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「貴族令嬢レイス! 只今よりあなたを断罪致します!」

 第一王子主催のパーティー会場にて。
 見知らぬ令嬢から放たれた衝撃的な言葉に、伯爵令嬢の私は目を丸くした。
 声の主は不敵な笑みを浮かべると、ビシッと私に指を差す。

「あなたは私を連日のようにいじめ、罵り、侮辱しました! 私はそのせいで精神的苦痛を受けて今も苦しんでいます!」

「はい?」

 私がこの名前も知らない人をいじめた?
 事実無根の意味不明な言葉に、私は呆れたように口を開く。

「あの……私はあなたと今日が初対面ですよ? いじめも罵りも侮辱も何もしておりません。誰かとお間違えではないですか?」

 彼女の大声にしんと静まり帰っていた会場に、音が戻り始める。
 パーティーに集まった貴族たちが、口々に何かを話しているようで、視線が痛々しかった。
 しかしそれに素直に怯んでしまう私とは反対に、彼女はそれを糧にしたように気力ある口調で言葉を返す。

「間違えなんてとんでもない! あなたのような悪女を私が見間違うはずがないわ! なんせこの私は、幼少期に常にトップの成績を維持してきた秀才……男爵令嬢アンブレラだもの!!!」

 堂々と彼女……男爵令嬢アンブレラは言い放つが、周囲の反応はイマイチ。
 もちろんその理由は明白で、誰も彼女のことなんて知らないからだ。

「えっと……あ、ああ……あの男爵令嬢のアンブレラさんね」

 しかしながら、私は淑女として彼女に恥をかかせないようにしてあげる。
 余計な気遣いに怒らないかと不安になるが、アンブレラはそれに気をよくしたようで、嬉しそうに言う。

「ふん! やっと思い出したみたいね! ついでに私をいじめたことも思い出したら?」

「あ、いや……だからそれは全くの誤解かと。私はあなたと今日初めて会いました。命に誓って本当です」

 周囲から歓声があがる。
 私が命に誓うと言ったのが、響いたらしい。
 
「言ったわねレイス。じゃああなたへの罰は死刑にしようかしらね」

「は? 仮に私があなたをいじめたとしても、死刑なんて……少し罪が重すぎではありませんか?」

「何を言うのこのクソ女! あなたのせいでこっちは大変だったのよ! 罪悪感すら湧かないの? この悪女が!!」

 散々な言いように私は思わず苦笑してしまう。
 アンブレラに気づかれる前に元の顔に戻すと、私はため息交じりに口を開く。

「……私がいじめをしたという証拠はあるのですか?」

 するとアンブレラは待ってましたというように、鼻を鳴らした。

「もちろんあるわ。これを見なさい!」

 そして彼女はおもむろに服をまくると、小さな傷がついた右腕を私に見せてきた。
 
「これが証拠よ。あなたにナイフで切られたの。あの時は殺されるかと思ったわ」

「……は?」

 再び会場がしんと静まり返る。
 私は伯爵令嬢らしからぬ表情になってしまい、文字通り目が点になっていたことだろう。
 周囲の皆も同じように、口をぽかんと開けたり、首を傾げたりしていた。
 おかしいと思ったのは私だけじゃなかったみたいだ。
 本当に良かった。

「な、何よ……文句でもあるの?」

 さすがのアンブレラもこの状況に違和感を覚えているらしく、辺りをキョロキョロしながら、困惑した声を出す。

 証拠があるというからどれほどのものが出てくるのかと思ったが、実際に出てきたのは目に留まらないほどの小さな傷。
 自分でも作れそうなそれをいじめの証拠だと認定しているのはアンブレラだけのようで、私を含めた皆はそれが偽りであることを一瞬で悟っただろう。

 さて何から指摘したものか。
 考えあぐねていると、アンブレラの背後から声がした。

「レイス。お前がそんな悪女だとは思わなかったよ。婚約は破棄してくれ」
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