形だけの正妃

杉本凪咲

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 あれから二週間が経過していた。
 私はレイの書斎の扉の前に立っていた。
 緊張から早くなる鼓動を抑えようと、胸に手をやるも、一向におさまる気配はない。
 しかしこのまま扉の前で停止しているわけにもいかずに、勇気を振り絞り扉をノックした。

「ローズです」

 腹から声を出すと、気だるげな声が返ってくる。

「ああ、入ってくれ」

「失礼します……」

 扉を開けると、乱雑に積まれた本が一番に目に入った。
 続いて、何に使うのか分からない、大きな壺。
 天使の銅像に、切れ味の鋭い剣が床に数本転がり、果てには食べかけのリンゴまで。

「うわっ……」

 ゴミ屋敷とまではいかないが、既にその頭角を現しつつある部屋を見て、思わず私は低く唸る。
 奥の仕事机の所に立っていたレイが、苦笑しながら振り向く。

「本当にお前は面白い奴だな」

 しまったと思い、慌てて頭を下げる。

「申し訳ございません! その……独創的なお部屋に少々驚いてしまって」

「ははっ! これが独創的? 逆に失礼だぞ、それは」

「すみません!!!」

「いいよ、顔を上げろ」

 恐る恐る顔を上げると、レイは僅かに残る床の踏み場を移動して、私の前に来た。

「突然呼び出してすまなかったな。お前にいくつか話がある」

 レイは軽々しい口調でそう言うと、言葉を続ける。

「まずコーラルだが、父上によって国外追放に処されることが決定した。あいつのずる賢さには父上も前から注意を払っていてな。今回のことがきっかけになって、もう家族の縁を切る道を選択したらしい」

「そうですか……」

 喜んでいいことなのか迷う。
 レイはそんな私の心を読んだように、笑顔を見せた。

「それにオレンダだが、あいつも家を勘当されたらしいぞ。理由はよく知らないが、数人の女たちから告訴されたらしい。不出来な娘は置いておけないと、早々に切り捨てられた」

「それは良かったです」

 おそらく私のような被害者が他にもたくさんいたのだろう。
 事前にそのことを知っていたら、私も協力したのに。

「コーラルとは離婚という形になるが、それでいいな? 諸々の慰謝料は父上から後日、支払われるだろう」

「はい、もちろんです。お気遣い感謝いたします」

「うん」

 レイは素っ気なく頷くと、急に私から目を逸らす。

「それで……最後に一つだけ提案があるんだが……」

「何でしょう?」

「えっとその……」

 レイは言いにくいことでも言うように、目を泳がせる。
 しかし観念したように息をはくと、私をしっかりと見つめる。

「俺の妻になってくれないか?」

「……はい?」

 突然の求婚に私は目が点になる。
 
「ダメか?」

「いや、ダメというわけではありませんが……レイ王子のことはまだよく知りませんし……」

「ふむ」

 レイは私を観察するように、目に力を込めた。
 そういえば前に人の心が読めると言っていたけれど、ちょうど今その力を使っているのだろうか。
 いや、ないな。
 現実的に考えてあり得ない。

「失礼なやつだな」

「え……」

「俺の力は本物だ。何度も言わせるな」

「で、でも……」

「でもじゃない!」

 レイの顔がぐっと近づく。
 美しい瞳に吸い込まれそうになる。

「人の心が読めるからこそ、お前のことが好きになったんだ。綺麗な心を持ったお前のことがな」

 自分で言って恥ずかしくなったのか、レイの顔が直後真っ赤に染まる。 
 彼は慌てて私から離れるも、積み上げられた本に躓き、無残にも床に尻もちをついた。
 
「いたた……」

「大丈夫ですか!?」

 差し伸べた手に、レイの手が重なる。
 太陽のように温かく、心地が良い手だった。

「お前の手、案外冷たいんだな」

 レイはそう言うと、足に力を入れて立ち上がる。 
 表情はどこか嬉しそうで、それを見ていたら、私も自然に笑顔になる。

「ローズ。俺は本気だからな。返事は今じゃなくていいから……考えておいてくれよ」

 レイは相変わらず私の顔を見ずにそう言った。
 そしておもむろに部屋を見回して、ため息をつく。

「返事を聞かせてくれる時までには、片付けておくよ」

「お願いします。案外早く来るかもしれませんし」

 レイは、はっとしたような表情になると、子供っぽい無邪気な笑顔を浮かべた。
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