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第一輪「朱の福音はどんな音?」
①-13 君ありて日常が欠ける①
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翌朝、マリアは無事に早く起きたことで、朝食を準備できた。ティニアは感謝しながら足早に出勤し、マリアも遅刻せずいつも通り早めに出勤することが出来たのだ。
注文の花束の作成も順調であり、お客は満足して買い上げていった。
いつも通りの日常であったのだ。常連への花の配達の最中、子供達の列が孤児院へ戻るのを見かけるまでは。
最後尾にいたティニアは子供たちに囲まれていた。ティニアはマリアに気付き、軽く会釈をした。子供たちもマリアに気付き、手を振ってくれている。
「無事に皆の診察は終わったの?」
「うん、無事に終わったよ。次からは先生が孤児院に来るってさ。思ってたより、子供達がやんちゃみたいで、困惑していたよ」
ティニアは笑いながら、医師と思われる者の真似をして見せた。
「確かに、元気だし、人数も多くて大変だったかもしれないわね。ティニアだったら、上手く回しちゃうんだろうなあ」
「そんな事はないよ。子供たちの人数は伝えてはいたんだけど、思ってたより時間がかかったみたい。丁寧に診察してくれたよ」
「ねえねえ、マリアおねえちゃん。孤児院までお花届けに行くところ?」
三つ編みの少女が、マリアをつつきながら控えめに質問をしてきた。おさげのリボンはティニアから貰ったリボンと同じだ。恐らく結ってあげたのもティニアであろう。
「そうよ。一緒に行ってもいい?」
「もちろん!」
普段の診察後は、緊張等の疲れから気だるそうにしている孤児たちの表情は明るい。恐らく新任の先生の人柄だろう。
すべてが順調とは行かなくとも、それなりに流れていた日常の穏かさがあったのだ。だからこそ、その事象を受け止めきれなかった。
「…………」
「ティニア? どうしたの?」
ティニアが突然立ち尽くしたまま、子供たちの手を離してしまった。その表情からは何も感じ取れない。
「……………………」
「ティニアおねえちゃん?」
おさげの女の子が、ティニアのスカートの裾を引っ張った。ティニアは表情を変えることなく、眼も虚ろな状態で女の子に声をかけた。
「ごめんなさい、もう少しで孤児院に着きますよ」
いつも子供たちの目線まで屈む彼女が、一切目を合わせずに答えた。
「次は、先生が孤児院に来てくれるそうですよ、歓迎会みたいにやりましょうか」
「ちょっとティニア!」
ティニアは不安がっている子供たちの様子に気づけていないのか、見当違いの事を話した。その発言にはなんの感情も感じられず、不気味さが増した。
マリアは引いていた花のカートから手を離し、ティニアの両肩を掴んだ。彼女のブルーの瞳は虚ろのままであり、どこを見ているのかわからない。
「どうしたのですか」
「ティニア、あなたどうしたの?」
「…………」
「ティニアさん!」
突然教会から礼拝に来ている常連の婦人が声をかけ近寄ってきた。表情からかなりの焦りが垣間見える。婦人の方を、ティニアは見ようともしなかった。
「ティニアさん……? あなた、マリアさんよね?ティニアさんはどうしたのですか」
何度か見かけたことのある婦人だ。確か、孤児院の子供たちの世話も手伝っていた。確かシャトーと云う名だった筈である。
「それがわからないの。突然こうなってしまって」
「…………」
「……ティニア!」
教会からアドニスが顔を出したと思った瞬間、すぐに彼女の名を呼んだ。アドニスの顔は真っ青であり、何かあったのだということが誰でもわかる。
アドニスはティニアに駆け寄ると、持っていたベールですぐに彼女の顔を覆ってしまった。
注文の花束の作成も順調であり、お客は満足して買い上げていった。
いつも通りの日常であったのだ。常連への花の配達の最中、子供達の列が孤児院へ戻るのを見かけるまでは。
最後尾にいたティニアは子供たちに囲まれていた。ティニアはマリアに気付き、軽く会釈をした。子供たちもマリアに気付き、手を振ってくれている。
「無事に皆の診察は終わったの?」
「うん、無事に終わったよ。次からは先生が孤児院に来るってさ。思ってたより、子供達がやんちゃみたいで、困惑していたよ」
ティニアは笑いながら、医師と思われる者の真似をして見せた。
「確かに、元気だし、人数も多くて大変だったかもしれないわね。ティニアだったら、上手く回しちゃうんだろうなあ」
「そんな事はないよ。子供たちの人数は伝えてはいたんだけど、思ってたより時間がかかったみたい。丁寧に診察してくれたよ」
「ねえねえ、マリアおねえちゃん。孤児院までお花届けに行くところ?」
三つ編みの少女が、マリアをつつきながら控えめに質問をしてきた。おさげのリボンはティニアから貰ったリボンと同じだ。恐らく結ってあげたのもティニアであろう。
「そうよ。一緒に行ってもいい?」
「もちろん!」
普段の診察後は、緊張等の疲れから気だるそうにしている孤児たちの表情は明るい。恐らく新任の先生の人柄だろう。
すべてが順調とは行かなくとも、それなりに流れていた日常の穏かさがあったのだ。だからこそ、その事象を受け止めきれなかった。
「…………」
「ティニア? どうしたの?」
ティニアが突然立ち尽くしたまま、子供たちの手を離してしまった。その表情からは何も感じ取れない。
「……………………」
「ティニアおねえちゃん?」
おさげの女の子が、ティニアのスカートの裾を引っ張った。ティニアは表情を変えることなく、眼も虚ろな状態で女の子に声をかけた。
「ごめんなさい、もう少しで孤児院に着きますよ」
いつも子供たちの目線まで屈む彼女が、一切目を合わせずに答えた。
「次は、先生が孤児院に来てくれるそうですよ、歓迎会みたいにやりましょうか」
「ちょっとティニア!」
ティニアは不安がっている子供たちの様子に気づけていないのか、見当違いの事を話した。その発言にはなんの感情も感じられず、不気味さが増した。
マリアは引いていた花のカートから手を離し、ティニアの両肩を掴んだ。彼女のブルーの瞳は虚ろのままであり、どこを見ているのかわからない。
「どうしたのですか」
「ティニア、あなたどうしたの?」
「…………」
「ティニアさん!」
突然教会から礼拝に来ている常連の婦人が声をかけ近寄ってきた。表情からかなりの焦りが垣間見える。婦人の方を、ティニアは見ようともしなかった。
「ティニアさん……? あなた、マリアさんよね?ティニアさんはどうしたのですか」
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「それがわからないの。突然こうなってしまって」
「…………」
「……ティニア!」
教会からアドニスが顔を出したと思った瞬間、すぐに彼女の名を呼んだ。アドニスの顔は真っ青であり、何かあったのだということが誰でもわかる。
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