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「お前とは離婚させてもらう」
突然放たれたのは離婚宣言。
豪華絢爛な社交界の空気が、一瞬ピタリと凍えた。
周囲の人々は談笑をやめて、私たちに好奇心の目を向けている。
「聞こえなかったのか? 離婚だと言ったんだ」
もちろん聞こえていた。
老人のように耳が遠くなったわけでも、動揺で世界が反転したわけでもない。
私の脳内に、しっかりと離婚の二文字が刻まれていた。
彼の隣を見ると、私の妹が立っていた。
桃色の髪をきれいに整え、加えて、勝ち誇ったように笑っていた。
……今日の社交界は行く気がしなかった。
起きた直後に大雨が降るし、朝食のパンを床に落とした。
階段では転びそうになり、実際転んだ使用人から水をかけられた。
使用人は冤罪で死刑を宣告されたみたいに、言い訳と謝罪を並べていたが、特に怒ることもなく、「大丈夫よ」と対応した。
ついてないときは、ついてない。
知人がよくそう言っていたのを思い出していたから、パンを落とした段階ですでに諦めがついていたのだ。
それでも使用人は、逆にそれが怖かったようで、更に顔を青くしていた。
一体どうすればいいのか迷ったが、死刑にするわけにもいかないので、適当にあしらっておいた。
本当にこの家の使用人は気が弱い。
食堂で昼食を終えて、同席していた夫のシドは何食わぬ顔で言う。
「今日の社交界は必ず来いよ」
もう結婚して二年になるのだから、私の心中くらい察して当然といった口調だった。
夫に釘を刺されたことも、ついてないの一つに入るのだろうか。
「分かりました。必ず」
そう答える以外の道などなく、ただただ引きつった苦笑を浮かべた。
社交界の会場は思っていたよりも豪華だった。
主催者がこの国の第一王子であるだけあって、会場として使用したのは、王宮内の大広間。
いつもは閑散として廃墟のような静けさが漂っているが、今日ばかりはおしゃれに飾り付けられていて、あんなに憂鬱だった気持ちも多少は晴れた。
それでもまだ快晴とは程遠く、気を抜けば小雨が降ってしまいそうな、胸中だ。
「俺は、あそこの友人たちと話してくる。お前も好きにしろ」
昼食の時から思ったが、今日の夫はなぜか口調が投げやりだ。
心ここにあらずという言葉がピッタリで、私ではない何かをずっと見つめているようだ。
しかし最悪の場合には、これが何とかしてくれるだろう。
私は念のため持ってきた鞄を軽く撫でると、友人を探すべく、周囲に視線を走らせた。
天井から下がった大きなシャンデリア、綺麗な洋服に身を包んだ貴族達、しかし会話の中心はほとんど他人の悪口。
最近の社交界ではこれがお決まりになっていたので、社交界は嫌いだった。
私は早々に友人を見つける意義を失くして、一人会場の端に移動すると、手に持ったワイングラスを口に近づけた。
そのまま一人の時間を満喫していると、夫が私の方に歩いてきた。
「レム! お前に話しがある!」
突然大声を出した夫に、周囲の何人かがこちらを見た。
「えっと、シド様。そんなに大声を出されては皆様の迷惑になるかと思いますが……話しなら別室で……」
と私が言ったところで、シドの背後から桃色の髪の女性が近づいてきた。
彼女はシドの隣に立つと「お姉ちゃん、久しぶり」と手を振る。
彼女は妹のライムだった。
「ライム? あなたも社交界に来ていたのね」
「そんなことはどうでもいい」
姉妹の再開を遮ったのは、夫のシドの冷たい声。
その直後に放たれたのが、あの薄気味悪い言葉だった。
「お前とは離婚させてもらう」
突然放たれたのは離婚宣言。
豪華絢爛な社交界の空気が、一瞬ピタリと凍えた。
周囲の人々は談笑をやめて、私たちに好奇心の目を向けている。
「聞こえなかったのか? 離婚だと言ったんだ」
もちろん聞こえていた。
老人のように耳が遠くなったわけでも、動揺で世界が反転したわけでもない。
私の脳内に、しっかりと離婚の二文字が刻まれていた。
彼の隣を見ると、私の妹が立っていた。
桃色の髪をきれいに整え、加えて、勝ち誇ったように笑っていた。
……今日の社交界は行く気がしなかった。
起きた直後に大雨が降るし、朝食のパンを床に落とした。
階段では転びそうになり、実際転んだ使用人から水をかけられた。
使用人は冤罪で死刑を宣告されたみたいに、言い訳と謝罪を並べていたが、特に怒ることもなく、「大丈夫よ」と対応した。
ついてないときは、ついてない。
知人がよくそう言っていたのを思い出していたから、パンを落とした段階ですでに諦めがついていたのだ。
それでも使用人は、逆にそれが怖かったようで、更に顔を青くしていた。
一体どうすればいいのか迷ったが、死刑にするわけにもいかないので、適当にあしらっておいた。
本当にこの家の使用人は気が弱い。
食堂で昼食を終えて、同席していた夫のシドは何食わぬ顔で言う。
「今日の社交界は必ず来いよ」
もう結婚して二年になるのだから、私の心中くらい察して当然といった口調だった。
夫に釘を刺されたことも、ついてないの一つに入るのだろうか。
「分かりました。必ず」
そう答える以外の道などなく、ただただ引きつった苦笑を浮かべた。
社交界の会場は思っていたよりも豪華だった。
主催者がこの国の第一王子であるだけあって、会場として使用したのは、王宮内の大広間。
いつもは閑散として廃墟のような静けさが漂っているが、今日ばかりはおしゃれに飾り付けられていて、あんなに憂鬱だった気持ちも多少は晴れた。
それでもまだ快晴とは程遠く、気を抜けば小雨が降ってしまいそうな、胸中だ。
「俺は、あそこの友人たちと話してくる。お前も好きにしろ」
昼食の時から思ったが、今日の夫はなぜか口調が投げやりだ。
心ここにあらずという言葉がピッタリで、私ではない何かをずっと見つめているようだ。
しかし最悪の場合には、これが何とかしてくれるだろう。
私は念のため持ってきた鞄を軽く撫でると、友人を探すべく、周囲に視線を走らせた。
天井から下がった大きなシャンデリア、綺麗な洋服に身を包んだ貴族達、しかし会話の中心はほとんど他人の悪口。
最近の社交界ではこれがお決まりになっていたので、社交界は嫌いだった。
私は早々に友人を見つける意義を失くして、一人会場の端に移動すると、手に持ったワイングラスを口に近づけた。
そのまま一人の時間を満喫していると、夫が私の方に歩いてきた。
「レム! お前に話しがある!」
突然大声を出した夫に、周囲の何人かがこちらを見た。
「えっと、シド様。そんなに大声を出されては皆様の迷惑になるかと思いますが……話しなら別室で……」
と私が言ったところで、シドの背後から桃色の髪の女性が近づいてきた。
彼女はシドの隣に立つと「お姉ちゃん、久しぶり」と手を振る。
彼女は妹のライムだった。
「ライム? あなたも社交界に来ていたのね」
「そんなことはどうでもいい」
姉妹の再開を遮ったのは、夫のシドの冷たい声。
その直後に放たれたのが、あの薄気味悪い言葉だった。
「お前とは離婚させてもらう」
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