんだよ、急に皆して読むのをやめちゃってね。あの子もヘッセが好きだから、そんなことは気にせず読みたがるだろうから、わざわざ持ってきたんだよ」
「そうだったのですね。それは大変失礼致しました」
アンナはおよそ50年後の東国の島国にあふれる貴婦人のごとく、男をバシバシ叩き出した。
「そこで、だよ! あんた、この本を届けてくれないかい?」
「……ティニア嬢に、ですか?」
「そうさね。私はこれから友人と会わなくちゃ行けなくてね。それで友人を早く解放してやらなきゃ、友人の旦那がごねちゃうんだ」
「それは構いませんが、彼女が何処へ行ったのかを、私は知らないのですよ」
男は丁寧な要求を美しいアンナに伝えた。アンナは当然のように男に本を3冊手渡した。
「あんた、土地勘はあるかい?」
アンナはこれまで以上のしたり顔で、男に耳打ちした。
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