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 仕事から帰った夫のライドが、夕食の席に現れた。
 
「ああ、疲れた……」

 彼はだるそうに椅子に座ると、目の前に置かれた料理をじっと見つめた。

「良かった。グリーンピースもコーンスープも今日はないな」

「ねえライド」

 私が少し怒ったように言ったので、ライドは体をびくっと震わした。

「ごめん、ニア。そういうつもりじゃなかったんだ。ぼ、僕は君の作ったものなら何でも好きだし、何というか……」

「別にそのことはどうでもいいの」

 コーンスープのことなど考えている余裕はなかった。
 私は今日の出来事を思い出しながら、ライドに言う。

「ねえライド、フィルさんって知ってる?」

「はい?」

「フィルさん。ピンク色の髪の可愛らしい女性なんだけど」

「いや、知らないけど……有名人なのかい?」

 私は品定めをするようにライドの顔を見つめた。 
 彼は「なんだよ」と照れたように顔を背ける。
 
「本当に知らないの?」

「ああ、知らないって言ってるだろう」

 夫の態度からは嘘は感じられない。
 しかしフィルは私たちの秘密をたくさん知っていた。
 ばらしたのが私ではないとすれば、ライドのはずである。
 ならば少なくとも、ライドはフィルのことを知っていなくてはいけない。

 だが、ライドはフィルを知らないと言った。
 嘘には感じられないが、それでは理屈が合わなかった。

「ライド。夕食が終わったら部屋に行くわね。話がある」

「え、あ、ああ……」

 ライドは緊張したようにうなづくと、料理を口に運び始めた。


 部屋に入るやいなや、私は本題を切り出した。

「今日ね、さっき言ったフィルさんが訪ねてきたの。彼女、あなたの愛人だと言っていたわよ」

「はぁ!?」

 ライドが困惑した顔を私に向ける。
 
「僕の愛人? ニアはそれを信じたのかい?」

「いいえ。でも彼女、私たちしか知らないようなことをたくさん知っていたの。だから……」

「……どんなことを?」

 ライドの声には怒りが若干込められていた。
 私は気乗りしなかったが、フィルが言い当てたことを全部告げた。
 ライドは口をぽかんと開けていたが、最後まで聞き終えると、嫌な笑みを浮かべる。

「へえ、それで君は僕を疑っているんだね。愛人が本当にいるんじゃないかって」

「そういうわけじゃないの。ただ……」

「そういうわけだろ!」

 ライドが大きな声を出す。
 私は怯えたように一歩後退した。

「なあニア。そんな訳の分からない女のことなんて信じるなよ。きっと何かしらの方法で僕達の秘密を知ったんだ。そうに決まってる」

「何かしらの方法って何よ……」

「それは……分からないけど」

 ライドが項垂れた。
 その仕草までもが、不思議と怪しく思えてしまう。
 二年間、喧嘩の一つもせずにやってきたというのに。

「ライド。わ、私は別に怒っているわけじゃないの。でも愛人が本当にいるのなら正直に……」

「愛人なんていない!」

 しまったと思った。
 ライドは顔を真っ赤にして叫んだ。

「君は僕よりも、そのフィルっていう女の方を信じるんだね」

 ライドは冷たい声で言うと、部屋を出て行く。
 去り際に「しばらく戻らないから」と悲しそうに告げた。

 我に返った私は、振り返る。
 しかしそこにはもうライドの姿はなく、開け放たれた扉があるだけだった。
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