【完結】暁の荒野

Lesewolf

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第一輪「朱の福音はどんな音?」

①-5 君ありて花束を贈る①

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 慌ただしい午前が過ぎ、午後の業務も落ち着いてきた。いつものように、売れ残った花をミュラー夫人がまとめてくれている。

「それじゃマリア、これを教会と孤児院にお願いね。そのまま今日は帰って貰っていいから、ゆっくり休んでね」
「わかったわ、ありがとう」

 ミュラー夫人は花束を複数作り、マリアに持たせた。中にはティニアが好みそうな鉢植えもある。カートに乗せたところで、時計は針は15時を指していた。

「ティニアと神父によろしくね」
「わかったわ」

 売れ残った花は、教会と孤児院が格安で買い取ってくれるのだ。ありがたいが、どちらも同居人ティニアの関係者先である。


 ◇◇◇

 角を曲がれば教会に到着するところで、思わぬ人だかりに遭遇してしまった。それでも人々の表情は明るく、深刻さは感じられない。

 マリアが群集に声をかける前に、人だかりに遭遇した女性が訪ねている。どうやら診療所の医師が代わるのだという。よく見れば診療所の前であった。医師は人々に慕われていたが、それなりの高齢だったはずである。やっと後継者が現れたのであろう。

(そういえば、午後になって飛び込みの客が多かった気がする。それも結構な花束の購入者だったわ。医師への感謝だったのね)

 マリアは内心で納得しつつ、遠回りではあるものの別経路から教会と孤児院へ向かうことにした。もう少しで孤児院というところで、見覚えのある人物に遭遇した。神父のアドニスだ。

「神父アドニス、こんにちは」
「おや、こんにちは。マリア。花の配達ですか?」
「あなたの教会と孤児院へ行くところよ。ミュラー夫人も、売れ残りを飾ってくれて感謝してるの」
「売れ残りですか。その割には、いつも元気のよい花たちがやってきているようですが」

 アドニスは細目を更に補足して微笑んだ。どうやって前を見ているのかわからないほどの細目だ。
 既に50歳を迎えているであろうに、妙に若々しい。飄々とした見た目通り、食えない男である。この男が神父というのも、なかなかに癖が強い。

 が、彼の説教は筋が通っており、気さくな性格が人々にとって親しみやすいのである。

「花も嬉しいと思って元気になるんじゃないかしら。教会では面白い説教が聞けるし、孤児院は賑やかだしね」
「ははは、褒め言葉であると判断しておきましょう」
「アドニスさん、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べているの?」
「おや、そう見えましたか。子供たちが元気でね。手を焼いているだけですよ」

 そういうと、アドニスは孤児院を見つめた。小さな教会に隣接した孤児院は、アドニス神父ととある財団の支援で建てられたという。すでに教会よりも広い範囲を占めている。礼拝に訪れる大人より、孤児院の孤児の人数の方が多い。

 だが、神父が見つめたいのは孤児院でも、子供たちでもない。

「教会の花はいつものように、入り口の横にお願いできますか? 孤児院の分は、今ティニアを呼んできますので」
「わかったわ、お願いします」
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