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「初めまして、ライドさんの愛人のフィルと申します」

 来客の報せを聞いて中庭から玄関へ向かった。
 扉の前にはピンク色の髪の女性が立っていて、彼女は開口一番にそう言ったのだ。

「……はい?」

 もしかして聞き間違えたのだろうか。
 そういえば昨夜はよく眠れなかったので、睡眠時間は足りていない。
 疲れから、言葉を間違えて聞き取ってしまったのだろう。
 きっとそうだ、そうに違いない。

「すみません。今、何て?」

 私が聞き返すも、彼女は迷惑そうな顔など微塵もせずに、再び口を開く。

「ライドさんの愛人のフィルです。奥様ですよね?」

 今度はしっかり聞いたつもりだった。
 しかし彼女の言っていることがよく理解できなかった。 
 私の夫はライドという名前だが、まさか本当に愛人だとでもいうのか。

「フィルさん。夫に愛人などおりません」

 ライドには全幅の信頼を置いていた。
 愛人がいるなんて信じられない。
 フィルは断定的な私の言葉に、ふっと笑みをこぼした。

「よろしければ中に入れてくださいませんか? 詳しい話はそこで」

 彼女の笑顔が怪しく思えた。
 しかし本当に愛人かどうかも気になるところではあった。

「分かりました。応接間に案内致します」


 応接間に入ると、私たちはソファに座り、向かい合った。
 先に口を開いたのは私だった。

「フィルさん。私はライドのことを信頼しています。愛人などいないと信じております。何が目的なのかは分かりませんが、嘘はやめて正直に話してください」

「全部本当のことを言っているんですよ? 試しにライドさんから聞いたことを今ここで言いましょうか?」

「ええ、どうぞ」

 どうせろくなことを言わないのだろうなと、高を括っていた。
 だがフィルは、自信満々に口を開く。

「ライドさん、一週間前に食中毒を起こしましたよね? 奥様の作ったコーンスープで」

「え……」

 事実だった。
 料理に興味が湧いた私は、使用人に聞くでもなく一人でコーンスープを作った。
 しかし上手く作れず、味見をしたライドが食中毒になったのだ。

「ライドに聞いたのかしら?」

 動揺を見せないように覆い隠して言った。
 だが、そんな胸中などお見通しとでも言いたげに、フィルは口の端を上げる。

「ええ、もちろんですよ。ベッドの上で……奥様の悪口、たくさん言ってましたよ?」

 フィルの目が好戦的に光る。
 私はそれに乗らずに、毅然とした態度で言葉を返した。

「他には何か知っていますか?」

「ええ、もちろん」

 フィルは頷くと、嬉しそうに話し始める。

「三日目にライドさんは部屋の模様替えをしましたよね? 壁が新しくなって本当に嬉しそうにしていました。それから二日前には、朝食に嫌いなグリーンピースが出て落ち込んでいましたよ……ふふッ、子供みたいで可愛いですよね」

「なんでそんなこと……知っているの?」

 思わず敬語を忘れてしまった。
 フィルの言ったことは全て的中していて、それら全てを知るのは夫を除けば私しかいない。
 食中毒の件などは恥ずかしいから誰にも言わないように、きつく言ったというのに。

「ああ、それからぁ……」

 フィルは思い出したように、言葉を続ける。
 
「ライドさん、やっぱり子供が欲しいって言っていましたよ? 子供を産めない女なんかと結婚するんじゃなかったって」

「え……」

 私が子供を産めない体だというのは、夫婦の秘密だった。 
 まだ決心がつかずに両親にすら言っていないというのに。
 唖然とする私を嬉しそうに見つめると、フィルはソファから立ち上がる。

「これで分かりましたか、私がライドさんの愛人だってことが」

「で、でも……」

 反論が思いつかない。
 ここまで秘密を知られているのなら、やはり彼女はライドの……。
 考えただけで胸が強く締め付けられる。

「奥様。今日は会えて嬉しかったです。一度ライドさんと話してみてくださいね。ふふっ」

 最後に嬉しそうに笑うと、フィルは鼻歌混じりに応接間を去っていった。
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